年始からしばらくは古くから伝わる行事が続く。
お正月、節分、ひなまつり、端午の節句……。

子どもを保育園に通わせていると、これらの行事は必ず通過していくことになる。親の方にその知識がなくとも、だ。行事の際に、なぜこのようなイベントを行うのか、という説明が先生からなされ、そこで情報を得てきた子どもが家に帰ってから親にたずねる。

例えば先日、節分の日のことだ。
「ねえ、なんで、おにに、まめぶつけるの?」
このレベルの質問であれば「そうねえ、家に鬼がずっといたら嫌でしょ?」などと身近な例を出して納得してもらうこともできるのだが、「ひいらぎにイワシの頭をさしたものを玄関に置くとなぜ鬼が逃げるのか」という質問を受けた。

保育園の玄関にはそのような状態のひいらぎが飾られており、先生からは「これをおいておくと、鬼が嫌がって来ない」とだけ説明をされたそうだ(もしくはその情報しか本人が読み取れなかったか)。

困ってしまった。私もまったくその由来は知らない。

ここで安易に検索してWikipediaを読んでしまうのだが、あの物体が「柊鰯(ひいらぎいわし)」という、そのまんまな名前のものであることを知った。≪柊の葉の棘が鬼の目を刺すので門口から鬼が入れず、また塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らない≫と書かれている。

「ねえ、うちにも、おに、こないようにして!」
と子どもに懇願され、スーパーでひいらぎの枝が売っていたのでそれを購入、イワシは、夫が焼き魚の臭いがダメなのと、焼く手間がな~、としぶり、まあ、なにかしらが尖ってりゃいいだろう、と自分に言い聞かせて、ひいらぎを玄関にマグネットで雑に飾った。


……そういえば、実家はどうしていただろうか。
豆まきはしていた記憶があるが、玄関にはひいらぎの枝と、6匹くらいが連なったメザシを、まるで一夜干しでもするように飾っていなかったか。

メザシもイワシなので、間違ってはいないのだろうが、なぜそんなことになっていたのだろう。もし我が家以外に、節分にメザシを飾っていた家があったら教えてほしい。

■「継承」と「めんどくさい」のバトル


メザシの件に関しては、なんとなく想像がつく。おそらく、アタマをちぎるのがめんどくさいと誰かが言い出したのだ。

先日、我が家で「第二子の初節句はどうしたらいいのか」というのが話題にのぼった。次も男の子ということがわかっているので、兜をもうひとつ買うのか、何か別の、鯉のぼりや飾りなどを買うのか、それとも兜はひとつを使いまわしていいのか。

私の方の家族は自分が一人っ子で、あてにならない。3人兄弟である夫にきいてみるも、よく覚えていない。鯉のぼりは第一子の時すでに買ってあるし……。

検索しても出てくるのはたいていがメーカーのサイトで、「ひとつを使いまわすのはよくありません、ふたつ買いましょう」……。
メーカーサイドとしては、そりゃそうでしょう!

自分の母親にその話をすると、彼女は一言でまとめた。
「え、いいじゃんひとつで」。

我が家がとくに顕著なのかもしれないが、とかく伝統行事を端折る傾向にある。
言い換えれば「今風にアレンジ」。

しかしふと気づいた。このまま行くと、伝言ゲームの最後の人のように、まったく違うものができ上がるのではないかと。

■人生の折り返し地点で考える「残す技術」


正直、若い頃は“伝統とかしきたりとか古くさいもの全般をぶっ壊せ!”という意気込みだけで生きていた気がする。よく言えばパンク、悪く言えば中二病である。

しかし、子どもができてから「この子に伝え残さねば」という意識が働くことが増えた。

身近なところでは、自分たちが慣れ親しんだテレビ番組。
保育園の預け時間の関係から、流行りのアニメをオンタイムで見られることが皆無なので、録画やDVDに頼りっきりなのだが、親も見て楽しいものを無意識に選ぶ傾向があり、我が家では『トムとジェリー』『スヌーピー』がよく再生されている。

