突然ですが、皆さんは赤ちゃんにどんな言葉で話しかけていますか?
最近ひさびさの出産をした筆者。お世辞にも若いママとは言えない年齢、上の子は外で手をつなぐのも若干恥ずかしがる小学校は中学年。となるともう赤ちゃんは軽い孫感覚です。“孫と~いう名の宝もの~”であります。

思えば上の子の時はつとめてクールに子育てをしようとしていたような気がします。「一人の人間として扱いたい」とか何とか言っちゃって。

しかしその9年後、母は完全に大泉逸郎と化しました。赤ちゃんが泣き出せば「どちたの~おっぱい飲みたいんでちゅか~」と大泉逸郎 feat. エドはるみになり、今度は全身全霊のいないいないばぁで「笑えよ~」と笑顔を強要するのです。大泉逸郎 with 横山たかし・ひろしです。大泉逸郎とたかし・ひろしって、もはやただのおじさんですよ。

話が逸れましたが、この大泉逸郎化現象は筆者のみならず家族全員を巻き込みました。そう、こうして我が家から「サ行」が消えたのであります。


ワンワン、ブーブーといったオノマトペ、そして「でちゅまちゅ」に代表される幼児口調……赤ちゃんに話しかけるとき、無意識のうちに口をついて出てくるこれらの赤ちゃん言葉ですが、実は赤ちゃんにとってあまりよろしくないとする向きがあります。

「赤ちゃん言葉」と検索すると「赤ちゃん言葉 よくない」が出てきますし、某袋や某小町をのぞけば「赤ちゃんの脳に負担をかけているのではないか」や「私たちはちゃんとした言葉で話しかけてるのに姑が赤ちゃん言葉を使いすぎてイラつく」など、ほっこりしたエピソードが。

赤ちゃん言葉否定派によると、【1】「ワンワン」と覚えた後にあらためて「犬」と覚えなければいけないので脳が混乱する。【2】語感など可愛いイメージがあるが赤ちゃんにとっては迷惑以外の何物でもない。……とのこと。なるほど、たしかに合理的なお考え。

しかしこうも思うのです。赤ちゃん言葉から大人の言葉に変化する過程、それは“言葉の出世魚”みたいなものではないかと。
「ブーブー」がいつのまにか「車」になり、そのうち車種まで言うようになる。「○○くん」が「ボク」になり、「(オにアクセントがある)オレ」経由の「(普通の)オレ」になり、まさかの「オレオレ」に……(自粛)。

ベイビートーク的には「『ブーブーきまちたね~』とか勘弁してくれ」なのかもしれませんが、これは親が子どもの成長を知り、正しい距離感を図るために必要なステップなのです。そのあたりは大人の何倍も柔軟な子どもの脳にご負担願いたいところ。

長男が「外にいるときは○○(赤ちゃんの頃からのニックネーム)って呼ばないで。名前にして」と言いにくそうに伝えてきた時のあの表情……あれはワカシがイナダになった瞬間だったのかもしれません。

そしてもうひとつ、久しぶりの赤ちゃん育児で気づいたことがあります。赤ちゃん言葉を使う時の、大人側の心の変化を。

夜中の授乳にオムツ替え、謎の長泣き……赤ちゃんのご都合はいつだって気まぐれです。ほとほと付き合ってらんねぇとなる時だってもちろんあります。筆者はそんな時はことさらに、激しくエモーショナルに、赤ちゃん言葉を使うようになりました。

「あんれ~ムーチュ(※オムツ)がムチュムチュ(※高分子ポリマーの限界点)でちゅね~ムッチュムラムラ~(※ダチョウ倶楽部)」と唱えれば、神様に恨み言のひとつも言いたくなる真冬深夜のオムツ交換も、不思議と乗り越えられそうな気がするのです。

赤ちゃん言葉には脱力感とともに、「こちら(大人)」と「あちら(子ども)」を区別する境界線の役割があるのではないでしょうか。つまり、あちらさんは、こちらさんとは異なる生き物であり、こちらの理屈は通用しないのだとあらためて自分に理解させる役割です。

やっと寝かしつけたのに布団に置いたら目はパッチリ……止まらない「なぜ?」の嵐。その嵐を鎮める呪文が「でちゅよね~」というわけです。それは一種スイッチのような感覚。「さしすせそ」が「ちゃちちゅちぇちょ」になるだけで、なぜにこんなにも柔らかくおバカな気分になれるのか。

試しにコワイ顔で赤ちゃん言葉を使ってみましたが、コントにしかなりませんでした。試しに赤ちゃん言葉で夫に文句を言ってみましたが、プレイにしかなりませんでした。一部マニアのものにさせておくのはもったいない。偉大なる赤ちゃん言葉の底力を今こそ再確認すべきではないでしょうか。

そんなこんなで今日も我が家では、大泉逸郎母さんと大泉逸郎父さんと大泉逸郎兄ちゃんが「なんで~こんなにかわいいんでちゅかね~」とサ行無き生活を送っているのです。

西澤 千央(にしざわ ちひろ)西澤 千央(にしざわ ちひろ)
フリーランスライター。二児(男児)の母であるが、実家が近いのをいいことに母親仕事は手抜き気味。「散歩の達人」(交通新聞社) 「QuickJapan」(太田出版)「サイゾーウーマン」などで執筆中。