今年の後半になって、うれしいことに友人たちの結婚報告が続いた。

1ヵ月の間に2回。
夫婦そろって二次会へのお誘い、ならびに私単独で式・披露宴のお誘いである。

これまでも、普段着で集まるような軽いものであれば、単独もしくは小一時間滞在する形で子どもを連れて行ったこともあったのだが、今回はどちらも、「子どもを連れてきてもいい」というより、「ぜひ連れてきてね」というニュアンスのメッセージを合わせていただいていた。

―― うれしい気持ちと同時に、どうしようかな……と悩んでしまったのだ。


冠婚葬祭でいえば、ブラックフォーマルの場には息子を何度も同伴している。そのデビューは0歳からで、法事はだいたい年一で行われるので、毎年数回あった計算になる。

ただ法事であれば、そこにいるのは9割方が親族であり、多少の粗相は大目に見てくれる面々だ。改まった席というのはたいてい長いお話があったり(読経やスピーチ)、おときの食事が出たりするのだが……。

前者はおとなしくすることが我慢できなくて、乳児であれば泣くし、幼児であれば座っていられずに騒いでしまう。後者に関しては、確実にこぼす。これはそういうものであって、避けようがなかった。

“こぼす”について、我が息子には派手な前科がある。
一度、家族で近所の洋食屋さんに食事に行った。ショッピングセンターの上にある庶民的なところだ。テーブルにはクロスが敷かれていた。

当時1歳半。
ぴらぴらした赤い布が気になって気になって仕方がなかったのだろう、ちょっと目を離した隙に、堺正章もびっくりのテーブルクロス引きを披露したのだ。


幼児のどこにそんな力があったのかまったくわからないが、上にのっていたものはことごとくこぼれ落ちた。……食事が来る前だったのがまだ救いであった。

それ以降、我が家の中では、「子連れのときにテーブルクロスのある店は厳禁」というルールができた。


そんなある日、我が家より少し年上の子を持つ知人と話す機会があった。
彼女たちが結婚式に参列するために乗っていた電車で一度ばったり会ったことを思い出して相談すると、にっこりしてこう言った。

「そういうの、場数だから。大丈夫、大丈夫!」

■妊婦の子連れフォーマルに立ちはだかるいくつかの壁


“テーブルクロス”ということでいえば、披露宴はまさに絶好の場所(?!)。

熱い食事が提供されるわけではないのでヤケドの心配はないが、友人代表として参列するお祝いの席であれば、同じテーブルにいるのは、親族ではなく友人知人の皆さま……。

そして、みんなそれぞれドレスアップしてやってくる場所であり、自分もそれなりの一張羅を着用しているということだ。

すなわちこれにより、機動力が普段の半分以下になる。
当時の相手はやんちゃ盛りの4歳男児。ぺたんこの靴を履いてはいるが、さらに筆者は妊婦であった。……勝てる気がしない。

≪人にかかってはいけない!せめて私かあなたにかかるようにこぼしてくれ……≫

この場合、やれることはやりきって、あとは祈るのみである。

次に、「連れて行くのがオムツを卒業したての幼児である」ということ。
ホテルのトイレがどういう形状のものであるか(男児用は併設なのか)、手洗いは低いものがあるのか(手を洗う際に抱っこが必須であるか)、慣れない場所だし、もらしてしまうのではないか?

そして、最大の難関は“現地までどうやって行くのか?”。

普段からパンプスを履きなれていない身にとって、これはなかなかハードルが高い。
幼児同伴であり、身軽な体でもない。二次会に至っては終了時間が22時。完全に子どもは寝てしまうだろう。

寝た子は重い。そしてベビーカーの上限体重はギリギリといったところ。会場までは電車を使って1時間。子どもの着替えも用意しているし、帰りは引き出物が出るだろう。荷物はできるだけ減らしたい……。

これに関しては夫にSOSを出して車を借りてもらうことで解決したが、そのほかに関してはもう出たとこ勝負以外の何者でもない。

……私の脳内では「健闘を祈る!」と、どこぞのハリウッド俳優が親指を立てて微笑んでいた。

■友人同士で共同戦線を張る、の巻


幸いにして、どちらのお祝いの席も友人が子連れで参列していた。
お互いがお互いの子をゆるく見守るという暗黙の了解で、思った以上に快適な時間を過ごすことが可能だった。

