社交辞令。

筆者は、「子どもが3人いる」と言うと、時々「偉いですね~」というようなことを言われる。
この少子時代に、3人も産んで立派ですよね~、的な、まあ当たり障りない「褒め」っぽいアレだ。

ここには、「いえいえそんなことないですよ~」と謙遜ぽいアレで返すのが大人の対応であろう。まあ実際めんどくさいので、「まあオホホいえいえ」とか、「貧乏人の子だくさんですよウフフ」とか、適当に言って話を終わらせるのが常である。

でも、たまにピンと来るときにだけ、「3人も産めて……」の後、「いや、私じつは卵巣ほとんど無いんですよ!」と返す。



たいてい「えっ?!」となる。相手はつばを飲み込む。次に何いうか考えてるんだろうな。
でもこちらも意地悪で言っているわけじゃないので、すぐネタばらしをするようにはしている。

「あのね、私、二十代のアタマの頃に、卵巣腫瘍で片方ぜーんぶ取っちゃってるんですよ。
残っているのは、左の卵管と卵巣の“皮一枚”なんです。

つまり、普通の女性は卵子を100万個くらい持ってるんですけど、
私の場合は残り500個くらいらしいんです。

それで3人も産んでいるんですから、人体って謎ですよね~」

と。


――まあ、端折っていえば、本稿はこれだけの話ではある。
でも折角なので、少し長く書こうと思う。
15年前の夏の、「あの時」の主治医への感謝も込めて。


激烈な腹痛で目覚めたのは、朝8時過ぎのことだった。

その日は会社休みの火・水の水曜日で、隣室の妹はもう登校した後だった。私は寝ぼけながらしばらくベッドの上で唸っていたが、そのうち吐き気を催したので、自室の向かいにあるトイレに這うようにして歩いて行った。そこで、便意か嘔気か判然としないまま座ったり、えづいたりしたもののどうにもならず、またベッドに戻って、そのまま意識を失った。

気付いたときには14時を回っていて、目を疑った。激腹痛は治まっていたが、おかしな痛みが右下腹部に残っていて、不穏な感じだった。階下の母は、「なんていう寝坊してるの?」と呆れていた。でも、言い訳を返す気力もわかなかった。

次の朝。出勤しようとしたがまだ腹が痛む。ぽろっと昨日からの不調を母に告げると、顔色を変えて「今日は休め」と言う。冗談じゃない、腹痛ぐらいで休めないよというと、「お母さんが電話してあげるから」……って、益々冗談じゃない! いい笑いものになっちゃうよ!

でも、私の内心にもうっすら怪しい予感があったのだろう。母に電話をさせると上司が出て、飽きれたような声が受話器からも聞こえてきて、あー。「あの過保護なお母さん、何とかなんない?」って夜訪のたびに言われてたから、また嫌味を後から言われるんだろうなあ、トホホ……とは思ったけど、どこかに受診しようという思いは、案外揺らがなかった。

さてしかし、どこに行けばいいだろう、近所の内科? すると母は何故か確信を持って、「ダメ。産婦人科だよ」と言う。

えー、産婦人科って、マタひろげなきゃいけないんでしょ? ヤダよ、私まだ産婦人科って行ったことないし。

母はご飯を食べながら思案しており、田舎町でも一番設備の新しい産婦人科なら、「ショック」が小さくて済むに違いない、と思ったらしかった。

そうして私は母に付き添われて、街で一番きれいで新しい産婦人科に、診察開始と同時に初診で訪れたのだが、自動ドアを入った瞬間に来たことを後悔した。

総ピンク仕様の院内には、妊婦さんしかいなかったからだ。次から次に訪れる多数の妊婦さんのはざまで、予約のない、未婚の私は2時間近く待たされた。

その待合室の居心地があまりにも悪かったせいで、いざ診察される際の「内診台」にパンツを脱いで座るときのショックも掻き消されたくらいだ。

院長らしい中年男性(もちろん初対面)の前で問診票を読まれながら(これも未婚の女には恥ずかしい質問が多過ぎた。性交経験の有無とか)、股を開き「内診」されて、ものの数秒で、私の腹痛の元は、割れた。

「……卵巣が腫れてるね。腹痛の原因はこれだろうけど、これはうちの病院ではどうにもならないよ。今すぐ紹介状を書くから日赤に急いで。11時半までに行って。まだ間に合うから」。

内科ではなくいきなり産婦人科と言った母の見立ての正しさを思い知った瞬間だったが(母の勘ってすげぇ)、私のアタマは混乱を極めていた。

ら、卵巣? 卵巣って、何だっけ? ていうか、これまでの23年の人生で卵巣のことなんて考えたこと、無かった……。しかもそれが「腫れてる」って、いったい、どういうこと?


待合室にいた母に「卵巣だって。日赤だって」と告げると、それだけで理解したらしく、その妊婦病院の会計などすべて母が済ませた後、日赤まで車を運転したのも(私と一緒の時では珍しく)母だった。

11時半ギリギリに日赤の初診受付をして、そこの産婦人科で診察を受けられたのは、やっぱり2時間待っての14時近く。

ここでも初対面の男性医師(こちらは20代っぽい若い医師だった)に「内診」され、私は深く傷つきつつも、自分の腹の中で起こっているらしい事態の大きさに打ちのめされていた。

医師は告げた。

私のおなかの中、骨盤にすっぽりはまるように、「直径11センチ」にもなる「卵巣腫瘍」ができており、その卵管が捻じれての「頚捻転」が前日の腹痛の原因であると思われること。

大きさが大きさなので、薬剤等でどうにかなるものではなく、「開腹手術」が早期に必要であること。

手術に際して、さまざまな情報が必要なので、追って血液検査やCT、MRIなど事前に検査を複数行うこと。

いろいろ危険なので、早急に会社は休職すること。等々……。


「明日、会社でなんて説明すればいいんだろう……?」、帰途の車中で呟くと、「お前、会社なんてこの際どうでもいいだろ?!」と母激昂。親としても気持ちはそうなのだろうけど、そうはいっても就職氷河期にやっと決めた会社、2年目になったばかりで、仕事はこれからである。

私どうなっちゃうんだろう? それに……心の中を暗くしていたのは(母もだろうが)、腹部の「腫瘍」が良性か悪性かは「(お腹を)開けてみないと分からない」と言われたことだった。

私、癌だったらどうなるんだろう……?

鈍く痛み続ける右腹を押さえながら、私は不安で吐きそうだった。


……つづく。

藤原千秋藤原千秋
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。おもに住宅、家事まわりを専門とするライター・アドバイザー。著・監修書に『「ゆる家事」のすすめ いつもの家事がどんどんラクになる!』(高橋書店)『二世帯住宅の考え方・作り方・暮らし方』(学研)等。11歳7歳3歳三女の母。