夢中になりすぎて困ることも多々あるのだが、子どもは食いつき、大人は懐かしい気持ちになれるという相乗効果も生んでいるのだ。

アニメ『妖怪ウォッチ』では、様々なパロディがところどころに練りこまれているというが、家で見せてなくともどこかから情報が入ってくるのだったら、元ネタを先に知っていたほうがより楽しめるだろう!……と言い訳しながら、ドリフの「全員集合」のDVDを再生することもある。

“パロディ”や“サンプリング”については、ネット上でもたびたび語られることがあるが、何にせよ元ネタを知っていたほうが楽しめることが圧倒的に多い。

たとえば、小沢健二の『ドアをノックするのは誰だ?』という曲があるが、ある日家で何気なくかけていたジャクソン5の『I Will Find A Way』を聴いて、「あ~~~~~!」となった日の“アハ体験”はなかなかの刺激であった。

よく「子どもに昔話をするようになったら歳だね」と揶揄する言い方があるが、40歳を目前に控えた今、平均寿命を考えたらちょうど折り返し地点なのである。

もしかしたら無意識に、老師のような気持ちで、若い者になにかを残そうとしているのではないだろうか。

それに気づいて考えてみると、もちろん本人の興味によるところが大きいが、子どもに買い与えたオモチャも、コマなどの懐かしいものや自分が得意だった分野のものが多く、最近は、自分が幼い頃に親しんだ、スキーやスケートに連れて行こうと思い始めたりもしている。

己の持つ、古い知識のインプットはできる限りして、自分は何かから「引退」しようとしているのではないか。種の保存ならぬ知の保存を無意識に行おうとしているのではないだろうか……。

そんなことを思ったのである。

■「エンディングノート」……の、ようなもの


結果からいうと再検査で無事がわかったのだが、妊娠中期の検査でちょっと重たい病気の疑いがあると引っかかったことがあった。

その日にすぐ再検査を受け、結果が出るまでの2週間。
医師からは「考えても仕方ないから考えないように」と言われたものの、夜中になると、どうしても思考はグルグルと止まらなくなるのだった。

思ったより自分の寿命が残り少ないかもしれない……。
そう思った時、真っ先に考えたのは、今、私が持っているものを全部この子に渡しておかなければ、という妙な使命感だった。

その後、私は自分の古い写真を見せたり、小さい時の話を子どもにきかせた。我々にとってはつい最近のことだって、子どもにしてみれば“有史以前”の出来事なのである。

例えば先日
「ねえ、えいごで、7ってなあに? せぶん?」
と質問する形で本人が正解を答えていたので、ついでに、セブンイレブンをはじめとするコンビニが、昔は朝7時から夜11時までしか開いていなかった話をすると、目を丸くして驚いていた。


小さいころ、祖母と二人でいる時間の長かった私は、よく戦時中の話を繰り返しきいたものだが、先日発表になった調査結果では、戦争体験を聞いたことがない20代は、全体の60%を占めるのだという。

彼らの祖父母の世代はまだかろうじて戦争を知っている世代と思われるため、大変もったいないことのような気がしてしまう。

日本史で習う近代史は授業でもあっさり流してしまうし、リアルな体験をナマで聞いたほうがわくわくするのではないか、と思うのはこれまた老婆心なのだろうか。

息子の世代にとっては、この「祖父母の戦争体験」に匹敵するものが前の東京オリンピックであったり、バブルの頃の今では信じられないようなイケイケ話になるのかもしれないが、若い時期に節操なく闇雲にインプットしまくったことが、時を経て変なタイミングで化学変化を起こし、大きく開花することがあるだろう。

“おべんきょう”で習ったものよりも、実体験をちょこちょこ聞いて地層のように蓄積されていったもののほうが、長期的に見れば身となるような気がしている。

今、懐かしいものに触れることで、もしかしたらクラスの子と話は合わなくなるかもしれないが、結果として少し歳の離れた友人ができるかもしれないし、大人になった時に「芸は身を助く」のようなことが起こるかもしれない。

流行りものというのはどのみち拾ってくるものだから、せめて、子どもたち同士では入手できない、それを補完するもっと深い情報を大人が入れてあげればいいのではと考える。

もっとも、それをするには子どもたちの様子や興味を、ていねいに見守ることが必要になっては来るのだが……。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。