先日87歳の誕生日を迎えたオランダのデザイナー、ディック・ブルーナ氏が、高齢のため現役を退くことが発表された。

これにともない、現在まで出されている『うさこちゃん』『ミッフィー』の各絵本は、今オランダで刊行されているものがすべて、ということになりそうだ。

『ちいさなうさこちゃん』が日本語に翻訳されてから50年を迎える今年、記念すべき年に少し悲しいニュースではあったものの、「勇退」ということでその決断を称えたい。

そこで今回は、ディック・ブルーナ氏に感謝を込めて、ミッフィー好き読者の一人として、『うさこちゃん』『ミッフィー』の謎、そして子どもの年齢別おすすめ絵本を紹介したい。

■名前が違うのは、なぜ?


日本では『うさこちゃん』『ミッフィー』として知られるこの白いうさぎの女の子。
オランダでは「ナインチェ・プラウス(nijntje pluis)」と呼ばれ、その意味は、ナインチェ=うさちゃん、プラウス=ふわふわ。つまり、「ふわふわのうさちゃん」という、なんともモフモフしたい衝動に駆られる名前だったことがわかる。

ちなみに、「ナインチェ」を一番最初に他国語に翻訳したのは日本の福音館書店と言われている。「ミッフィー」という名前は、同じころイギリスで翻訳されたときにつけられたものだそうだ。

その後、数々の国で翻訳版が出版されているが、その名称に関してブルーナ氏の著作権管理会社であるメルシス社は、ベネルクス三国では「nijntje」、日本を含むそのほかの国では「miffy」と統一することにした。

しかし日本では、福音館書店から発売されている絵本では、メルシス社設立以前よりすでに「うさこちゃん」の名前が採用されていたため、これはそのままとして、講談社から出ている独自編集本、そのほかグッズに関しては「ミッフィー」の名前がつけられている。

これは、80年代以降に絵本の翻訳権が一時期講談社に移ったため。
以前は「ミッフィー」の名前で講談社から翻訳絵本が発売されていたが、オリジナルの翻訳絵本は、現在福音館書店のみの取り扱いとなっている。

■ブルーナさんはどんな人?


1927年、オランダ・ユトレヒト生まれ。
ディック・ブルーナ氏は曽祖父が起業した出版社「A・W・ブルーナ&ズーン(以下、ブルーナ社)」を代々経営する両親のもとに生まれた。職業はグラフィックデザイナー、絵本作家としても知られる。

中学時代にはレンブラントやゴッホに影響を受け、油彩を描くようになる。
画家を目指したかったブルーナ氏は、会社を継がせたかった父親と衝突するも、最終的には「後継者として勉強するならば」との条件付きで高校を中退した。

その後、学校を辞めたブルーナ氏は、オランダ国内の書店や英・仏の出版社で修行をする。しかし、パリではマティスなどの現代芸術家に大きな影響を受け、20歳でオランダに帰国すると、父親に「アーティストになりたい」と直訴。父もこれを受け入れて、以降はブルーナ社の専属デザイナーとして勤務。グラフィックデザイナーとしてさまざまな本の装丁を手がけることとなる。

結婚後の1953年、自身初の絵本となる『りんごちゃん』を発表。そして1955年、ついに『ナインチェ』が誕生する。

第一子が生まれた翌年。休暇中の海辺で子どものころに飼っていたウサギのことを思い出してスケッチブックにウサギを描いた――。

これがのちの『うさこちゃんとうみ』と言われており、それからほどなくして誕生したのが“うさこちゃん誕生の物語”、『ちいさなうさこちゃん』であった。

最初の『ナインチェ』は、今とはまったく姿の違うものであり、今の形に至るのはそれから8年後の1963年のこと。

1971年には作品の著作権管理会社「メルシス社」を設立、1975年にブルーナ社を退社し、創作活動に専念することとなる。独立後は公共広告のデザインなども数多く手がけ、日本国内においては「ふみの日」の切手のデザインが有名である。

■ブルーナカラーって何?


フランスの画家、アンリ・マティスに大きな影響を受けていると語るブルーナ氏。
その技法を発展させ、新たなスタイルを確立しようとしたそうで、黒いアウトライン、それに切り絵画法を発展させ、ピエト・モンドリアンら新造形主義の芸術家の集まり、デ・ステイル派のように、「赤」「黄」「青」という基本三原色に「緑」を付け加えた4色を使うようになった。さらに後年、くまや犬に使う「茶色」、ぞうに使う「灰色」を足した6色が「ブルーナカラー」(※1)と呼ばれることになる。

ちなみにブルーナ氏曰く「一番好きな色は、今も昔も青です」とのことだ。

福音館書店版の装丁を現在担当しているブックデザイナー・祖父江慎さんによると、「ブルーナインキ」というのを特別に作っているとのこと。(※2)

海外でもこのインキ調合が難しく、装丁を担当するにあたり、当時流通していたものは色相や濃度が刷りによってばらけていたため、限りなくオランダの原書に色を近づけようと、新しく刷る際に色を統一すべく調整したそうで、厳選した限りなく真っ白な本文用紙と表紙の用紙での刷り上がりを見ては細かく色調整した、とコメントがあった。

