いやはや、久しぶりにハマった。NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』。朝8時になると、普段真夜中にしか姿を見せないTwitterの民たちが一斉に騒ぎ出す(含む筆者)。

今年1月の“周防月間”に至っては毎日が祭り状態で、女たちの脳内だんじりが“周防さん”を大工方にして、“そーりゃーそーりゃー”の大合唱。観ていない方には本当に申し訳ないのだが、糸子が周防さんに思いを告げるくだりでの「“腕ガシ”っからの“ふんわり”抱擁」は、テレビ史に残る胸きゅんシーンなんですよ!奥さん!

とまぁ、とにもかくにも、主人公である糸子の朝ドラヒロインらしからぬ言動と、芸達者な脇役たちの細かな芝居に視聴者は熱狂した。脚本家の渡辺あや氏の構成力も、映像センスも衣装も消えモノも、それはもう何もかもがカチっとハマって爽快ですらあった。

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NHK連続テレビ小説『カーネーション』のスクリーンショットより
人生を「洋裁」に捧げ、戦前戦後を駆け抜けたヒロイン、糸子。女手ひとつで3人の娘たちを世界的なデザイナーに育てた大いなるお母ちゃん。

しかしながら『カーネーション』での糸子は、才気あふれる商売人ではあっても、誰もが認める良い妻・母親ではなかった。それがこの物語に与えたリアリティと面白さは計り知れないと思う。働く女性、働く母親がまだ珍しかったあの時代。糸子の子育て術には、現代の母親たちを息苦しさから救うヒントがある。

独立する前に働いていたテーラーの同僚に見初められ結婚した糸子。自ら婿入りを希望し、糸子の商売に口を出すわけでもなく、いつも機嫌良くしている夫を「都合がいい」と放置する。夫を「都合がいい」と言い切る朝ドラヒロイン……。そこには糸子流の照れももちろんあるだろうが、愛情の基準を「都合のよさ」に見出す正直さに、多くの主婦は共感したに違いない。

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こう書くと語弊があるかもしれないが、糸子は強烈にエゴイスティックな女性である。男の愛し方、仕事の仕方、そして育児も、自分本位だ。家族と従業員の生活を両肩に乗せた状態で、3人の子どもを出産。

多忙を極める中での育児で、糸子が取った方法は「人に任せる」だった。やんちゃだった次女の子守り探しに奔走するも、「仕事を休んで自分が見る」という選択肢はない。手のかかる三姉妹に毎日ぎっしり習い事をさせていたのは、少しでも仕事に集中したいから。

「家族を養うため」とか「子どもの可能性を伸ばしてあげたい」とか「幼少期はなるべくそばにいてあげなきゃ」とか、時に大人が寄りかかりがちなステレオタイプな建前やありきたりな言い訳はスッパリ切り捨てる。

結果的に家族を食べさせる立場であったとしても、糸子を貫いていたのは「自分のために仕事をする」という強い思いだ。そこには子どもも夫も介入出来なかったのである。

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では、現代の働くママたちはどうだろう。糸子の時代に比べ働く母親は格段に増え、それを支える環境も制度上は整っているように見える。しかし実際は……仕事と育児を両立するために実家に頭を下げ、保育園に頭を下げ、夫に頭を下げ、会社に頭を下げている。やっと寝た我が子にさえ無意識に「ごめんね……」とつぶやいてしまう。仕事をしている自分を責めた経験のある母親は多いだろう。

だからこそ、糸子のエゴイズムが眩しいのだ。私が私のために仕事をしているのだから、「養ってる」という恩着せがましさも、「申し訳ない」という後ろめたさもない。またそのエゴは、かえって子どもたちを自由にする。

三姉妹たちが口を揃えて言っていた「お母ちゃんに認められたい」というセリフに見え隠れしていた、尊敬とライバル心。子どもたちもまた「母のため」ではなく「自分のため」に生きることを学んだのではないだろうか。

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糸子と周防さんの恋は、いわゆるひとつの不倫。作中でも親戚縁者&近隣住民からつるし上げられ、視聴者からも「朝ドラにあるまじき」などと結構非難を浴びていた。

この件について糸子世代である祖母(94歳)に意見を求めたところズバッと一言。「稼いでんのに、周りにとやかく言われる覚えはないよ!」。ばあちゃん、言うよね~。

平成の働くママたちに必要なのは、こういう開き直りなのかもしれない。稼いでるんだから!育ててるんだから!家事してるんだから!感謝こそすれ謝らず。

ただ、この理論、周りを黙らせるくらいの稼ぎがないと説得力がないのがタマにキズ。あと、糸子は家族の食事には決して手を抜かず……あぁ糸子の道はなかなか険しい。

NHK連続テレビ小説『カーネーション』


西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。一児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。