「運動会」という文字を見ると鬱になる。小中高と体育の成績が2と3しかなかった運痴ゆえ、各種競技を思って雨乞いに勤しんでいた幼少期とは違う理由で、ここ数年は鬱になる。

「弁当を作らないといけない……」プレッシャー。しかも大量に、だ……。


ありものをチンマリ詰める幼稚園児弁当や、ありものをガバチョと詰める長期休暇の学童保育弁当などですら、憂鬱感を以て製作する非日常的弁当者の筆者にとって、さらに一味違った運動会弁当のボリューム感には、まずおののく。

そこに、イベントものゆえに、子どもらから弁当のメインオカズに対するリクエストが入る。「なんてったって唐揚げがいい~~~!」って朝っぱらから揚げるのかい……肉。

そう。運動会たるもの、「子どもが喜ぶお弁当を作らないといけない……」のは必至、しかも大量に、なのだ……。


そのお弁当を食べるのは、競技に参加する園児や小学生だけではない。彼ら彼女らの弟妹及び父親と母親(つまるところ家族全員)なのだ。弁当だけでもちょっとした大荷物になる。飲み物も要るし。

のみならず。

少子化の昨今、張り切って子どもたちの祖父母が観戦に来るとなれば、その分もこしらえるのがお招きする者の礼儀というもの。ひいふうみいよう……最大9人分かい(げっそり)。

あー、9人分のご飯なんて普段から作ってないと量が見えない! かくして半ばテンパりながら、「何時に起きればいいんだ」「どんだけ詰めればいいんだ」「雨が降ったらどうするんだ」、頭を抱える。


そんなふうに数日前から、食材の調達予定を逆算し、生鮮食品の賞味期限を気にしているのに「雨天延期」になった日の絶望具合ったら、ない。

それでも筆者なんかは試算が「最大9人」で済んでいるが、上には上がいる。

数年前知り合った地元出身の奥さんなどは、「子ども3人+夫婦」の他、「夫両親、妻両親」に加え、「夫の叔父とその妻(老夫婦)」、「夫の兄夫婦とその子ども(未就学児)2人」、「夫の弟(未婚)とその彼女(多分来年結婚する)」の分までこしらえなければならないのだとぼやいていた。……17人分だ。想像を絶する。

「それ……仕出し屋さんとかに頼むわけには行かないの?」

と戦慄して問うと、弱々しく首を振りながら、

「爺さん婆さんが出来合いのものの味付けと硬さが嫌だって言うしね……ご飯は軟らかめに炊くの。でも子どもたちは嫌がるから子ども用は別」

と仰る。運動会前日は、午前1時に起きて作業を開始するらしい。1時って、それ起きる時間じゃないから、寝る時間だから……。


そも運動会弁当は、一族郎党来ない場合でも、他人の目に触れ得る、触れまくり得る恐怖と隣り合わせなのだ。


お昼タイムに校庭のレジャーシートの上、子どもたちは家族と友だちが入り混じる食事、という非日常の風景に沸き立ち、しなくていいのに自分の弁当の自慢をし、友だちの弁当をのぞきこんで論評しやがる……様子が目に見える。

そして、そんな浮き立つ子どもたちを微笑ましく眺めるふりをしながら、母たちもまた隣りの昼ご飯を素早くチェックする……に違いない。

「ムッあのお重っぽいお弁当箱オシャレ……どこで買ったのかしらん?」
「お重じゃなくて一人ひとりに詰めたのか……あれでもアリなのね、フムフム」
「あ、どっかで買ってきた幕の内だ」
「あの巻いて揚げたっぽいオカズ何」
「デザートの、あの葡萄高そう」

などなど……(以上妄想)。

だから「子どもが喜び、かつ、人の目に触れても恥ずかしくないお弁当を作らないといけない……」、しかも大量に、なのだ。


はぁぁぁぁぁぁ……めんどくせぇぇぇぇぇぇぇ(しまった本音が出ちゃった)。かくして、母は鬱になる次第。

そして、程なく怒りの感情がフツフツと湧いてくる。

「そもそも、何で運動会のお昼を家族と校庭で食べるなんていうキマリがあるんだ!」「私が小学生ん時なんか、子どもたちだけで教室で食べたぞ。衛生的に問題があるからって!」「この30年で衛生状態がそんなに良くなったのか?! ええ?! てか仕事で観戦に来られない親だっているじゃん!」「給食でいいじゃん給食で!」

運動会ってなんなの? 何故そこまでしなきゃならないの? ていうか何故母はこんなにも運動会弁当に必死になるのだろう。たかが弁当に脅かされるのだろう?

と、他者に問うふりをしながら、実は自分で答えは分かっている。要はエエカッコをしたいのだ。ここで一発ナイスな評価を取り付けたい。

『デキる母』。母が欲しい称号は何せこれだ。子どもたちが徒競走の1等賞を取りたいように。あるいはそれよりも深い欲動として。

むしろ我が子が1等賞になることなどよりも、「こんなにキレイで美味しくっていっぱいのお弁当を、一人で作り上げてしまうなんて、〇〇ママ凄過ぎる!(××ママよりもずっと!!!)」的称賛のほうが嬉しかったりはしないか。


運動会弁当は、普段評価の機会の少ない「母の愛力(ははのあいぢから)」公開検定試験のようなものなのかも知れない。あるいは「公開検定試験である」という深い信仰による自縄自縛。

最初の子の初めての運動会のとき「お弁当どうしよう?」と震えていた筆者に、4人目の子の運動会だという超先輩母がケラケラ笑いながら言ったのだ。

「そんなの寝坊したことにして全部コンビニで買ってくればいいんだよ! うちは毎年そのテだよー!」

その時、若さゆえにか一瞬(エ、何言ってるの?)という怪訝な表情を浮かべてしまった。今、その愚鈍さを後悔してやまない。

あのお母さんは正しかった。もう6年9回も「運動会弁当」に脅かされている筆者は思い知っている。たかが弁当ごときにテンパり鬱になるくらいなら、たっぷり睡眠とって上機嫌で「寝坊しちゃったテヘペロ☆」とか言ってる方が千倍良い母だ。んなこたぁ分かっている。分かっているんだ。でも。


でも。あの「正しさ」を、まだ素直に取り入れられていない。

そして今年も、運動会を目前にして、深い深い溜息をついている。


藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。9歳5歳1歳三女の母。