※1 黒を加えて7色。白は紙の色をそのまま使っているとのこと
※2 ブルーナカラーのほかに「にんじん専用のオレンジ」も存在するそうだ


■おすすめ絵本


2010年に福音館書店版の装丁が新しくなるタイミングで、「うさこちゃん」と「うさこちゃん以外」を分けることになり、年齢別のセットが組みなおされた。(単品でも販売を行っている)

そのあたりは祖父江氏が以前、詳細にツイートされていたのでそのまとめに詳しいのだが、うさこちゃん以外のキャラクターの絵本は、現在セット売りから外れて、単品販売になっている。

●0歳=「子どもがはじめてであう絵本シリーズ」
どうぶつセット3冊とかたちセット3冊の計6冊。内容は「うさこちゃん」ではない。

●1~4歳=「うさこちゃんの絵本シリーズ」
年齢ごとに7冊ずつ、1集は4冊、2集は3冊入り。合計8セット。セット箱も用意されている。
1~2歳向けは背表紙のうさこちゃんの服に襟がなく、3~4歳向けのうさこちゃんには襟がついているというこだわりもポイント。

※年齢別セットに入っていない「うさこちゃん」の絵本
●3歳~
『うさこちゃんとふがこちゃん』/『うさこちゃん まほうをつかう』/『うさこちゃんのゆめ』
●4歳~
『ふわこおばさんの ぱーてぃー』/『うさこちゃんとにーなちゃん』

「おすすめは全部!」と言いたいところではあるが、この中から筆者おすすめの絵本をピックアップしたい。



『ちいさな うさこちゃん』
(1才からのうさこちゃんの絵本1 に収録)
記念すべき第一作。冒頭ではまだ、うさこちゃんはこの世に生を受けていない。
ふわふわさんとふわおくさん夫妻の住む家に、ある晩のこと天使が現れ、「じきに赤ちゃんが生まれますよ」と告げる“受胎告知”から始まる。
まるで聖書のエピソードのようであるが、ブルーナ氏は、『クリスマスってなあに』(講談社)、『ケムエルとノアのはこぶね』(福音館書店)という聖書をモチーフにした2冊の絵本も描いているので、あわせて読むのもおすすめ。



『うさこちゃんの たんじょうび』
(2才からのうさこちゃんの絵本1 に収録)
お誕生日を迎えるお子さんにプレゼントしたい一冊。
うさこちゃんがかわいがっている黄色いくまちゃんの初登場回でもある。



『うさこちゃんと あかちゃん』
(2才からのうさこちゃんの絵本2 に収録)
近年の作品。うさこちゃんにきょうだいがうまれるエピソード。
2010年当時、渋谷区などの母子手帳に表紙の絵が採用されていたので、馴染みのある読者の方もいるかもしれない。
日本語版では「あかちゃん」に名前がないが、原書では「クライネ」という名がついており、これはオランダ語で「小さい」の意味。下の子が生まれておにいちゃん・おねえちゃんになろうとしているお子さまに。




『うさこちゃんの おじいちゃんと おばあちゃん』
(3才からのうさこちゃんの絵本1 に収録)

『うさこちゃんの だいすきなおばあちゃん』
(4才からのうさこちゃんの絵本1 に収録)
うさこちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは、父方の祖父母。そのおばあちゃんが、のちに亡くなる――。この2冊は続けて読むと大人でも涙腺が決壊する恐れあり。
もし、おじいちゃんおばあちゃんがご健在の場合は『うさこちゃんの おじいちゃんと おばあちゃん』を、近しい方が亡くなる経験をされたときには『うさこちゃんの だいすきなおばあちゃん』をぜひどうぞ。



『うさこちゃん びじゅつかんへいく』
(4才からのうさこちゃんの絵本1 に収録)
さまざまな画家から影響を受けたというブルーナ氏の「アーティスト」としての側面が垣間見える一冊。
うさこちゃんが美術館へ行き、絵画などを鑑賞する。鑑賞方法やその後の感じ方は子どもの参考になることだろう。筆者は「モンドリアン風の絵を鑑賞するうさこちゃん」のシーンがとりわけ好きで、額装して家に飾っている。
絵本でありながら、その1ページを作品として飾ってさまになるのがまた、ブルーナ作品のいいところだと個人的には思っているのだ。



なお、福音館書店の特設サイトには、各絵本の詳細のほか、ディック・ブルーナ氏へのQ&Aなど、読み応えのあるコンテンツがあったので、興味があればご一読をおすすめしたい。
http://www.fukuinkan.co.jp/ninkimono/bruna/index.html

ブルーナ氏の絵本にはまだ未訳の作品もいくつかあるので、今後それらが日本国内で発売されるとしたら大変にうれしい。ひとまずは、60年にわたる絵本創作活動おつかれさまでした、と一読者として感謝を申し上げたい。

※参考文献:『美術手帖 2010年4月号』『新装版 ディック・ブルーナさんの絵本のつくりかた』(美術出版社)

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。