ゴールデンウィーク中、NHK BSで再放送していた『奇跡のレッスン「世界の最強コーチと子どもたち」-フットサル日本代表監督との1週間』をたまたま見た。これが面白かったのだ。
(※6/13再放送予定あり)
http://www4.nhk.or.jp/P3562/x/2015-06-13/11/22730/

■驚くほどの変化


スペイン出身のフットサル日本代表監督ミゲル・ロドリゴ氏が、普通の小学生チームに1週間だけ指導するというもの。彼が「型」でなく「考えて」プレーすることをみるみるうちに引き出す様は、サッカーの簡単なルールしか知らない程度の私が見ていても、ものすごく興味深かった。

そして監督は、何より子どもたちの自信とやる気をぐいぐいと自然に引っ張り出してしまったのだ。それは、チームの子どもたちの親がびっくりするほどの変化。



■プラスの発想+自信を満たす


まず、ベースにあるアプローチがとにかく「プラス思考」なのだ。「危険な状況を作るからこういうプレーをしてはいけない」ではなく、「こうプレーしてチャンスにつなげる」と声をかける。

ミスを指摘するのは簡単、それはしないと彼は言い、いいところを見つけて子どもたちの自信を満たしていく。

子育ての参考にしたくなるヒント満載で、番組でも、チームの子どもたちの親が、監督と、ほぼ子育て相談のような交流をするシーンが出てくる。

ロドリゴ監督のアプローチは、子育てでよく聞く言葉に置き換えると「ほめて育てる」ということになるのだろう。

でも、彼の指導の様子を見ていて思ったのだ。これ、日本語的には「ほめる」と表現しない方が理解しやすいんじゃないだろうか。

■日本語の「ほめる」のイメージ(1)努力しなくなる?


私は子どもをほめるのは大賛成だし好きだけれど、それでも、ほめてばかりじゃ「努力しなくなる?」「謙虚さがなくなる?」とか「反骨精神必要かも?」などと、ほんのちょこっと頭をよぎることがある。

ほめられて調子に乗ってどこが悪い?それでいいでしょ、という感覚なら、そんなことカケラも思わないはずで、ロドリゴ監督の態度には、そんなこと少しも気にしていないさっぱりしたものを感じた。そもそも、そんな発想も文化も背負っていない自然なふるまいといった印象。

■日本語の「ほめる」のイメージ(2)人格まるごと


さらに、「ほめる」というとどこか、人格丸ごと大肯定、礼賛、むぎゅっ!……と、包容力ありすぎなイメージがあるけれど、ロドリゴ監督の様子を見ている限り、そこも、極めてあっさりしている。

ピンポイントで、「今のプレーのそこがよかった!」それで終わり。

「◯◯ちゃんすごーい!」と派手にほめたり、自信をつけさせる意図満点の過剰な励ましとは違う。人格丸ごと肯定するような包括的な表現でもない。ほめてのせてその気にさせるとか、そういうアプローチではない。

態度はシンプルで内容は極めて具体的なのだ。そして、いいところを徹底的に見つけて、逃さず細かくフィードバックしている。

■「ほめる」じゃなくて「いいね!」


こういう、日本語の「ほめる」という言葉の背負っている雑音に無自覚なまま「ミゲルさんみたいなほめる子育てするぞっ!」と突っ走ると、早々にどこかで、つまづきそうな予感がする。

ロドリゴ監督のアプローチは「ほめる」というより「いいところを指摘する」ととらえた方が、日本語的にはぴったりくると思うのだ。

精神的に励ますために漠然と「すごいね」と「ほめる」のではなくて、よく観察していいところを具体的に指摘する。その見つけた「いいね!」を、逃さずに本人に知らせるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

具体的な指摘だからこそ、技術にもつながっていくのだろう。そして何よりその小さなプラスの指摘の集積が、チームの子どもたちの自信につながった。

■「怒らない」じゃなくて「好循環」を作る


ロドリゴ監督の指導シーンには、大きな声はあっても、怒鳴り声や罵声はない。

これも、育児的には「怒らない子育て」と表現されるのかもしれないけれど、やっぱりそう言ってしまうと、なんとなく違うムードをまとう気がする。

彼は、「怒らないように」と気をつけたり、「努めて優しい言葉」をかけたりしているようには見えない。自然とそうなっているだけ。

当然大きな声で指示はするけれど、それは子どもたちのプレーそのものを否定することなく、ポジティブな表現で繰り出される。通常ミスと評されるプレーであっても、それをミスとは呼ばない。まずやったことを肯定する言葉をかけてから、次はこうするともっとよくなる、と教える。

プレーを否定され続け、怒られたら気持ちはしぼむだろう。ダメな点を指摘される続けると達成感はなく、前に進むエネルギーは出ない。やる気がなく見えるからさらに怒られる。……これは、悪循環。

どんなプレーでも一旦肯定されると安心でき、指示の吸収力は上がる。いいね!の指摘は小さな達成感を生む。安心して失敗できる土壌でのびのびと試せると、やる気に満ちて見え始め、プラスの指摘はさらに増え……これが、好循環。

きっと、ロドリゴ監督は、こういう好循環を作ることを徹底的に意識しているから、必然的に怒らないだけなんだと感じた。「怒らない」は手法じゃない。

■一番変わったのは親だった


番組の最後、「奇跡のレッスン」からしばらくたった子どもたちの様子が出てきた。サッカーのプレーも評価されるようになったというその男の子の表情は、のびのびとして自信がついたような変化が。変わりましたか?とお母さんにインタビューしたあと、本人にも。

言葉少なに、「お母さんがこまかいことを言わなくなった」という趣旨のひとこと。

苦笑するお母さん。
……実は、サッカーよりも何よりも、ロドリゴ監督との出会いで親が変わって、それがきっと、その子にとっての一番の「好循環」を生み出したんだな、と気づいた。

どん、と重くきた。

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あぁ、苦笑したいのは私だ。子はギャー、親はキー、タマゴが先かニワトリが先かの明らかな悪循環、やってるなぁ。

「育児で怒らないとか無理だし!」……実感として、当然、私もそう思う。でも、子どもにとっての「好循環を作る」というアプローチなら工夫できることがいっぱいありそうだ。どうしたら、子どもが前に進むエネルギーを持つ土壌を作れるか、工夫のしどころ。親子の好循環が回り始めたら、そもそも怒りたくなるシーンがなくなるだろう。

「ほめる」と「怒らない」の代わりに、「いいところを指摘」と「好循環」をキーワードに「ミゲル・ロゴリゴ流」、参考にしてみたい。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。