先日、当サイトで「朝ドラ『カーネーション』に見る“エゴイスティックおかん”のススメ」というコラムを書かせていただいた。稼ぐお母さんの先駆けだった糸子の自己本位な子育て法が、現代のワーキングマザーたちの閉塞感を打ち破るヒントになるように感じたからである。

しかし、ここにまた外で働く母親たちに新たなる壁が立ちはだかった。『Grazia』(講談社)が“働く母”をターゲットにリニューアル。栄えある新装刊号の特集は「せわしなくって、幸せな『働く母』を生きていこう!」である。

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せわしないは“忙しない”と書く。立心偏(りっしんべん)に亡くす……つまり感情を亡くすってこと。幸せとは感情を麻痺させるもの……とは、深い。
などと、表紙を見ただけで読後の落ち込みが予感されてしまうものの、私も一応働く母のはしくれである。髪をかきあげている仕草が先代林家三平の「どうもすいません」に見えてしょうがない(……時点で『Grazia』失格)、表紙の松嶋菜々子をグワっと掴んだ。

読んだ。えぇ読みましたとも。今の私、思ったより元気。外は春の陽気、あたたかな風が運んだ花粉でくしゃみをひとつ……あぁ生きております。

端的に言えば、思ったよりショックは無かった。『Grazia』で描かれる働く母たちは、眩しく崇高ですらあった。余りにも違い過ぎて、羨望も落胆もなく、脳内に南風が吹いただけ。

そしてすぐにある疑問が。一体「働く母」って誰?私は本当に「働く母」?

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『Grazia』にいたのは、仕事をバリバリこなしながら、おしゃれにも手を抜かず、自分自身の成長に努力を惜しまず、誠心誠意子育てをする“女”だった。オンとオフのスイッチを明確にするために、5~6万する仕立てのいいジャケット(敢えて「ワーキングジャケット」と表記していた)を纏う。

ブルガリのジュエリーを光らせ、マロノブラニクのパンプスをカツカツ言わせる。ブランドバッグも合わせれば、全身軽く100万越え。私にしてみれば「歩く身代金」だ。「おぼっちゃまくん」だ。

そしてオフには、これまたシンプルながら仕立てのいいゆるT(デザインに遊びがあるの!)にジーンズ、真っ白なコンバースを履いて子どもの絵本(外国のね!)を探しに行くのだ。

「公園や広場で座ることも多いから、洗えるパンツが気楽」と言いながら、オフスタイルのトートバッグはトリー・バーチ。んなもん、きったない砂場にひょいと置けるわけがない!

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『Grazia』はまず、このファッションページで読者を第一のふるいにかけたのである。ここから第二関門“気になる隣のワーキングマザー”たちの登場。

ヤフージャパン、NTT、花王、リクルートなど、いわゆる一流企業に勤める女性たちが、ハードな日常に時に疲れ果てても、「(子どもたちの)小さな成長や変化に、母としての喜びを感じる」ことで救われていると語る。とびきりの笑顔で。


語弊があるかもしれないが、私は子どもの笑顔に救われるとは思わない。もちろん子どもは可愛いし、愛おしい。でもどんなに子どもが笑っても、目の前の洗濯物がたたまれるわけでもないし、たまった原稿が自動表記されるわけでもない。子どもの笑顔は、子どもの笑顔だ。それ以上でも以下でもない。子どもの成長や変化は喜ばしいことだけどそれで全てが帳消しになるほど、生活は単純じゃない。

仕事が溜まれば家事は二の次、泣いてる子どもを実家に預けて取材……自分が母親失格なのではないかという不安にいつもさいなまれ(私の場合はその不安を解決する努力すらしていないけど)、『カーネーション』の糸子ほどの「私は私の仕事をする!」という自信もない。

「母」にも「労働者」にもなれない自分。この雑誌で描かれる「せわしなくって、幸せな『働く母』」は、“母”ではなく“女”だ、と書いたのは、母親である私自身が、「子どもがいれば万事解決」という魔法なんてこの世に存在しないことを知ってしまったからだ。

だからこそ、「ジミーチュウでダッシュしながら保育園のお迎えに行く(のも幸せ)」とか「子どもがいると本を読む時間もなくて……辛いけど朝はなるべく早起きして自分磨き(でも幸せ)」という「働く母」が、全く母には見えない。

でも“女”としてなら合点がいく。結婚をせずバリバリ働く女性に対して、家で120%の愛情を子どもに注ぐ女性に対して、「その両方を手に入れた私」を見て、と。『Grazia』の「働く母」は、女が女に勝つためのコスプレに見えてしまうのだ。そして、その最大の武器が「子どもの笑顔が全てを解決する」という魔法。


「働く母親」がコスプレ化してしまうのは、なにも『Grazia』に限ったことではない。要するに、誰の目にも「働く母」の本当の顔は見えていないのだ。もちろん私も全然分かっていない。はっきりしていることは、私には仕事があり、その稼ぎが生活に必要だということ。そして仕事が好きだということだけ。育児も仕事もとりあえず「やるしかない」のである。

そんな正体不明の「働く母」をこれから模索していくのだろうか、『Grazia』。
夏木マリ姐さんが、「ようこそ、“働く母”地獄へ……」とささやいている。


西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。一児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。