ちょっと立派な「わざわざ行くタイプの公園」に行った。スペシャルなすべり台が人気だ。

しかしこのすべり台、実にヒヤリとするシーンが多い。一番上に昇る小さなハシゴの途中で動けなくなっている子、長いすべり台の途中でだんご状につまった挙句、喧嘩に発展している子。高さがあるだけに、大きな事故と紙一重だ。

未就学児には親が付き添うルールの遊具なのだけれど、近くに親はいない。駆けつけてこないから多分気付いてもいない。本人に事情を聞いても、まだ言葉が拙くどうにも状況がつかめない。

こんなふうに、公共の遊び場で「野放し危険状態」に陥る子どもは、だいたい、3才後半~6才前半、幼稚園に通う頃の年齢に多い。


■まだコントロールできる年齢じゃない


室内遊び場の乳幼児スペースは3才までの年齢制限が多い。1歳児同士、ぺしっと叩きあってしまうくらいはお互い様としても、動きの激しい3歳児が混ざると、赤ちゃんのお母さんたちはちょっと怖そうだ。

でも皆わかっている。子どもに悪気があるはずもなく、単に動きをコントロールできないだけ。明らかに幼い年頃の子が集まれば、大きな子にも親がついて、たくさんの大人で見守って過ごす。

これが4-6才になると、親から離れられる子が増え、体もしっかりしてくるので、近くで見守っていれば大丈夫なシーンがぐんと増えてくる。一気に大人の目が減り始める。

長い「べったり期」を過ごしてきた母親にとっては少し離れるだけでもこの上ない解放感だし、成長したことに目が行き安心し始める。多少の怪我はしながら体で覚えて欲しいし、口出ししすぎて自ら学ぶ芽を摘みたくないとも思う。

こんな気持ちが行き過ぎて、「完全なる野放し」に陥りやすい。

でも実際は、驚くほど未成熟。自我は強くなる一方で、感情は激しく、運動面のコントロールは粗い。社会性なんてささやかなもので、一緒に遊んでいるように見えて個々に好き勝手しているだけのことも多いし、喧嘩を自分たちで解決できるはずもない。

それは、子どもに何かが欠けているのではない。まだ、そういう段階なだけ。まだまだ大人の目が必要な年齢なのだ。

■友だちと一緒の時はガードがゆるむ


「母親同士がおしゃべりしていて全然子どもを見ていない」というシーン。
実際には、「おしゃべりに夢中」なのではなく、「みんな平気そうだからこれくらい放っておいてもいいのかな……」と、「気が大きく」なっているケースが多いと思う。

冒頭の公園も、「わざわざ行くタイプの公園」。係員もいて子どもが外に出てしまう心配は無い。友だちと誘いあって一緒に遊びに来る人が多いから、普段がっちり見守るタイプの人でも、ちょっといつもと違うモードになるのだろう。親同士の楽しいムードに水を差したくないし、真面目すぎる「面倒な人」にもなりたくない。

でも、そういう時に限ってヒヤリとすることが起きるのだ。

■「子ども側」にいる親の保育士化


室内の遊び場や公園では、「子ども側」「大人側」がなんとなくできる。
息子に付き添わなければならずに「子ども側」にいると、時にまわりの子どもたちのターゲットになる。親同士はむこうでおしゃべり中だ。「これ読んで」「一緒におままごとしよう」……そうなってくると、もう保育士状態だ。

自分に余裕があるときは、それもむしろ気分転換。でも、マンネリ化した日常に疲弊して、ヨレヨレの気持ちで遊び場に出かけた時は、自分の子に「外モード」でやさしく接するのが精一杯。

正直に言えば、「なんで他の子の面倒まで見なきゃいけないんだ!!」……と極めて狭い心でしか受け入れられない時だってある。

独立心があり体がしっかりした子の親から順に子どもと離れられるようになる。子ども側にいるのは年や体が小さい子の親だ。周りの大きい子が加害者にならないよう気遣い、遊び相手もする。……思わぬ負担をかけているかもしれない。

■でも、やっぱり完璧には見守りきれない


では、自分の子は自分がきっちり完璧にみるべきなのか。……それは物理的にも精神的にも、多分無理だ。

私も、やっと息子が離れても大丈夫になった頃、特定範囲内とはいえ「野放し」状態にした経験はある。ようやく「大人側」でおしゃべりできるのはうれしかったし、いい息抜きだった。

でも、もしそうやって「みていない時」に何か取り返しのつかない事故が起きたら、絶対に後悔する。本当に事故につながるかどうかは、運でしかない場合が多いだろう。でも、その確率は下げられる。

ずっと張りついていなくていい、何もかも口出しする必要も無い。程度の問題だ。子どもが見える位置でおしゃべりをする。少々の「野放し」状態になったら、居場所は把握して時々様子を確認する。「これは限度を超えている」という状況をキャッチしてひと声かけるだけでいい。

「いったいこの子の親はどこだっ!!!」という事態に陥っても親がまったく気付かない……それは、危険だ。

■「お互いさま」の気持ち


少々目を離すのはしょうがない。だから逆に知らない子でも、明らかに危ないと思ったら直接注意した方がいい。お互いさま、だ。

少々のルール違反はまぁ、黙認してしまえばいい。でも、明らかに危険なこと、例えば「口に長いものをくわえたまま動く」「ブランコエリアに入る」などは躊躇せずに注意する。

遠巻きに、あぁ、あのお母さんがうちの子の相手してくれてるなぁ、と気付いたら、しばらく任せておいたっていい。でもあとで、「さっきはありがとうございます」とひと声かける。それだけでうんと気持ちがいい。これも、お互いさま、だ。

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4-6才の間、乳幼児ルームからは締め出され、小学生レベルのものにはついていけず、子どもだけで放っておくにはまだ危なっかしく、言うことは聞かないし喧嘩はするしうるさいしじっとしていないし……。意外と身の置き所が難しい。

親としてはしんどいところだけれど、「安全のため」とシンプルに捉えて、「野放し」は適度に。皆で大人の目を増やす工夫ができたらいい。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。