学校が3学期制の英国では、各学期(ターム)の半ばにハーフタームと呼ばれる1~2週間の休暇がある。欧米の学校はアジアの学校の勤勉さに比べて休みが多すぎるとの悪評もあるが、勉強量が多く厳しい英国の小中学生は、このおかげで通年の体力とやる気が維持できると言っても過言ではない。

さて、先日のハーフタームに6歳の息子と二人で出かけ、お腹すいたねと目についたピザレストランでピザを食べることにした。子連れの王道チョイスと言ってもいいチェーン店で、そんなに美味しくもないが値段も張らないため、昼時の店内はあっという間に一杯になる。隣の席に通されてきた男女4人組は、チープな化粧とファッションのケバさに初めは年齢不詳だったが、漏れてくる話を聞くにどうやらティーンエイジャーなのだった。

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私と息子の食事と会計が済み、そろそろ出ようかとのんびり支度をしている時に、隣の4人組もウェイトレスを呼びつけて会計を始めた。すると中の一人が、「ちょっと待って、アタシここのクーポンあるから」と、携帯を取り出し、なにやらオンラインクーポンの番号を幾つも伝えている。

複数のサイトからのオンラインクーポンを組み合わせた威力なのだろう、彼ら4人があれこれ飲み食いしたあとの支払額は、私と息子が細々と食べた1.5人分の金額をわずかに上回る程度だった。

「クーポンすてきー」「使わないテはないでしょ」

と、ジャケットを羽織り出て行く現代っ子の後ろ姿を見送りながら、そのネットリテラシーの高さ(?)、「チープシック」なライフスタイルと節約のスキルにへえと感心する。

お金のない若い頃、確かに私もいかに安く遊び飲み食いするかは最大の関心事のひとつだったから、いまの若い子はオンラインやら手配りのクーポンやらで、無料サービスや「価格破壊」の恩恵を存分に享受できていいな、とも思った。

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しかし、そんな無料サービスの若き利用者たちは、不況で価格破壊万歳のこの世の中、続々と無料で、あるいは無料に限りなく近い値段で提供される物品やサービスを甘受する一方で、実は自分たち自身も徐々に「無料」に近づいていることに気づいているだろうか。

無料サービスを享受する人を英語でフリーライダー(タダ乗り屋)と呼ぶ。クーポンサイトやディスカウントコードなどの権利を売買するサイトは大盛況、本も音楽も映画だって、リリース後少し待ってでもオンラインサイトでダウンロードする方が実店舗や映画館へ行くよりずっと安い。

裏ではゲームも含め違法無料ダウンロードサイトが大流行りして若者の間では最早デフォルト。消費者の側からすればフリーライド万歳、価格破壊や無料サービスの拡大は大歓迎だ。

とはいえメーカーや小売店からすれば、価格低下は売り上げ低下、コスト削減、さらには雇用調整へと直結する。消費者が「家計節約」するのと同じ論理で、メーカーや小売店も「節約」し、雇用数を減らし、雇用継続者にさえ給与支払い額を縮小しようとする。

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先日、英国では大手小売店における「不払い労働」が大きな問題となった。若年失業者を対象として出された求人で、搬入などの単純作業に携わりフルタイムの実働経験を与える一方で、その試用期間中は週当たり30時間まで失業手当相当額と経費しか支払われない。

また、就活中の学生が群がるインターンシップも、学生たちは合法的にその能力と体力を搾取されているとして物議を醸す。無報酬の代わりに有名企業で実務経験を積み、あわよくば雇用されるという淡い期待の下で、かなりの無茶な注文や激務をこなしたとしても、このご時世にちゃんと雇われるかどうかはどこにも保証されない。

英国だけではない。世界中で、教育があってもなくても、この先の雇用の保証などないのが現代だ。何もかもが縮小へ向かう不況の中に育ち、無邪気に「タダ乗り」する若者や子どもたちは、いつか自分が「タダ乗り」される可能性を念頭に、無料サービスを楽しむ覚悟が必要なのかもしれない。

そして、子供たちに「なぜそれがタダで手に入るのか」「なぜ安いのか」という社会構造を教えるのは親の責務なのだ。お金と自分の繋がりを考えることは、社会と自分の関係性を認識することである。

「社会性」、これこそが、インターネットのリテラシーは高くても実社会で生きにくい若者に足りない部分なのかも知れない。

日本社会には、働かない(働けない)若者を親の経済力でどうにか養えてしまう、脛をかじらせることができてしまう、良くも悪くも「余白」がまだある。しかし欧米にはもうその余裕はない。既に若者の失業率の高さと貧困が深刻化している欧米では、タダ乗りの負のサイクルが轟々と音を立てている。日本に、その音が聞こえていないはずはないだろう。

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Free for All / The Economist


河崎環河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。現在は夫、15歳娘、6歳息子と共に欧州2カ国目、英国ロンドン在住。