「欲しがる時に吸わせまくればオッパイは出る」

上の子の子育ての時、完全母乳になれなかった私に周りの母親たちが教えてくれた。

出産した病院の冊子には、こう書いてある。
「『泣いたらおっぱい』はやめて……
 泣くのは僕にとってただ1つの運動なんだ。
 必ず3時間はあけてのませてね」


産院の指示に従い、「3時間空け・片乳5分ずつ」キッチンタイマーで計りながら授乳をした。
それでは足りないと娘が騒ぐので、指導に従い少量のミルクを与える。
泣かせ続けることの辛さに、授乳回数とミルクの量をこっそり増やした。

1ヵ月検診で、「指導を守らないから完全母乳にならない」と産院に放り出された。
その後、周りの母親たちを見ながら、「産院の指導が悪かったせいだ、次は絶対に頻回授乳にして完全母乳にするんだ」と誓った。

4年後、次の子を別の産院で産んだ。
今度の病院は、「欲しがったら飲ませてね」といい、添い乳の仕方も教えてくれた。

今度こそ。
こんどこそ。
……あれ?

早々に仕事に復帰したせいもあり、母乳の出がどんどん悪くなる。
明らかに母乳が「主食」ではなく、「食前酒とデザート」扱いになっている。
夫に預ける場面も多く、授乳を飛ばしても胸が張らなくなった。

ちゃんとマッサージしなきゃ、母乳にいい食事しなきゃ、夜中に起きて授乳しなきゃ。
このままだと、出なくなる。
わかってる。
でも、よく寝てくれる赤ん坊に甘えて、疲労困憊した高齢出産母は朝まで爆睡してしまう。


4ヵ月になったある日。
授乳をしていた私のアゴに蹴りが入った。

「早く飲ませろ!コレちゃうねん!」
……アテレコするなら、そんな顔で赤ん坊は怒っていた。

今だけフランス人になりたい


このままフェードアウトしてしまうのか。
しぼると、チーッとささやかに母乳が出る。

たまに「しょーがねぇなぁ」という上目遣いで吸ってくれる日もある。
しかし、そばを通った猫に速攻で気が散るレベルの遊び飲みだ。

もはや添い乳も不要、母親の私にくるっと背中を向け、ちぱちぱ指を吸いながら寝てしまう。
若いころに似た状況を味わった気もするが、思い出さない方が良さそうだ。


正直に言う。

今回の育児、めっちゃ楽だ。
誰に預けても息子はニコニコで機嫌がいい。
自営業なので産休もほぼナシ、仕事に復帰している身には有り難い。
こんなに楽なら、もう1人ぐらいいてもいいと思うほどだ。

出生率の伸びで必ず取り上げられるフランスでは、授乳期間は長くても半年程度。
母乳育児を勧める流れはあるようだが、私のように「4ヵ月で出なくなった」と嘆くフランス人の方が少数派らしい。


「まだまだ母乳で大変でしょ」
「えっ、もう止まったの、早くない?」

言われるたびに、いや、そもそも相手が母乳かどうか話題になる時点で、「フランス人になりてぇ」と心から思う。こう書くと「なれば?」というコメントが殺到する妄想にも駆られる。

細々と出るから、諦めきれない。
自分の怠慢のせいじゃないかと思うから、卑屈になる。

5ヵ月を過ぎても、何度か試してみた。

汁物を大量に飲み、マッサージをし、息子には頼れないので深夜に起きて1時間近く搾乳機と格闘し、手を痛めた。

哺乳瓶にうっすら溜まった母乳を見ながら、思った。

私は誰のために、しんどい体に鞭打って努力をしているのか。
答えは「自分のため」、もっと言うなら「世間様に言われるから」だった。

なんなんだ「世間」って。

NS乳(ノンストップ乳)だって悩ましい


そんな愚痴をこぼすと、編集部の双子母さんが、「出過ぎるのもツライ」という話を聴かせてくれた。

「助産師に、『普通の人が自転車ならあなたはダンプカー並みよ』と言われるノンストップ乳としては、『張る・つまる・果ては乳腺炎になる』という痛みとの戦い。せっかく子供が寝てくれたのに、乳がつまって張ってしまい、痛くて寝れないときのつらさと来たら……。『つらい→ストレス→乳がつまる→張る→寝られない→ストレス……』無限ループなんです」

出過ぎても困るし、ツライ。
卒乳時期も離乳食とのバランス問題や周りの状況に心乱れ、それぞれに迷う。

「わたしは、双子の時間差授乳攻撃による寝不足、同時授乳の大変さにもうほんと嫌気がさして、11ヵ月で無理やりひっぺがしました。その結果、双子のうちの一人が母乳をやめた時から指吸いをして、今も吸っています。それを見るたびに、乳は沢山でていたのに無理やり終わらせて『やっぱり早かったかな…』と思ってしまいます」


11ヶ月でも「早い」と悩む言葉を聴いて、驚き、そして悟った。
物差しを「周りの多数決」に置く限り、母親は悩み続けるのだ、と。
最初から母乳が出ない人もいる。
言いにくいだけで、私のように早々にフェードアウトする乳もある。

「多数決」に見えているだけで、ミルク市場はちゃんと存在している。
海外の多数決なら、まったく違う結果が出る。
そして恵まれて見える多数派にも、別の悩みがある。

今日もお風呂でチーッと母乳を絞ってみて、思った。
無理に吸わせてアゴに蹴りを入れられるぐらいなら、満腹でニコニコの息子といちゃいちゃしたい。
葛藤を乳と一緒に洗い流し、母乳問題からのFA(フリーエージェント)宣言をしよう。

ヨソはヨソ、ウチはウチ。

これでいいのだ!


山口照美山口照美
広報代行会社(資)企画屋プレス代表。ライター。塾講師のキャリアを活かしたビジネスセミナーや教育講演も行う。妻が家計の9割を担い、夫が家事育児をメインで担う逆転夫婦。いずれ「よくある夫婦の形」になることを願っている。著書に『企画のネタ帳』『コピー力養成講座』など。長女4歳・長男0歳(2012年現在)