お盆が近づくと思い出す、子どもの頃の記憶。

本宅の続き間に並んだ脚付きのお膳。親族の男たちが並んで座り杯を交わしている。父もそこにいて、呼ばれた幼い私はあぐらをかいたその脚の中に、ちょこんと座る。父は言う。

「お魚、食うか? お父さんがほぐしてあげるから……」

こうやってご飯を食べるのはいつものことなので、私はワクワクと鯛か何かの骨を取ってもらえるのを待っている。しかしそこに、とつぜん叱責のような怒号のような声が降る。

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私は脅える。自分のことを言われているらしいことは分かるが、何を言われているのかは分からない。程なく、おどおどした表情の、割烹着を着た母がやってくる。そして私を抱えてその場を辞そうとする。私は抵抗する。

父は、いいんだよ連れて行くなよと言い、私を渡さない。でも母はかぶりを振る。私は「お父さんとお魚食べるー」、でも母は「お魚ならあっちにもあるから!」とキツい声を出す。


「あっち」というのは、その大きな家の台所、北東の土間である。母を含めた女の人たちと子どもたちが皆そこにいるのを、私は知っていた。でも、あんなところに行くのは良い気持ちがしなかった。ジメジメして、暗く、生臭いにおいがしていたから。

私は連れて行かれるのは嫌だと暴れた。何故ここにいていけないのかサッパリ理解出来なかった。要は子ども、しかも「女の子」だったから、なおさらよくなかったのだということを理解したのは、それからだいぶん後になってからのことである。

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十数年後。私は父と一緒に、進路が決まった報告をしにその本宅を訪れたのであるが、四年制大学に行く旨を伝えたところ「女が大学に行くなんて」とまったくく祝われず、驚いた。「お前は小さいころからキカなかった」「嫁き遅れる」、その時、私は漸く合点した。子ども時代の、あの「お膳の上の鯛」の光景は、ある意味象徴的な出来事だったのだと。

あの頃から父は私を座敷に上げ、実に「そのように」育ててくれた。「お前が土間で食事をする必要は無い」と言われながら、私は育ったのだ。

戦後民主主義の学校教育のお題目というのも、まあ基本的にはそのようなものだったはずである。男女平等、女の子だからという言い訳が効かない代わり差別されもしない。まあ、一応はそういうことになっている。

成績順に序列化こそされるものの、切磋琢磨も男女ごちゃ混ぜ。共学校では生徒会長が女子だったりする。だからそんなの当然という意識で私も大学4年くらいまで牧歌的にやってこれたわけだが、様子がおかしくなってきたのは就職活動の頃であったか。

それでも会社員時代も営業職で、成績さえ良ければ差別されようもなかった私は幸運だった。結婚してからも同年代の夫からおかしな扱いを受けることのなかった私は幸運だった。私は、子どもを産むまで、「あの土間」の存在を忘れかけていたのだ。

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しかし、21世紀も10年以上過ぎて、いまなお「あの土間」は健在であることを思い知っている。或いは隙あらば、女・子どもを「あの土間」に放逐したいという根強い意思の存在を感じていたりする。

つまりはそういうことなのだと。私が何を言っているのか分かるだろうか、それとも、あなたにはまったく分からないだろうか。

自分の娘や嫁が、ジメジメと暗い「あの土間」の隅に追いやられている、その様子を、座敷で酒宴に興じている夫や父たちはどう見、どういう行動に出ているのだろう?

・気づいていても知らん顔で酒宴を続けているのか(関係ないね)。
・あるいは、気づいてもいないのか(え?どこに行ってたの?土間?何それ?)。
・気づいて、土間に降りて来てくれるのか(何ここ、すごい寒い。こんなとこに置いておいてごめん)。
・あるいは、気づいて呼びに来てくれるのか(そんな寒いとこにいないで、こっちおいでよ)。

また、「あの土間」にいる身近な女の人たちはどう振る舞っているだろう?

・私だって我慢してこの土間にいるのに、あんただけ座敷に行くだなんて、許せない、と妨害するか?
・座敷で食べておいで、我慢してこんなところにいることないよ、と後押ししてくれるか?
・土間だって慣れれば居心地がいいよ、と微笑んで口を閉ざすか?
・一緒に出て行こう、と手を握ってくれるか?


私は「あの土間」に放逐されるのなんてまっぴらだが、呼ばれて行った座敷でお酌をさせられるのもまっぴらだ。

そんなくらいなら、娘たちを引き連れて「あの土間」に戻り、おもむろにリノベーション工事を開始したい。
日当りの悪い天井には天窓をブチ抜き、土間の上には炭を敷いてから断熱、ひのきの床を張って床暖房を設え、衛生的なシステムキッチンを入れて壁には光触媒を仕込んでやろう。ただ古屋の立派な梁などはそのまま活かしたい。古いもののすべてが悪いなどとは思っていない。

そうして、うんと快適になった元・土間ダイニングには、大きな大きなテーブルをでんと置こう。禁煙。泥酔禁止。マナーは大事。でも楽しく、ここで皆ご飯を食べようじゃないか。 ただし配膳はセルフサービスで。上げ膳据え膳はナシ。食べ終わった人は洗い物。よろしくね。

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21世紀もテン年代、この現在に育つ私の娘たちは土間も座敷も知らない。上座も下座も知らないのはいささか和の教養に欠けるかもしれないが、まあ正しい箸使いを身につけられれば及第ではなかろうか。それよりも、「大きな大きなテーブル」で和気藹々と摂った食事の記憶に満ちた人生であれかし、と母親となった私は願わずにいられないでいる。

誰かを暗く汚い土間に追いやって、自分だけ快適な場所で、人を顎で使いながら御馳走を食べる優越感も。人を僻みながら、足を引っ張りながら惨めな食卓に向かう劣等感も。両方「メシマズ」という感受性であれかし。

そう願いながら、「そのように」、いま、子どもたちを育てている。


藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。9歳5歳1歳三女の母。