夜の集まりのほうでは、ほかの子がジュースをこぼして夫がそれをかぶるというハプニングも起きたのだが、「カメラ無事でよかったね」「カバンも無事でよかったね」と、まわりもみんな子持ちなのでテキパキとテーブルを片付け、小さい子たちは再び無邪気に遊び、親御さんは気が気ではなかったと思うが、夫は「(かかったのが)俺でよかったね」と言って笑った。

昼間のお呼ばれでは、単独参加の友人が息子のトイレ介助などを手伝ってくれ、大変助かったのだった。

食事では、案の定飲み物をこぼしたのだが、うまいこと自分にかぶるように倒したし、少量だったので大きな被害もなくて済んだ。

シェフが腕を振るったおいしい料理の数々だったが、息子の「見たことない料理には手をつけない」という性格がここで本領発揮、メインのほとんどは私の胃袋に入り、さぞかしおなかの中にいる胎児の栄養になったことだろう。

おめかしして挑んだ息子は、フラワーシャワーの花びらを撒く前に大量にこぼし、司会のお兄さんにやたら絡んでは周囲の笑いを取りご機嫌、最後には友人の子ども(女児)とさりげなく手をつないで写真に納まるなど、それなりにエンジョイしていたようで、「君が楽しかったなら、何よりだ……」と思う母なのであった。

■「おめでとう」のつもりが「ありがとう」を受け取る


今回お招きいただいた二組とも、たまたま子どもになじみのある職業で、「子どものたくさんいるパーティーにしたかった」と言っていたのが印象的だったのだ。

「いろいろ迷惑かけるだろうし、連れてくるの悩んでた」と言うと、友人は言った。

「大丈夫、子どもってのは騒ぐものだよ。」

……なぜだろう、泣きそうになってしまった。

考えてみたら子どもを産んでからこの4年、そんなふうに言ってもらった回数のほうが少なかったのではないだろうか。

子連れで出かけて歓迎される空間、というのが久しぶりだったのだ。

昔から“なにかに対しての怒り”を原動力に生きてきたところはあったけれども、子どもが産まれてからはなおさら、子連れへのバッシングや進まない少子化対策、にっちもさっちもな待機児童問題、妊娠してからとたんに増えていったハラスメントの数々……。

三十女が独身でいたらいたでいろいろ言われ、結婚して子を持ったらさぞかし社会から祝福されるとばかり思っていたのに、何でこんなつらい思いばかりしてまで子どもを産み育てなきゃいけないのかと何度も思うことがあったが、いつしか子どもを連れて歩く際には空気のように口から「すみません」と発することに慣れてしまって、何も思わなくなっていたのだろう。

子どもを持ったら、謝り続けることでそこにいることを許される。
今の日本、とくに都市部の社会においてはそのような息苦しさを日々感じている。

他人が優しい。
ただそれだけのことがこんなにうれしいと思うなんて。

子どもにはぜひ、そういった優しさの集合体でひとは楽しく暮らせるのだということをどこかで知っていて欲しくもあり、彼らが親になる頃には、世の中に赤ちゃんが生まれてくることを誰もが素直に祝福できる日本であって欲しいなと、ずっとずっと遠いようで、案外近いかもしれない未来のことに思いを馳せたのだった。


「おめでとう」と言いにいったつもりが、たくさんの「ありがとう」をもらって帰ることになったそれぞれの日であったが、お祝いの席というのは本当に何回出てもいいものである。


……その後、生まれて初めて「結婚」というものを知った4歳男児は、それから「けっこん」に大変興味を持ち「どうしたら、けっこんできるの?」と日々彼なりに考えている。

「だっこしたら、けっこんなの?」と聞かれたときには笑ってしまったが、彼本人に“その日”が来たら ──これからの社会はいろんな選択肢があるとは思うのだが── 親としてはうれしいかな、というのが今の正直な感想だ。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。