マクドナルドで息子とふたりで昼食。
私の正面前方のカウンター席に並んで座った大学生くらいの男女の会話がなんとなく聞こえて来る。

■間接的な指摘 ―― ダメ出し1


男子学生が言う。
「へぇー新鮮。あんな小さい子でもマック食べるんだね、親子で。おれ食べたことなかったもん」。

ん……? 妙にひっかかる。

―― ≪そうですね、確かにここは天下のファストフード店ですね。体に悪いっていいますよね。いや、でもっぱり来ますって。何事も頻度の問題かなぁと思うわけで、ゼロにすることもないかなぁと。しかもあの、今日は朝からけっこう遠い特別な公園に来ていてですね、ものすごく寒いわけなのです。真冬の公園でおにぎり食べる元気が本日の私にはありません。午後もこの子に付き合うのかと思うとちょっと30分くらいは暖かいところに避難したいと思ってですね。そうするとやっぱりここが手軽で手頃なんです。≫

……独り頭の中で言い訳を展開。

彼の、まさか私に聞こえているとも思っていないその発言は、無邪気で非難のかけらも無いのだけれど、やっぱり、何かがどろっと、妙にひっかかる。

―― ≪あぁ、あなたのお母さんはさぞ、丁寧にきちんとあなたを育てられたんですねぇ。ファストフードは論外で、きっとインスタント食品も食べたこと無かったでしょう。レトルトカレーとか、カップラーメンとかの「家では出せない外っぽい味」も知らないよね。自然食品とか厳選された食材で育った感じが、なんとなくあなたの雰囲気に、出てるよ。純粋に育てられたというか、駄目なものを事前に排除されて無菌室で育ったような感じが……。それって社会に出てから苦労しない?≫

……いやいやちょっと待て、そりゃぁあんまりだ、言い過ぎだ。
なんで私はこの男子学生に対して攻撃的になっているんだ!なぜその母親に言及する!

しかし、ここだ。「妙にひっかかった」のは。
本質は、あなたじゃない。そんな風にきちんと育てた「あなたの母親」の方だ。私はあなたを通過して「あなたの母親の子育て」を見ている……。

そんな風に「食生活を管理していい食材で育てたお母さん」と、マクドナルドで「あんな小さい子」を連れて食事させている自分を、確実に、私は比べた。その見知らぬ男子学生を育てたさらに見知らぬその母親に対する劣等感が、私の中から吹き出している!

あまりに間接的な、この勝手な劣等感、敗北感。
そう、「できる母像」に、母は、弱いのだ。


育児の中で、こうできたらいいなぁ、と思ったり、こうしたらいいんだろうけどね、と思ったり、「頭でわかっていること」はいくらでもある。そして、それらのほとんどは、たいていうまいこと実行できないで毎日が過ぎて行く。

そういう時に、なんらかの「できる母像」を提示されると、比較したり劣等感を持ったり、自己防衛的に反感を持ったり……そういう気持ちになりがちなのだ。

その「できる母」が悪いわけけじゃないなんて100%承知の上で。

まぁ、本気で劣等感を持って落ち込んだりするわけではないのだけれど、「あぁ、今、少し胃の奥の方がくしゅっとしたのは、私、比べたよね」という瞬間に、時々遭遇する。

■直接的な指摘 ―― ダメ出し2


バーガーとポテトとジュースという熱エネルギー中心の食事を終え、真冬の公園午後の部に突入する前にトイレに寄る。息子が用を済ませ手を洗っていたら、順番待ち中のおばあちゃんが、「あぁあぁもうっ袖まくらなくちゃっっ。こういうのをお母さんがちゃんとしてあげないとっっ」と言って、「ちゃんとしてあげない母」=私の目の前で、息子の袖をまくり始めた。

同日マクドナルドで2度目のダメ出し、である。

いや、あの、小さく見えるんですけど、この子もういい年だし、自分でまくらせるというか、まくらないとびしょびしょになるっていうのも含めて経験でいいかなと思ってまして……と、心の中では若干の状況説明が渦巻く。

しかし、不思議と嫌な気はしない。「あぁすいません~ ありがとうございます~」で、済む。

こういうストレートなのは、意外と気にならないんだな。ダイレクトに指摘される方が、まじめに受け取ることも、受け流すことも、はねのけることも、簡単。

「できる母」モデルを見せつけられる方が、なんだか、じわじわと、迫り来るものがある。実行出来ている人がいるという厳然たる事実を見たくないんだろう。


男子学生の隣で、大盛りポテトをもりもり食べながら「へぇ~そうなの~。私食べてたけどね~」と応じる女子学生の方に、「そうだよね、食べるよね、私も食べてたけど極めて健康だし……」と共感しながら、「できる母像」を見なかったことにするのだ。


そして全くの余計なお世話ながら、あなたたち、もしもね、将来結婚とかしたらね、その、一見地味に見える食習慣の常識の差とか、意外と決定的な溝になって苦労するぞ……と、心配しながら、公園への道を戻ったのである。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。