気候が良くなり、赤ちゃん連れのお出かけも楽しい季節。でも、道中の面倒を考えるとなんだか気が重いなぁ、と、小さい赤ちゃんと閉じこもりがちな人も多いのではないだろうか。

避けられない階段


公共交通機関を利用する限り、階段及び段差は避けられない。そして、赤ちゃん連れの外出に、ベビーカーは欠かせない。

うちの最寄り駅は地下鉄で片側にしかエレベーターが無い。どこへ出かけるのも、行きか帰りは階段。私は息子の乳幼児期、通院の都合で月に何度も公共交通機関での外出が必要だったから、もう、避けようも無く階段は「仕方ない」存在だった。


階段は、なかなか大変だ。赤ちゃんグッズ満載のバッグを斜め掛けにし、ベビーカー下の荷物は大きなエコバッグに移して肩にかけ、子どもを抱きかかえ、片手でベビーカーをたたんで肩にかける。それらすべてのバランスを保ちながら、上ったり下りたり。

ベビーカーに子どもを乗せたまま、フレームをがっちりつかんで持ち上げることもある。本来推奨されない方法だけれど、すべてを肩にかけて子どもを抱っこするのと、果たしてどっちが危ないのか微妙であり、階段の長さ・荷物の量・子どもの状態を総合的に判断し、より良い方を選択していた。

母親としての変なプライド


階段のために小さな工夫と我慢もする。荷物は極力減らし、病院近くに魅力的なケーキ屋があっても絶対に持てないから素通り。ベビーカーも、当時ハヤりのお洒落な輸入モノは諦め、軽くて片手で開閉できることを最優先に選んだ。

そして本当は、結構しんどい。上り階段の頂上で息切れし、腕はプルプル直前。夏はそれだけで大汗。

でも、人に頼むのは格好悪いから……なんてプライドがちょっと働いて、平気そうな顔をして、「ひとりで何でもできる強い母」を演じがちである。

実際には、階段に挑むその顔の眉間には縦じわが刻まれ、重いからしんどいのか、落とさないように真剣なのか、単に不機嫌なだけなのか、もはや判別不能。ただ、「何だか話しかけられない雰囲気」だけが漂う。多分、私から、漂っていた。

「人に迷惑をかけない」のと「人に頼まない」は違う


ある雨の日の帰路、最後の難関、地下鉄の階段上り。子どもはベビーカーで寝ている。さて、いつも通りの手順で……あぁ、眠った子どもの体はぐにゃぐにゃで抱えづらいし、今日は長い傘もあるんだった。この傘はどこにかけるのが安定するかな……。

その時、気づいた。
いや待て、駅なんてまわりに大勢人がいるのだから、手伝ってもらえばいいじゃないか。なぜ頼まない、全部自分でやるのがそんなに格好いいのか。途中でバランスを崩して転げ落ちる方がよっぽど危険でかつ大迷惑だ!!!

駅員さんに声をかけた。
「すみません、あの、ベビーカー、上まで持ってもらっていいですか?」
「もちろんです!」
子どもは私が抱きかかえ、無人のベビーカーと傘をお願いしたら軽々と地上まで運んでくれて、
「いつでも言ってください」。

そうか、これでいいんだ。
それ以来、困ったら積極的にまわりの人に声をかけることにした。

階段のほかにも、バスから降りる時に近くの人にベビーカーだけ運び降ろしてもらうなど、抱っこで両手がふさがっているときに、「ちょっと持つ」「ちょっと支える」で助けてもらえることは意外と多い。

実際にはやっぱり遠慮して頼めなかったり、面倒で自分でやってしまうことも多い。でも、なるべく頼んでみよう! という気になり、選択肢のひとつになった。

優しさを求めるのではなく、自分からお願いする


「誰も助けてくれなくて世の中が優しくない」と嘆くのはちょっと違うような気がする。

お年寄りに席を譲る時ですら、断られたらどうしようと躊躇する文化の国で、それよりはるかに一般的でない、「乳幼児連れの母の手伝いをする」という行為。明らかに母親が大変そうでも、まわりの人は、手伝った方がいいのかどうか迷っているのかもしれない。

少なくとも、眉間に縦じわ状態の母親には声をかけにくいはずだ。

周囲の自発的な優しさを求める前に、当事者である「困っている自分」から積極的に声をかけ、手伝いをお願いし、まわりの人を巻き込んでいったらどうだろう。

自分の経験を社会の経験値に広げる


一度頼まれて助けた人は、次、似たような状況に遭遇したら、きっと自分から助けようとする。少なくとも気に留めるくらいはするだろう。母親だけのものだった経験が、そうやって別の人を巻き込み共有され、社会に経験の数を増やしていくことになる。

皆、自分の生活があり疲れている。嫌なことでもあれば、他人に「やさしさ」なんて見せる余裕は無い。でも、そんな時でも、「素直にお願い」されて、「感謝」されたら、悪い気はしないものだ。私がヘルプをお願いした人たちは、誰も嫌な顔もせず、快く手伝ってくれた。たまに、ちょっと驚いた顔をされたくらい。


「気軽に」、でも「謙虚に」、そして「丁寧に『助かりました』とお礼」を言って……これだけでいい。
そうやってちょっとしたことをまわりの人に頼んで、巻き込んで、社会全体の子連れ移動の経験値がちょっとずつ上がっていけば、だんだん、お互い居心地がよくなっていくはずだ。

壁を作り、子連れとそうでない人の対立構造を無意識のうちに強めているのは母である自分の側かもしれない。一度お願いしてみたら、うんと気持ちが軽くなる。

閉じこもるのはもったいない季節。外へ出かけよう!!


狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。