息子が小学校から絵の具セットの購入申込書をもらってきた。ついに自分用の絵の具セット! これはうれしいね。ところが、申込書を見て軽くびっくり。このセットの収納バッグのデザインが、すごいのだ。



■母のささやかな衝撃


男子向けは、例えば赤に黒とシルバーの組み合わせ。シュッ、シャキーン、ドカーンという感じに、ドラゴンやらサメやらの絵が入っている。女子向けも、ハートやら音符やら熊やらでごてっと飾られ、ハッピーさ全開のテイスト。

絵に並んだ英語の文字列も、用法的にかなり怪しい。完全に、飾りである。

バッグの絵柄違いで「サンダー」「パワー」「キュート」「ドリーム」……と選択肢が豊富なようでいて、実質かなり偏ったラインナップなのだ。

なんだか、全力で人の想像力を停止させそうな強いテイスト。
これから絵を描くっていう時に、このバッグを開くの?絵の具セットにこの絵は必要? 無地でいいじゃないか無地で!……なんだかやたら気になる。

いかにも「小学生ってこういうデザインが好きなんでしょ、はい、やっときましたよ」っていう安直さを感じてしまい、なんだかバカにされているような気分にすらなってきた。

■しかし息子の気持ちは決まっている


そんな私のささやかな衝撃を知ることもなく、息子の心は帰宅した瞬間から決まっていた。

「ぼくは『ファイアー』にする!」

その火を吐くキラキラしたドラゴンは、息子の目には完全に「かっこいい」。いや、そりゃ、もう見ちゃったんだもんね。その一覧から選びたいよね。それもわかる。

しかし、私の「このデザイン許し難い」気分がじわじわとピークに達し、画材屋に行ったついでに息子にシンプルなタイプをさりげなくすすめてみたりもした。

でもやっぱり、「こんなの全然かっこ良くない」が、息子の答え。

……そこで私も気が済んだ。まぁ、自分で選ぶっていうことも大切だ。

しかも、学校経由の方がお手頃価格だしなぁ。
私のこだわりはここまででもういいか……。

■子どもたちは自由な次元にいた


申込書を出してからも、絵の具セットを持ち帰ってきたときも、よかったねーかっこいいねーと言いつつ、正直に言えば、「子どもが一番の想像力を働かせて絵を描くっていう時に、このバッグってどうなんだろうなぁ?」……と、心の片隅でちらりと、引っかかっていた。


それから間もなく学校公開期間がやってきて、たまたま図工の授業を参観した。子どもたちはかなりの率で、学校経由で購入した絵の具セットを使っている。

でも、皆が絵を描くところを見ていたら、「なぁんだ、これはもう、私の方が間違ってたなぁ」と、はっきり思ったのだ。

子どもはみんな自分の好きなように思いきり、定型にとらわれることなく、とても楽しそうに描いている。テイスト強めの絵柄の絵の具セットだからって、そんなものの影響を受けるような次元にはいないんだなぁ。

しかも、親に決められたセットではなく、自分が選んだ道具を使える方が、絵を描く時の気持ちはうんと生き生きして楽しいはず。あぁ、「ファイアー」にしちゃってよかったんだな、とほっとした。

■「幅広く」触れることも大切


とかく親になると、「いいもの」で子どもを囲みたいと思いがちだ。大人の頭で考えてバツが付くものには最初から触れなくていいし、触れない方がいいとすら思ってしまいやすい。

もちろんいいものにはたくさん触れたらいい。その手伝いは親がいくらでもできる。たくさん見(観)て、聞(聴)いて、読んで……プラスの刺激はいっぱいあって困ることはない。

でも、それと同じくらい、大人から見たら今イチだったり、くだらなかったり、駄目なものにもいっぱい触れた方がいいんだろう。

子ども自身がいずれ、自分なりの価値基準をもてるようになるには、種々雑多なものに幅広く触れていることも大切だ。大人が危惧する「悪影響」みたいなものは、実はものすごく大げさな心配で、実体がないのかもしれない。

むしろ、親が最善と思うものだけを並べ、何かを極端に排除して、無菌室のごとく子どもを囲むことの方が、じわじわと大きく子どもには影響しそうだ。それは、場合によっては、子どもが「自分なりの価値基準」を獲得する大切な機会を奪ってしまうかもしれない。

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息子が大人になったときに、「あの絵の具セットのデザイン、方向性間違ってるよなぁ……」と笑って思い返すかどうかはわからない。そういう価値基準は持たないかもしれない。

でも、あのドラゴンを排除していたら、彼の視界はきっとちょっと狭くなっていただろう。

……なんて、少々感慨深く眺めた視線の先で、息子がパレット山盛りの大量な絵の具を出している!

やっぱり、ドラゴンだろうとなんだろうと、これはまた別の意味で関係ない次元にいるに違いない。

あぁ、青と赤、すぐに買い足しだなぁ……。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。