香り高く熟したお年頃の、日本の「美魔女」たちが大好きなサラ・ジェシカ・パーカー(SJP)の最新主演作、映画『I Don't Know How She Does It』が欧米で公開となった(2011年9月16日)。「いったい、彼女ったらどうやって(子育てと仕事を両立)してるわけ?」というタイトルのこのコメディ、元々は2002年に英国の有名コラムニストがロンドンを舞台として発表した小説の映画化ということで、SJPがプレミアのためにロンドン入りし、さっそくそのエレガントな私服姿をあれこれ細部にわたり分析されるなど、ロンドンの母親たちの中では話題となっている。
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SJP本人も結婚と子育て、そしてハリウッドで最も出演料の高い女優の一人として公私の充実が羨望の的となっているが、この映画での高学歴高収入ワーキングマザーとしての仕事と子育ての奮闘ぶりには、演じる本人も感情移入したという。

しかし、海外では原作本はミリオンセラー、さらになぜか10年近く経っての映画化もそこそこ話題となっている割に、日本では翻訳本が出てもパッとせず、映画も日本公開前とはいえ話題にならない。あれほど『SEX and the CITY』でイイ男たちとデートする働く女の本音に喝采し、その延長上で新興住宅地のグロテスクな奥様事情を嗤う『デスパレートな妻たち』に入れ込んだ日本の「美魔女」世代が、この子育てと仕事の両立をテーマにした映画にはイマイチ食いつかないのは、ナゼだろうか。

●映画の主人公は日本のワーキングマザーとははるかに異なるが

SJP演じる主人公はボストンの投資銀行の管理職、一女一男の母、夫は職なし建築家という、ケイト・レディ。そのライフスタイルは、日本のメディアでもてはやされる「ちょっと頑張れば手の届く」ステキなちょこキャリママとは少し違うのかもしれない。また一方、労働状況が大きく変わって来たとは言え、日本でがっつりフルタイムで働く高学歴高収入ママだってケイト・レディ的ライフスタイルとは言いがたい。

子育ては認可保育園や学童保育をフル活用、お迎え時間に間に合うために満員の駅構内をローヒールで疾走し、スーツ姿にスーパーマーケットのビニール袋を提げ、あるいはスーツ姿で子ども乗せチャリだってゴイゴイ漕いで帰途につく。

だから、ニッポンのリアルなワーキングマザーは、むしろ限りなくカジュアルだ。だってその方が、暑苦しいおっさんやチャラい兄ちゃん姉ちゃんがひしめくオフィスや悪夢のような満員電車の中で長時間生き延びるのにも、駅からダッシュするのにも、ママチャリを漕ぐのにも遥かに適しているからである。

SJPが身につけるハイヒールや、見るからにずっしりした金属製のチャームがジャラジャラついた重たい革のバッグは、ファッション誌(中でも分厚くて紙が重たくてイザというとき武器になりそうなヤツ)で見る分にはステキと思えても、日本の地に足着いたワーキングマザーの小物としてはかなり無理がある。

●ロンドンのリアルなワーキングマザーだって身なりは大して変わらない

翻って原作の舞台となったロンドンも、結局同じである。職種が自営業であろうが、マーケティングディレクターであろうが、弁護士であろうが、歯医者であろうが、医療事務であろうが、フィットネストレーナーであろうが、リアルなワーキングマザーたちは、子どもが小さければ相応にカジュアルだ。だってその方が暮らしやすいからだ!

治安も運転マナーも良くないロンドンでは、子どもの集団登校などあるわけがないから学校への送り迎えは親の仕事。子どものバッグを背負い、子連れでゴツゴツしたロンドンの石畳を歩かねばならぬというのに、なんでわざわざハイヒールで重たい物を持ち歩く必要がある?というか、なぜそんなスリや置き引きに遭いやすい目立つ格好をしてリスクを負う?

