秋の夜長。お風呂の中で、「今日あったこと」を娘たちから聞いていたときのことだ。

うっかりすると三人娘が同時に喋り出すのを「お母さんはお釈迦様じゃないから全員いっぺんに喋られても聞けないよ!ひとりずつ!」と制した後、おっとり屋の次女(6歳)が、こう切り出した。


「あのね~あのね~、きょうね~、ほーくえんでね~、『おうちごっこ』やったら、めずらしくパパがいたの~」。

へぇっ、めずらしく?

「うん、めずらしいんだよ~」。

「あ~パパ! いないよね!普通」と口を挟むのは、姉の長女(9歳)。「『おうちごっこ』ってさー、ワタシも幼稚園ンときやったけど!パパっていてもいなくても意味ないし、だいたいママもいないよねー! 普通」。

「……だいたいママもいないもんなの?」と、三女(2歳)を洗い場で泡だらけにしながら母が問う。「いないよぉ~!」と湯船の中の次女。

「それ……どういう家族なの???」。

「あのねぇ、えーとぉ。今日はおねえさんが、わたしと○○ちゃんでえ、××組さん(年中)の△△くんがパパになってくれたんだけどぉ、パパはいたけどママはいなかったの!」。

「あと□□組さん(年少)の◆◆ちゃんと◇◇くんが赤ちゃんになってえ、◎◎組(年長)の●●君が、犬だったんだよぉ~!」。

長女が幼稚園に通っていた4年前の時点で、彼女らが『おかあさんごっこ』という遊びをまったくしていないのは知っていた。あくまで、『おうちごっこ』なのだ。

その遊びでママ役というのは徹底的に忌避され、「おうち」のなかに母は存在しない。いるのは、たくさんの「おねえさん」と「こども」。そして「ペット」のみなのである。

-----

これは、昭和50年代に子ども時代を送った母の遊びにはありえなかった家族構成である。あのころは「おかあさん」がいた。ふつうにいた。そして奇特な男子が遊びに交じれば、彼は問答無用で「おとうさん」役をやらされたものだ。

そして「アナタ、おかえりなさい。ご飯にします? それともお風呂にします?」なんていうベタなせりふが『おかあさんごっこ』には生きていた。それに返す男の子のセリフが、「その前にビール! 酒!」だったりして、それぞれの家庭の秘所がちょびっと露わになっちゃったりなんかしたもんである。

ともかく、「おとうさん」「おかあさん」役こそが『おかあさんごっこ』では要であり主人公だったわけだから、忌避されるなんてとんでもなかったのであった。「おねえさん」「赤ちゃん」なんて役こそおまけ。『ごっこ』の采配を振るう中心人物=「おかあさん」。

……それが、いつから変容したのだろうか。


「ワタシが幼稚園の頃、『おうちごっこ』でママ役やらされたことあるけど。余り物の役で、全然面白くなかった!」と述懐する9歳児。

「わたしもママ役やりたくな~い。だって、ママってたいへんなんだもん」と6歳児。

「たいへんなママ」も「いても意味ないパパ」もいない『おうちごっこ』のおうちは、基本、複数の「おねえさん」たちで切り盛りされている。しかして「おねえさん」たちは、めったに料理にいそしんだり掃除をしたりはしない。もっか「遊ぶ」のみだ。

「こども」たち「あかちゃん」たち「ペット」たちは、「おねえさん」に育てられるっていうか、遊んでもらう。それだけなんだという。

ちなみに「おにいさん」という登場人物も、まずいない。男子はほとんど「あかちゃん」「ペット」を志願するそうだ。しかも嬉々として。

それが『おうち』。

女たちは母になることを避け、男たちは子や犬になりたがる。

……なんだか、考えさせられる。

-----

そういえば、筆者は一度ものすごく気まずい経験をしたことがある。6歳児がまだ年少さんだったころ、保育園にお迎えに行ったら遊びが佳境だとかで、ちょっとエントランスで待っていた。

そこに先生が来て、「すいません、いま『おうちごっこ』が盛り上がっっちゃってて……今日、次女ちゃんはみんなのお姉さん役をしていて。年長の▲▲クン、ずっと次女ちゃんの犬だったんですよ!」。

と、ニコニコ顔で報告された瞬間。当の▲▲くんママがドアを開け現れた。で、先生も筆者も一瞬凍りついたのである。ママ、笑顔で「何?犬? うちの子が?」。

「……。」
「……。」
「……。」

別に、誰も悪いことなどしていない。でも我が息子が「よその女の犬」呼ばわりされて心穏やかでいられる母親などいないだろう(と思う)。それが、いかに彼の望みだったとしても。同様に、目の前で「ママ役になんてなりたくない」と娘に断言され快く思える母親もいない……(と思う)。

-----

だから、今夜「めずらしくパパがいた」という報告に、ちょっと「へぇっ」と思ったのだ。

わざわざパパ志願したという「年中の△△くん」の株が、私の中で、上がった。

藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。三女の母。