先日、某大型掲示板にこんなスレが立てられているのを見つけました。


「山手線で痴漢の冤罪で俺を助けてくれたイケメンさんへ」。

夕方の山手線で突然、「あなた私のお尻触ったでしょ! つぎの駅で降りな!」と怒鳴られたこのスレ主男性。パニックに陥っていたその時、男性の前に座っていたイケメンが、「この人はずっと両手でつり革を掴まってたし、怪しい動きもしてませんよ」と助け舟を出してくれたというのです。

しかも途中下車をしてまで駅員及び警察に事情を説明してくれたとのこと。冤罪を免れた男性は「釣り(※フィクション)だと思われてもいい! とにかくお礼がしたい」と綴り、閲覧者たちも正義のイケメンに惜しみない喝采を送っておりました。


……さて、これがでっけえ釣り針かどうかはさておきまして、筆者にはこのスレ主さんの気持ちがよく分かります。不肖・現在妊婦の筆者も、電車で同じような経験をいたしました。もちろん、ほんの出来心で触ったり、などではありません。デカ腹を抱えた妊婦が電車に乗った時、席を譲ってくれるのは、百発百中の確率で、イケメン。

ツラよしセンスよし気前よし……石立鉄男なら、「お前はどこのワカメじゃ?」と問いかけるに違いないだろうイケメン君こそ、妊婦の救世主だったのです。


妊婦が電車に乗り込む時の、あの一種独特な空気はなんでしょうか。その日も、「妊婦じゃなくてただのぽっちゃりさんでありますように」という淡い期待と、「お願いだからこっち来ないで~」という切実な祈りと、「なんでこんな時間に妊婦が乗ってくんだよ!」という静かな怒りが、モハな車両で織りなすハーモニーをビンビンに感じながら、とりあえず近場のつり革に掴まっていたのでした。

そこへまたタイミング悪く「……身体の不自由なお客様、妊娠されてるお客様に席をお譲りされますよう……」とアナウンスが流れ、一層息詰まる展開に。そしてバッグにぶら下がった「おなかに赤ちゃんがいます」マークが集団催眠を引き起こし、筆者の前の座席一列まるごとストンと眠りに落ちたのでした。まぁ、ここまでは通常モード。

「腹はデカくても心は錦」と申しましょうか、多くの妊婦さんにとってこういう空気が一番ツライものです。別に譲ってもらいたくてアナタの前に立ってるんじゃないのに……妊娠中の電車で何度も感じたやるせない思い……。

そんな時でした。背後からまるで小野Dのようなイケメン声の「どうぞ」が、筆者の背中をノックしたのです。振り返ると、そこにはスーツをセンスよく着こなした20代くらいの男性が。



※画像はイメージです


まるで屈伸運動でもするのようにか~るく立ち上がり、筆者を席に座らせると、何事もなかったかのようにまた本を読み始めたのでした。

きっと彼が読んでる本は世界の偉人シリーズに違いない……ああ神様、どうか彼が社内で一番出世しますように、生ビール頼んだらちょうど樽を替えたばかりで新鮮なやつ飲めますように、マックのポテトがタイミングよく揚げたてでありますように、悪いオンナに引っかかりませんように……etc。流れ星に願いをかけるように、筆者はイケメンの前途に幸せを願わずにはいられませんでした。


イケメンの温もりをケツに感じながら、筆者は「なぜイケメンばかり席を譲ってくれるのか」を考えていました。

涼やかなお顔で見るものに安らぎを与えるという点だけを考えても、イケメンの社会的なホスピタリティに疑いの余地はありません。よく「美人は性格が悪い」などと言いますか、あれは何とかして美人のインフラを食い止めたい、じゃないほうの人々による都市伝説に過ぎません。

悔しいですが顔の良さと性格の良さは比例します。いや、「性格の良さ」というよりは「心の余裕」と言うべきかもしれません。余裕があるからこそ、自分の見せ方にまで心を配ることができる。自然とイケメンとしての振る舞いが身についてしまうのでしょう。

また、彼らが一番「妊婦」という存在から遠いというのも理由として上げられるかもしれません。同じ女性であればどんな形にせよ、「産む」ことに向き合わざるをえませんから、妊婦に対してフラットな気持ちを持ちづらくなる人もいると思います。

おっさんには元々期待値ゼロ。その点若い男性が最も無邪気に「妊婦に席を譲る」ことができる。妊娠して初めて気づいた、妊婦という存在の透明性。正直面倒くさい、見なかったことにしたい存在である妊婦たちに、「ちゃんと見てますよ」と言ってくれる、それがイケメンなのです。

この「逆ハダカの王様」は、張りがちなおなかだけでなく、コチコチに強張った心まで穏やかにしてくれるのでした。

ありがとう、イケメン。
ありがとう、イケメンをイケメンに育てたご両親。

筆者ができることはただひとつ、このおなかの中の人が世に出てきたら、母が経験した「イケメン民話」を繰り返し話し伝えること。全力のイケメン洗脳です。そうしてイケメン補完計画が無事完成した暁には、少なくとも電車で憂鬱そうにうつむく妊婦は姿を消すことでしょう。

西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。一児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。