幼稚園に通う年の頃、多くの男児がヒーローものに目覚める。仮面ライダー、スーパー戦隊、ウルトラマン、選択肢は豊富だ。デパート、イベント会場、映画館、子どもを捕らえる罠のようにおもちゃが並び、親は戦う、欲しがる子どもと。そして、「売りたい人たち」の思惑と。


その変身は本当に必要ですか?


ヒーローは変身する。まず自分が変身。さらにオプション的な変身をすることも増えた。専用の乗物に乗り、それも動物型やらロボット型やらに変形し、最後は仲間の乗物同士が合体して巨大ロボット化。

この過剰なまでの多様な形体、果たして今日の敵を倒すために本当に必要だったのか。子どもと一緒にテレビを観ながら、商品化しうるおもちゃの点数をカウントし、あ、今のこの変身はおもちゃのためか、ストーリー上の必然か、と自問自答する。

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「集めよう!」「連動だ!!」と誘わないで下さい


今の仮面ライダーの変身ベルト(フォーゼドライバー)は、懐かしのウェストポーチを前付けしたような形状の、もはやベルト離れした装置。任意の「アストロスイッチ」をセットすることで、そのスイッチの変身オプションを利用できることになっている。

このスイッチがくせ者なのである。その数40種類。つまり、基本のベルトを買ってしまったら、その後、永遠に続く子どものスイッチ収集欲に付き合わされることになるのだ。

スイッチは「気軽に」購入できるよう食玩やガチャガチャにまで細分化され子どもたちにアピールを怠らない。しかも「ガンバライド」なる幼児もできるアーケードゲームが各所に設置され、そのスイッチをセットして遊べるようになっているのだ。さらに、このゲームで使用できるカードは、ご丁寧にライダー系のおもちゃにおまけのように同梱されている。

露骨な「連動」販売にさらされた子どもと親の間にどんな戦いが待っているかは説明するまでもないだろう。


おばあちゃんには仕組みが複雑なのです…


ひとつ前のスーパー戦隊シリーズにおいても、変身オプションとして使われる「レンジャーキー」が大量に出回っていた。

孫へのおみやげにと何度か買って来てくれたおばあちゃんに、「実はそれは小さな人形なのではなく、変身時にアイテムに差して使うキーであり、現在うちにはその純正キーを使用できるおもちゃが存在しないのです」と説明するのは複雑レベルが高く困難で、
さらに「明後日、その番組が最終回を迎えるのです」と告げるべき日にそれをもらったときは、デパートには現シリーズ終了期日を掲示すべきだ、と本気で思った。


売りたい人たちへ


「あの番組は30分間まるごとおもちゃの宣伝だ」と断言した人がいた。あぁ、しかしそれではあまりにも悲しい。子どもが大きくなった時に、おもちゃやゲームとしての記憶ではなく、ストーリーのおもしろさやそこに流れる哲学を少しでも覚えている番組であって欲しい。

子どもの見る番組を作る側が、本当に「売るため」だけのストーリー作りに陥っているとは考えにくいし、良識と作り手のプライドでいいものを作ろうと思っているはずだ。

しかし残念ながら、あからさまな売り方は、彼らの企画会議の会話まで想像させ、大人心を嫌な方向に刺激し、むしろ「その手には乗らないよ」と拒絶反応を起こさせる。

一方で、自分もその作品が大好きになってしまえば、おもちゃもゲームもむしろ積極的にOKしてしまいそうになるのが、親の勝手な気分だったりもする。子どもの頃に見たウルトラマンのジャミラ(※→参考)の悲哀は、なんとも深く心に突き刺さり、あの独特の姿と共に焼き付いている。

レンタルビデオ店で昔のウルトラマンシリーズを子どもにせっせと勧めてしまうのは、あのジャミラ効果が大きい。やっぱりいいものはいいんだよなぁ。


「大人の事情」が透けて見えるちょっと無理な設定の映画を作るより、じっくり、ジャミラを凌駕する話を作って、親の心をがっちりつかめばいいのだ。多分それが「親を攻略する販売」の近道だ。

よし、これはジャミラを超えた!と感じたら、その時は、「次の誕生日」まで我慢させずにおもちゃを買ってあげようかな。


狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。