むしろ、えらく目立ってファッショナブルなお母さんがいたら、その人はお金と時間にとっても余裕のある専業主婦である可能性の方が高い。誰もが羨む高級住宅地チェルシーに住む、雑誌に出てきそうな美しいブロンドと完璧なスタイルを誇る美貌のママのお宅にお邪魔したが、その家では1歳と5歳の娘二人を住み込みのナニー(ベビーシッター)が世話し、名門校への送り迎えもし、ママはステキなお家でステキなシャネルのミニワンピースに身を包んで、ステキなヨガに通ったりネイルサロンに通ったりする毎日だった。そしてそんな彼女の方が、たまにスーツにハイヒールに重たい革のバッグを提げてメイフェア(高級店がひしめくエリア)へ買い物がてら、お友だちと食事に行くのだ。

●ベビーシッターが一般的な欧州子育て

さて、このナニーやベビーシッターの制度が一般的にあるということが、日本とヨーロッパの子育てを決定的に異ならしめているものだ。幼稚園や小学校には大抵6時までの延長保育があり、それも外部からナニーが雇われて子どもたちをみている。保護者会は夜7時ごろ、父親や働く母親が参加できる時間帯に行われ、その間子どもたちは祖父母やベビーシッターに預けられる。

そうそう、専業主夫ではないにしても、父親が自宅で働くなどして子どもの送迎などをすべて行っている家も大変によく見かける。奥さんがオフィスにいる日中、同じような境遇の父親同士でたまに食事に出かけたりゴルフに出かけたりしていて、何だか楽しそうだ。

●子育てと仕事の「両立」ではなく「ジャグリング」

ヨーロッパでいろいろな子育て中の女性たちを見ていると、日本で言われている「両立」って何だろうと思う。「仕事」と「子育て」なのか、あるいは「自分」と「子ども」、または「夫」なのか。そもそも、「両立」という言葉自体、両方ともちゃんと立てなければいけないのが辛そうだ。
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英語では、子育てと仕事の「ジャグリング」という表現をするが、それはあくまでも忙しいやりくりの様子だけを意味していて、玉さえどうにか落とさなきゃ、それで成立している。「両方をちゃんと立てる」なんて、してないのである。つか、立たないのである。両立ができてしまう、あるいは両立をしようと努力するのは、日本人ならではの隅々まで意識された仕事ぶり、繊細なバランス感覚、自己犠牲もいとわない美しい精神なのだ。ホントに。

●全部自分であっちもこっちも立てなくていいんじゃないか?

だから、いっそ「両立」なんかしなくていいのじゃないだろうか?って聞いたら、みんな怒りそうだけど、つまり全部自分であっちもこっちも立てなくていいんじゃないかってこと。だって、立たないんだから! ジャグリングの玉さえどうにか落とさなきゃ大丈夫なんだし、落としたってちゃんと拾えばいいんだから、どんどん他の人を巻き込んで、ひとの力を借りて、一番忙しい時期をえいやっと乗り切っていいんじゃないのかと思う。

住み込みのナニーが子ども二人をみてくれるチェルシー在住のママは、彼女自身が焼いたという完璧なシナモンケーキの甘いアイシングをつつきながら、こう言っていた。「毎日“とっても”忙しいから、私は仕事はしないの。私は仕事より子育てに重要性を感じているのよ」。そんな言葉に脱力してしまうワーキングマザーのあなたにこそ、映画『I Don't Know How She Does It』で笑うことをおすすめする。

多忙に振り回されるなか、学校のチャリティバザーへ「明朝」子どもがケーキを持っていかねばならないことが分かった夜中、ケイト・レディはどう切り抜けるか。街のデリでパイを買い、それをめん棒で伸ばしてくたびれさせ、粉砂糖をダサく振りかけ、いかにも母のお手製感を出して、学校へ持って行くのだ。そしてそんなエピソードを笑い話にできる精神は、少なくとも「自分の周囲の万人を幸せにしなければ」と自己犠牲をいとわぬ健気な完全主義に囚われて擦り切れていくよりも、遥かに健全だ。
映画「ケイト・レディが完璧な理由」公式サイト
映画『I Don't Know How She Does It』公式サイト
映画原作『ケイト・レディは負け犬じゃない』(日本語訳)


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。