orientalアメリカではとんと聞かない単語でありながら、ヨーロッパでやたらと耳にする単語がある。「オリエンタル」だ。

日本人の私は、海外と言えば北米くらいしか在住経験がなかった頃、自分を含める東洋人は、イコール「アジア人」で、逆もまた真なりと思っていた。しかし、ヨーロッパで暮らし始めると、アジアはインドも含む広大な大陸を意味している。

場合によってはなぜかアラブやトルコ辺りも入ったりする。ひどい時(世界地理に大変に疎い場合)は、どうしたことかメキシコ料理もアジア料理の仲間になっていたりすることもあるくらいだ。

つまり、黒人種でないが「非ヨーロッパ系」をまとめて無邪気にアジアと呼んでしまう、何ともざっくりといい加減なカテゴリーが存在していて、脱力してしまう。

そんなわけで、ヨーロッパに来て初めて、自分がこれまでアジア人だとして区分していた日中韓の東洋顔が、もう少し狭い区分で自他ともに「オリエンタル」と呼ばれていることに気づいた。もちろんタイやインドネシア、マレーシア、フィリピンなどの東南アジア系もそこに含まれるが、人口規模ゆえのマジョリティは中国人、そして日、韓の順である。

たまたま私が欧州で知り合ったオリエンタルの母たちは、国際機関や一流多国籍企業に勤務するエリートの夫に付いて欧州にやって来たという人が多かったため、本人たちもため息が出るほどインテリの人が多かった。

●弁護士を立てて学校と争う中国母

そして、彼女たちが愛してやまぬ子どもたちへの教育熱も、ハンパじゃなかった。海外に住む中韓の母親たちの教育熱には、日本人の母親たちのそれは遠く及ばない。

群を抜いて強烈な印象を放っていたのは、ある中国人のヴァイオリニストの母親だった。北京出身で、幼いときから数々のコンクールで優勝し、ニューヨークのジュリアード音楽院を優等で卒業した、いわゆるプロディジー(神童)である。

ニューヨークを生活の拠点として過酷な競争を勝ち抜いてきた激しい気性ゆえ、自分の子どもへの指導方針についてインターナショナルスクールと対立し、弁護士を立てて争いを繰り広げた。そんな経緯があっても、学校を辞めることなく、毎日ひょうひょうと子どもの送り迎えにやってくる。

私だったらどんな顔をして先生と話をすればいいのかと神経をすり減らして即刻自主退学するところだが、気にするどころか「私をちゃんと(特別に)扱え」という空気さえ纏っていたから、たいしたものだとむしろ感心してしまった。

●多言語と音楽を徹底的に仕込む香港母

次に印象深いのは、イギリス人男性を夫に持つ香港系中国人母だ。夫の仕事に付いて数年毎に世界中を転々とする暮らしでありながら、その時々に応じて子どもにとっても最も質が高く有利な教育を常に考えていた。

娘にも息子にも英語とマンダリン(標準中国語)、独仏語を身につけさせ、ヴァイオリンとピアノも相当な腕前に仕込み、13歳の時点で夫の故郷である英国の全寮制名門パブリックスクールに送り込む。娘は誰もが知る大学の医学部に進み、息子はピアニストを目指しているが、イギリス人の目から見ても完璧な学歴を「母の才覚で」子どもに与えた、香港版の教育ママだった。

●難関大学院で自ら英語を学び教える韓国母

韓国人の母親たちも、中国系に比べて物腰は柔らかい印象ながら、子どもの教育に妥協することのない人が多かった。ある韓国人の母親は、経済学者である夫に付いて海外で暮らしながら、自分の子どもに正しく美しい英語を教えられるようにと、自ら難関の大学院に入学し、言語学を修めた。

子どもたちは海外で長期育ちながらも、本国に帰ってもすぐにエリート教育の最前線で戦えるよう韓国語の教育を並行して受け、完璧なバイリンガルとして成長している

もう一人、韓国人ピアニストの母親は、幼い子ども二人を抱えての海外生活を一年で切り上げ、子どもの教育のために夫を独り残して帰国した。彼女にとっては、比較的のんびりした海外で子どもを育てることよりも、子どもたちを韓国のエリート競争から落伍させないことの方に重きがあった。


……彼女たちの子育てを見ていると、そこには3つの太い柱があり、それは語学(バイリンガル教育)と数学、音楽だったと思う。それらは奇妙に中・韓のどの家庭でも共有されていて、それらの分野は中・韓の子どもが特異とするステレオタイプでありつつ、必ず目に見える結果を残す分野でもあった。

●「勉強ヒーロー」だった海外の日本人子弟、その座は今や中・韓に

翻って日本の母親たちは、自分たちの日常英語で精一杯の人が多い。インターナショナルスクールでも現地校でも、子どもの教育を学校と丁々発止でやり合ったり、宿題を自分が見てやったりという語学力がないため、学校に期待するのは「お友だちと英語で喋れるようになれたら素敵」という控えめなものになりがちだ。

しかし、教育に対する姿勢の違いは、結果に如実に現れる。母親ががっちりと横について指導する中・韓の子どもたちは、数学も英語も他国の子どもたちと歴然の差をつけて優秀だ。

一方で入学後何ヶ月経っても、まれに何年経っても英語の支援クラスを卒業できず、他国の子どもと同じ土俵で学ぶことのできない日本人の子どもたちは、同じ「オリエンタル」なのにかなりのんびりしていると受け取られる。

一昔前まで、海外での日本人と言えば、会話は苦手でもひとたび英語の読み書きとなると周囲がビックリするほどよくできたり、数学の時間はヒーローになったりしたものだが、現代の日本人の子どもたちにそのような印象はあまりない。むしろそういう「勉強ヒーロー」の座は中・韓の子どもたちに奪われてしまった。

●必死に自尊心を守る欧州諸国の姿に日本の未来がカブる?

西洋人からは同じ「オリエンタル」としてひとくくりにされているのに、海外在住の日本人と中国人・韓国人の間には不思議なテンションの差がある。それは文化的な、あるいは経済的な自覚がもたらす緊張感の多寡なのかもしれない。日本人は、より緊張感が薄い。そして危機感も薄い。

日本人学生の凋落と、中・韓の学生の隆盛。この明暗は、日本の先進国病と新興国の勢いがちょうど交わった結果なのかもしれない。少なくとも母親たちのレベルでは、もはや同じ教育観を共有することはなく、アグレッシブさも対極にあると思う。

yuuhi
今や緩やかとも言える日本人の教育観は、西洋人から眉をひそめられるような攻撃性がなくてお行儀が良い一方で、他をあっと言わせるようなインパクトのある結果を残すこともなく、日本人ながらアグレッシブ気味の私としては忸怩たる思いを抱くことも多い。

今の中・韓の教育熱に日本の数十年前の姿を重ねて見る一方で、教育も経済も失敗し国家ごと失速し、過去の遺産にしがみついて必死に自尊心を守る欧州諸国の姿に日本の未来が見えるような気がするのは、悲観的に過ぎるだろうか。


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。