そんなにベビーカーはお嫌いですか?
苛々と舌打ちする過労のサラリーマンも、子どもとか母性とかに何のコンプレックスの裏返しか嫌悪の視線を送る輩も、日本という余裕のない環境で子育ての難しさに潰されそうな母親たちも、みんなストレスで壮絶な表情をしている。極東の小さな国に人間がひしめき合い、擦り切れていく音が聞こえるようだ。

さて、昨年ロンドンのバス車内でベビーカーを巡って起きた暴行事件は、そんな日本人の繊細さとは対極にある出来事だ。
Buggy rage passenger 'beat mother senseless' in row on crowded bus
londonbabycar

2010年9月19日、ロンドン南西部郊外のキングストンーパットニー間を走る85番バスの車中でそれは起きている。3歳の娘を乗せたベビーカーと、夫とともに乗車中だったノヴァ・ウィッティング=ウィレットさん(36)は、キングストンから乗って来た男、ウェイン・マキャティ(34)に激しい暴行を受け、意識を失った。

●ベビーカー専用エリアを巡ってのトラブル

マキャティも同様に妻と7歳の子ども、そして幼い子どもをベビーカーに乗せての乗車。しかし車内はかなり混み合っており、ロンドンのバスなら必ず設けられている車いすやベビーカー専用エリアも、ウィレットさんのベビーカーや他の乗客のスーツケースで塞がっていた。

マキャティが自分のベビーカーのために場所を空けろと要求すると、ウィレットさんはそれを断り、逆上したマキャティがウィレットさんの人種や体型を侮辱するような言葉とともに顔面や腹部を殴りつけ、自己免疫疾患を患うウィレットさんが紫外線予防のためにかけたサングラスを粉砕、挙げ句、床の上に倒れたウィレットさんの顔を踏みつけるという事態に。

しかも、車内は相当な大騒ぎになったはずと思われるのに、他の乗客は介入せず。事件の起こったバスが停車し、運転手が乗客に対して別のバスへの乗り継ぎをアナウンスすると、乗客たちは床の上に倒れて気を失ったウィレットさんの体をまたぎ、ぞろぞろと降りて行ったという。

●ロンドンでは公共交通機関でのベビーカー利用は当たり前

マキャティは「ウィレットさんが向かって来た」として正当防衛を主張しているが、それにしてもベビーカーを押す親同士の暴行事件とは、日本とは次元が違うという感ありだ。そもそもロンドンでは、街中でもバスの中でも地下鉄でも、ベビーカーが申し訳なさそうにしているという状態を見たことがない。

どの親も堂々とベビーカーを押して歩き、公共交通機関を使い、法律で確保された専用スペースを当然のこととして利用している。ベビーカーを押さない乗客も、同様に堂々とベビーカーを持ち上げるのを手伝ったり、子連れの親に席を譲る。子連れで街中に出て行動することが、社会的に当たり前と受け止められ、法によるそれなりの権利の保護と社会的受容が実現できているということなのだろう。

●黒人男性が白人女性に「断られた」ことが事件のきっかけ

しかし一方で、人口の40%が英国外の出身者であると言われるロンドンでは、人種や階層間の問題も後を絶たない。この暴行事件は、黒人男性が白人女性に「場所を空けるのを断られた」ことをきっかけにして起きているが、それだけ人種間の緊張感もあるということだ。

均質度の高い日本では、お互いの微細な差異を敏感に感じ取り、極めて薄い層や微小なグループによる差別化が追求されがちで、そんな試みの挙げ句に、例えば同性間でネト充だのリア充だの、既婚/非婚だの、子持ち/非子持ちだの、「○○するひと」と「しないひと」で声を上げずにジメジメと反目しあったり、ネットで説教しあったりする。

●英国的「危うきに近寄らず」

人種や出身国籍や階層に目で見てわかるほどの差がある社会には、むしろそんな微細な差異を感じ取る感受性はない。感じ得たとしても、それを公の場で共有することは人間関係の火種になるので、それは「感じなかった」として無視したり、やんわりウィットにくるんで笑い話にするのが賢明である。目の前で子持ちの母親が気を失うほど暴行を受けたのに一切介入しなかった乗客たちは、英国的「危うきに近寄らず」を体現したのだと容易に想像できる。

目に明らかな差異に囲まれて生きる故に自己主張も強くなって憎悪が生まれる街と、人智を超越する第六感でのみ感じられるほど微細な差異を過敏に感じ取ってわざわざ憎悪を生み出す街。ひとが生きやすいのはどっちだ。


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。