2年前。左手で男の子の手を引きながら、右手でケータイを握りしめて坂道を登っている若ママを見た。画面からずっと視線を外さず、器用に文字を打っている。緊急の連絡かな、と思ったが、その後も何度か同じ姿を見かけた。男の子は諦めたかのように、いつも静かに腕を引かれていた。

「自分はああはならない」

あの、根拠のチリほどもない自信はなんだったのか。

2年後、産みたての息子に授乳しながらスマホを握りしめ、4歳の娘の「オカーチャン、あんな~」と繰り広げられる「保育園のカブトムシ脱走事件」に能面顔で「へー」と生返事をする自分がいた。

産前産後に陥った「スマホ依存」の日々


上の子と下の子の間に我が家に訪れていたもの。
それは「iPhone4S」。
auが導入した時、夫婦一緒に買い換えた。
 
5年前の出産時には、夫の実家に同居で色んな掲示板の同居育児の悩みを巡っては共感し、憂さを晴らしていた。それでも、起きてパソコンに向かわなければ見られない。ガラケーの入力スキルが高くなかったせいもあり、ケータイ依存にはならなかった。

あれは「ケータイ依存にならない母親」を目指していたからではなく、単に使いこなしスキルの問題だったらしい。
 
スマホと暮らしてみると、あっけなく彼は「右手の恋人」になってしまった。


(アプリで陣痛を記録、産後の買い物、悩み解消、親バカショット撮りまくり……スマホデビューが遅めだったので、サルのようにハマった)
朝、アラームが鳴る、止める。
寝起きが悪いので、そのまま布団の中でSNSやネットニュースをチェック。
TODO管理アプリで、今日の仕事を確認する。
妊婦&出産ハイのため、写真をこまめにSNSに投稿したり親に送ったり。
えーっと、昨日の写真で息子がカワイイのは……

起き出して朝食を食べながらメールチェック。
おっと、飼い猫がセクシーポーズをしている!
メールアプリからそのまま撮影に移り、カメラアプリで編集してまた投稿。

産後は泣く度に授乳。
授乳クッションの上に息子を寝かせて乳を吸わせる。
片手が空く。
「目を見て授乳すべし!」世論という名の小姑の声が聞こえる。
目を見て……目を見て……
 
赤ん坊を見ているうちに、ふと「うちの子、頭のカタチなんかおかしくないか?」と気になりだす。
おでこが出っ張っていて、後頭部が豆のように長い。
乳を吸わせたまま右手がスマホに伸びる。
ポチポチと「赤ちゃん 頭 長い」でググる。
質問サイトに同じ悩みが既出、「ウチも長かったけど治りましたよ~」という答えに安堵する。
そして、まだ飲み終わらない赤ん坊を眺める。

10分も経過すると、飽きてくる。
そう、飽きてくる。
 
ネット小姑たちに叩かれようとも、1回20~30分、1日6回以上やってたら飽きる。
またも、スマホに手が伸びる。
ざーっとFacebookとTwitterのタイムラインを追う。
息子は黙々と乳を飲んでいる。

さ、授乳完了。
育児記録アプリを起ち上げ、授乳時間とオムツ替えの回数をぽんぽんと指先で記入。
ついでに朝の体重を「計るだけダイエット」のアプリに入力。

そうだ、家計簿も入力しとかなくちゃ。
家計簿をつけながら、思い出す。
あ、晩ご飯どうしよう。

冷蔵庫の中身を思い出しつつ、スマホで「クックパッド」を起ち上げて「豚肉 小松菜」で検索。よし、今日は「生揚げと豚肉と小松菜のピリ辛炒め」にしよう。LINEで夫に「厚揚げ買ってきて」と送る。そうだ、オムツ専用ゴミ箱のカートリッジも無くなりそうだった。アマゾンのアプリから、読みたかった本と一緒に注文。

そして、繰り返される授乳、添い乳で動けない時間の暇つぶしの友としてスマホを握り締め続けた産後の2ヵ月、いよいよ自分がヤバイと気づき始めた。動作の合間に、ちょいと起ち上げるクセがついている。明らかに、次の行動に移るのが遅くなっている。

