「今日は抽選だね、通るよう祈ってるね。」
これ、国立大付属幼稚園のお受験の話ではない。11月半ば、息子の通う東京都内の区立幼稚園での話だ。ごく普通の区立幼稚園でも、3歳児から募集のある3年保育の園は希望者が多い。

仕事のため保育園に入れたいのに受け入れ先が無い、といういわゆる「待機児童」とは全く次元の違う話で、こちらは幼稚園。多くの母親が専業主婦で「仕事の時間を確保する」必要に迫られているわけではない。

でも、3歳から通わせられる3年保育の幼稚園が人気なのだ。

子どもが生まれて3年。もう限界。早く幼稚園に預けて少しでも自分の時間が欲しい。2年保育の幼稚園スタートまであと1年待つなんてもう無理!
……そんな本音が横たわる。

子どもとの時間を持て余す母親たち


0歳の子育ては生活面の世話が中心で体力勝負で去って行くものの、生活リズムの安定する2~3歳にもなると、急に世話の時間よりもフリータイムが増える。

公園でこんな声を聞いた。
「毎日朝になると、今日はどうやって一日をやり過ごそうかと気が遠くなるよ。」

子どもと二人きり、何の「予定」もない長い一日をどうやって「つぶす」か途方に暮れる母たちがそこにいる。

児童館の育児サークルに始まり、ベビースイミング、音楽教室等の習い事、果ては近隣の動物園や水族館の年間パスを購入してお散歩感覚で利用……。とにかく「予定」を埋めてみる。外に出るのが苦手なら、家にこもって、進まぬ時計の針を見つめながら、深いため息をつく。

仕事もしなくていいなら、ただ一緒に楽しく過ごせばいいだけでしょ?なんで気が遠くなるの?不思議に思う人もいるだろう。

子どもと絶えず一緒の毎日


特に3才くらいまでの育児は、驚くほど子どもと離れられる瞬間がない。生活面のすべてをつきっきりでサポートするし、遊びもひとりでは成立しないから相手をする。事故が無いよう家でも外でも目が離せない。やっと寝かしつけてせめて夜中は自分の時間に……と思っても、時に泣いて呼び戻される。

専業主婦で、夫が外で深夜まで働き、頼れる親類がそばに住んでいなければ、完全に子どもと一対一。密度は相当濃い。

この状態が1ヵ月も続けば、「子どもとずっと一緒にいられて幸せ!」では済まず、不思議と「ちょっとつらい」気分になるのだ。

昔も専業主婦はいっぱいいたけれど


自分の幼児期、母が付き添わずとも、家の前で遊んだり、兄について出かけたり、隣の家でおやつを食べていたり……そんなことがよくあった。当時の母たちは、今ほど絶え間なく自分の子を見る習慣はなかった。「お砂糖切れちゃったからちょっとわけて~」と同じ感覚で「ちょっとうちの子見ててくれる?」ができる近所付き合いがあった。

でも今、「安全」に対する意識と「個々の領域」の常識は随分変わった。就学前の年齢で親が付き添わずに公園で遊ばせることはないし、幼児を家に残したままスーパーに行くのは抵抗がある。「ちょっと銀行に行く間だけ見てて~」と気兼ねなく頼める隣人はいない。砂糖をうっかり切らしたらコンビニに走る。

他者の生活に侵入しない距離感を保ち、かつ、安全のため「子どもをひとりにしてはいけない」のだ。子どもに対する目や責任は分散されず、母親ひとりにぎゅっと集中する。

全部自分でやる=マンネリ化


子どもと常に一緒、預ける理由もないから全部自分でこなすのが当然、となると、重圧、というよりも、実は「マンネリ化」しやすい。

一番の問題は、遊びの時間だ。子どもの興味に寄り添い、共に楽しみ、テレビに頼らず、発達段階にあった遊びを創出し……。たまにやるなら簡単だ。でも、四六時中一緒の相手に対し、これを毎日、新鮮さを失わずひとりでやり続けられるだろうか?

一緒に遊びながら子どもの発達を確認するのは本当はすごく面白い。でも、子どもと一緒に過ごしすぎて、そんな風に思える余裕がなくなってしまっているのだ。

フリーな時間は「つぶす」対象になり、一緒に楽しむどころか、
「公園に連れて『行かなきゃ』」
……と、義務感に支配されるようにすらなってしまう。

限界を迎える前に「スイッチを切る」習慣を


こんな風に毎日を過ごし、3年保育の幼稚園が救世主に見える母たちもいるのだ。
果たして「『気楽な専業主婦なのに』1年でも早く預けたいなんて贅沢!」と言えるだろうか?

最近何だかしんどい、と感じたら、それは単に「子どもと一緒にいすぎ」なだけかもしれない。試しに、1時間でもいいから子どもと完全に離れてみよう。

夫でも地域の一時預かりシステムでもいい。子どもを託し、近くの喫茶店にひとりで出かけてコーヒーを1杯ゆっくり飲んで、子どものことを忘れる。それだけでも、帰ったら、きっと子どもの顔が全然違ってみえる。新鮮さがよみがえる。

3年目に限界を感じる前に、早いうちからこんな風にこまめにスイッチを切る習慣をつけてはどうだろう。子どもと過ごす時間が今よりずっと充実するはずだ。


狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。