先日、フェイスブック上で、友人のアメリカ人ジャーナリスト(近ごろ第二子を出産したばかり)のこんな投稿を見つけて、ちょっと驚いた。

「新生児を養子に迎えたばかりのこの幸せなカップルに、自分の母乳を提供できて光栄よ。赤ちゃん、私の母乳を飲んでご機嫌ですって」

満面の笑顔の彼女と、女性2人のカップルの3ショット写真が添えられている。どうやら彼女、同姓婚カップルが養子縁組した新生児に、余った母乳を無償提供したようだ。


昨年11月の大統領選挙と同日行われた住民投票で、アメリカのいくつかの州で同姓婚が合法化されたので、このカップルが同姓婚であることは驚くべきことではない。
何に驚いたって、彼女が「素晴らしいサイト」として紹介していた、”Only The Breast” (http://www.onlythebreast.com/)というこのサイト。その名の通り、“母乳オンリー”の売買サイトなのだ。
さすがアメリカ、こんなサイトが存在するとは……。
秘密順守のこのサイトを使って、清潔で安全でプライベートを守った方法で、母乳を買ったり売ったり寄付したりしませんか。ママ仲間に母乳を寄付したい?必要としている赤ちゃんに母乳を売ったり寄付したりすることを考えている?あなたの赤ちゃんのために天然の母乳が必要?赤ちゃんには母乳が一番だと信じてる?母乳が出過ぎて、その“金の液体”を売りたいと考えてる?冷凍庫を整理するついでにちょっとしたお小遣い稼ぎをしたい?それなら、このサイトに無料広告を出して、赤ちゃんが母乳を飲むのを手伝ってあげて。

トップページにはこんなセリフ。「売ります」「買います」それぞれのカテゴリーが、0~2ヵ月、2~6ヵ月、6ヵ月以上、と赤ちゃんの月齢/産後の月数別に分かれていて、母乳を売りたい人、買いたい人が広告を書き込めるようになっている。

母乳を無償提供する「寄付」カテゴリーもあるが、ほとんどの広告が、「売ります」カテゴリーに集中。

「産後1ヵ月のフレッシュで健康な母乳、売ります!」
「ベジタリアンママの母乳、フレッシュでも冷凍でも対応可能!」
「送料無料!6リットル以上あります」

などのうたい文句が、母親の顔写真と共に並ぶ。価格は、1オンス(約28グラム)当たり、1ドルから3ドルが相場のようだ。各広告の詳細をクリックすると、それぞれの母親が、身長体重から日々の食生活を、こと細かく書き込み、毎週ジムに通っていることをアピールするなど、あたかも自分の母乳が一番健康的だというような必死さ。ここでは、母乳は立派な“商品”である。ちょっと違和感……。

一方、「買います」カテゴリーには、ごくわずかながら、母乳を求めるシリアスな母親が広告を載せている。「生後5週間の赤ちゃんのママです。息子のために十分な母乳を出してあげられなくて困っています。送料負担します。近くなら、喜んで取りに伺います」――。

こんなふうに、母乳の出が悪くて悩む母親が救われるなら、このサイトの存在意義はあると思う。母乳を余らせるぐらいなら、必要な人に寄付したり、売って小銭を稼いだりしてやろうという発想は、いかにもアメリカらしい合理的な考え方だと思う。

アメリカでも母乳礼賛の傾向が強まる一方だが、母乳育児に”母と子の絆“のような精神論は求めず、科学的メリットのためなら他人の母乳でも構わないという割り切りも、日本人にはちょっと真似のできないドライさだろう。


かつては日本でも、高貴な人々が乳母を雇うという慣習があったにせよ、でもやっぱりこれ、一般的な日本人には受け入れがたいなあというのが正直な感想。

もちろん、アメリカにだって、自分の母乳を他人に売ることや、他人の母乳を我が子に与えることへの抵抗感を持つ母親は多いだろう。それとも、母乳育児を推奨するなら、いっそ、こういったサイトを甘受し、社会全体の共有財産としての“金の液体”を、あたかも商品のように流通させるぐらいの割り切りがあった方がいいのだろうか。


恩田 和(Nagomi Onda)恩田 和(Nagomi Onda)
全国紙記者、アメリカ大学院留学、鉄道会社広報を経て、2010年に長女を出産。国内外の出産、育児、教育分野の取材を主に手掛ける。2012年5月より南アフリカのヨハネスブルグに在住。アフリカで子育て、取材活動を満喫します!