食事や移動中にはスマホを触っていないが、このままだとそう遠く無い。少なくとも、朝起きてスマホ、夜はスマホを握って寝落ちしている状態なのだから。

――私は「スマホ活用」の域を超えて、明らかに「依存」に片足を突っこんでいた。

「スマホ」と育児の相性がいい5つの理由


乳児育児とスマホ(使いこなせる人にはガラケー)は、相性がいい。良すぎる。
この3ヵ月、なぜ自分が依存気味になったかの理由を考えてみた。

(1)写真や動画を手軽に撮れる
→特に赤ん坊や子どものシャッターチャンスは親にとって魅惑的である。

(2)すき間時間が活用できる
→忙しい家事育児仕事の合間に、家計簿入力やネットショッピングができる。

(3)不安を手軽に解消できる
→育児の不安を検索で相談すれば、プロや体験者のアドバイスが数秒で見つかる。

(4)簡単にコミュニケーションが取れる
→引きこもりがちな新生児育児でも、他人と会話ができる。

(5)退屈しのぎになる
→ゲームや電子書籍アプリなど、片手で暇つぶしができる。

その他、飲食店で騒ぐ子どもにゲームをやらせたり動画を見せて大人しくさせたりという技もある。とにかく、便利過ぎる。スティーブ、なんてものを作ってくれたんだ。

自分の依存を自覚した瞬間、「手を打たなければ」と思った。
「ガラケーに戻す」という選択肢がチラつく中、ここは死んだ人のせいにせず意思の力で何とかすることに。

「スマホ依存育児」から脱却すべく、3つの行動を起こした。

・スマホ機能の取捨選択
・「デジタル断食日」を作る
・リビングと寝室には持ち込まない

スマホの魅力は「色んなことが1つでできる」点が大きい。電話、メール、ネットチェック、交流、情報収集、動画や映像の記録、メモ、アラームなどなど。この機能のうちの1つを使うだけで用を済ませられず、そのまま他の機能をいじるから長くなる。意思の弱い私は、「iPhoneじゃなきゃダメ」な機能以外を全て別ツールに分けることに。そしてほとんどのプッシュ機能(メール届いたよなどのお知らせ機能)をオフにする。

調べ物は紙のメモに記録して、パソコンでまとまった時間に。
アラーム機能は使わず、自分専用の目覚まし時計を買う。
仕事のタスク管理と育児記録はスケジュール帳に。
メールとSNS・メッセージツールチェックは、できるだけパソコンで。
 
色んな機能を削除してみると、どうしても譲れないのが「電話」「外出先でのメールとネット検索」「家計簿」「グーグルマップ(出張が多いので)」「カメラと動画機能」だとわかった。

カメラを手元にあったデジカメに持ち替えてみたものの、画素数がiPhone4Sに負けているという情けなさ。さっと起動して、高画質で撮影して、編集もできて、パソコンに自動転送されるという効率の良さには、新しいカメラを買うまで頼らざるを得ない。  

「デジタル断食日」は、複数の脅し本を読んでやる気を高めて取り組むことに。土日はパソコンも含めて極力触らない。やってみると、溜めていた細々とした家事がすべて済んでしまった。10分の「余計なスマホタイム」の積み重ねが、先送りの原因になっていたらしい。


(タイトルと帯だけで確実にネットにつなぐ気力が萎える本3点セット。「自分は違う」と思うのも、依存にはありがちなことらしい。「つながらない生活」「ネット・バカ」「ネトゲ廃人」)

授乳はやっぱり手持ちぶさたではあるけれど、1人の時はチラシを眺めてやり過ごした。アナログだから罪悪感が薄れるってのは、なんなんだ。授乳や寝かしつけでポーッとしている時間を「退屈」「もったいない」と思うのは、貧乏性だからだろうか。いや、可愛いんですよ、赤ん坊は。でもトータル数時間を授乳と寝かしつけに取られる新生児期は、在宅で仕事を続けている焦りもあって悩ましかった。

「リビングと寝室には持ち込まない」ルールは、朝方の授乳で起きた時に悶々とはしたが、数日見なきゃコンスタントに眺めていた掲示板とかブログとかどうでも良くなった。ソーシャルゲームを触ってなかった分、脱却も早かったらしい。

それでも「スマホ」はそばにある


自分が「スマホ依存」と「活用」の間をさまよってわかったこと。

特に産前産後は思う通りに体が動かない、メンタルが不安定なので「ケータイ依存」「スマホ依存」陥る危険は誰にでもある。手軽につながれることで、育児不安や孤独から救われる部分は大いにあった。すき間時間を活用できるメリットも、仕事を続ける上で大きい。ただ、活用から依存に転ぶのは、ちょっとした意識の差にある。家族の呼びかけに生返事をし始めたら、危険だ。もはやそこにあるスマホ。それぞれが、我が家ルールを作っていくしかない。

デジタルネイティブである子どもたちは、パソコンやスマホと共に育つ。
上の娘は、iPhoneを向けられるとポーズを取る。
1つだけアドバイスをするなら、スマホカバーには気をつけた方がいい。

iPhoneを使いこなせない我が夫にとって、スマホは連絡ツールとカメラである。出産直後に助産師さんから「家族写真を撮ってあげますね~」と言われて、ネタでも何でもなく、彼は不気味なiPhoneを差しだした。

(プログレッシブ・ロックの名盤のジャケットiPhoneカバー。助産師さんも脅える気持ち悪さだ)

「ちょ、ちょっと新生児にこんなもん向けんといて」
「だってこれしかカメラ無いねんもん」

……この世に産まれて15分も経たないうちに、キング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」のジャケットを見せられた我が子が不憫でならない。



山口照美山口照美
広報代行会社(資)企画屋プレス代表。ライター。塾講師のキャリアを活かしたビジネスセミナーや教育講演も行う。妻が家計の9割を担い、夫が家事育児をメインで担う逆転夫婦。いずれ「よくある夫婦の形」になることを願っている。著書に『企画のネタ帳』『コピー力養成講座』など。長女4歳・長男0歳(2012年現在)