子どもの頃、抜けた乳歯を窓から上に投げると屋根に当たってカラカラと音がした。どこに落ちたか家の周りを探しても、意外と見つからない。

下の歯が抜けたら上へ投げ、上の歯が抜けたら床下に投げる。日本ではそんな習慣が一般的だ。私の幼少時、すでに一軒家は縁の下にアクセスできる作りではなく、その辺はアレンジされ、上の歯は2階の窓から庭に向けて投げていた。

住宅事情が習慣を変える


今はマンションに住んでいるのでさらに困る。子どもの小さい歯とはいえ、マンションの窓から物を投げるわけにもいかない。

私の「歯を投げていた話」を聞いていた息子が、初めて抜けた歯を持って窓際に嬉々として向かうのを慌てて制し、その場で適当なアレンジを加えた。

うちの場合は部屋の中で。下の歯は上に投げ、上の歯は、どこか高いところに上って床に落とす。ついでに言葉もつけておくか。「元気な歯が生えますように!」

あぁ、こうして親の勝手な感覚で民間伝承は形を変えて行くのだなぁ……なんて思っていた矢先、友人宅の全然違う習慣を耳にした。


文化も混ざる


それは、「抜けた歯を枕の下に入れて眠ると、妖精さんが来てコインに変えてくれる」というもの。この「歯の妖精(Tooth fairy)」が登場する習慣、アメリカやヨーロッパで広く一般的なようだ。

放り投げるよりもなんともロマンチックでかわいいじゃないか!と思ったものの、今さらストーリー変更できないし、100円玉でも手に入れたらお菓子を買いたがってかえって歯に悪そうだし、うちは「投げ」のまま行くことにした。

海外生活経験も珍しくなく別の国の習慣を知る機会も増え、住宅事情も手伝って、日本でもこんなTooth fairy式を採用している家庭も増えていそうだ。投げる習慣も形を変えているせいか、「保存用の乳歯入れ」なる専用グッズも売られている。

小さな小物ケースのようなものから、歯並び通りに全部の歯を入れる穴があるものまでいろいろ。「高級桐製」があるあたりが、いかにも日本的アレンジだ。

へその緒だって


とっておくといえば、へその緒。赤ちゃんの体側に残った少々の部分が自然に取れたものを、日本では記念に保管しておく習慣がある。母の鏡台の引き出しに婚約指輪と並んで何やら神妙そうに小さな木の箱が収まっていて、子どもの頃、なんだか「特別なもの」と思っていた。

正直に言えば、初めて博物館でミイラを見た時に、なんだかその風合いが「へその緒に似ている」と思った。まぁ、保管してあるへその緒っていうのは、乾燥して変質した人間の身体の一部なわけで、そういう文化の無い国の人にとってみれば「気持ち悪い」と思われる程度のものかもしれない。

赤ちゃんの最初の髪の毛で作るという筆も、文化が違う国の人には「なんでそんなものを?」と映るだろう。

それぞれの文化が持っている習慣だから、それぞれ違っていていい。さらに個々のバックグラウンドや好みで採用する手法が変わるのも自然なことで、自分がやりたいようにやればいい。

しかし、これらのメモリアルグッズ、いや、グッズというより、むしろ体の一部だから、メモリアルパーツとでもいうべき「大切なものたち」の行く末はどうなるのだろう。

大切なんだけど……


大学生と社会人の母である友人に聞いてみたところ、記念にとってある歯を「今さら捨てるわけにもいかないけど、どうするか、いささか持て余してるよ(^_^;)」。なるほど、子どもが小さいうちにはなかなか気付かない納得の事実。

もちろん大切に思ってはいても、微妙な持て余し感が生まれるものなのかもしれない。なんせ、捨てられない。体の一部だから、工作や絵、作文などよりもっと処分する心の敷居は高い。

今はまだ小さくてランドセルに埋もれていても、そんな息子の声が低くなりひげをはやし、そろそろ自立して家を出て行ってくれないかなぁ……と思っているであろう頃に、果たして彼の乳歯やへその緒が、私にとってどんな存在になっていることか。

子どもが生まれてすぐの頃は、すべてが「メモリアルグッズ」に思え、「絶対にこれはとっておかなきゃだめなの!!」といろいろなものに対して強い気持ちを抱くかもしれない。文化を大切にするのはいいことだし、子どもを大切に思う気持ちを形に残したいと思うのもわかる。でも、何が何でも!と無理せず、少し気楽に構えてもきっと大丈夫。それくらいでちょうどいいかもしれない。

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先日息子の上の前歯が抜けたので、記念にとっておこうと思った。……のだけれど、実は、翌日慌てて掃除機をかけたときにカラガラジャラっと激しい音で吸い込まれたものがあって、多分あれは……。あぁ、そうか、だから今まで抜けた歯もいつの間にか無くなってたんだ。いや、ひとつくらいは、残っているはず。

へその緒もちゃんと残してあるし。
あれ? どこにしまってたかな……。


狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。