先日、《日本のPR会社が女性社員の将来の妊娠に備えて卵子凍結保存の費用を補助する》というニュースが流れた。この事例は日本国内の民間企業ではおそらく初めてとのこと。

【参照記事】
卵子凍結保存を希望の女性社員に費用補助へ|産経ニュース
http://www.sankei.com/life/news/150707/lif1507070006-n1.html

昨年は米国のアップル社やフェイスブック社が、女性社員の卵子凍結保存費用を最大2万ドル負担する、という制度の導入を発表し、米国内の主要メディアでは賛否両論になったことから、「卵子凍結保存」が、私の日常でもにわかにホットな話題になった。

■「35歳」の壁


筆者が住むシアトル近郊で、女性クリニックを営む押尾祥子先生は、卵子凍結保存について、「卵子凍結は妊娠を保障するものではない」が、「“絶対に子どもを産みたい、でも勉強や仕事、相手などの都合で38歳を過ぎるまで子どもを産めない” という女性は、考慮してみる価値がある方法です」として、その利点とリスクについて説明してくれた。

【参照記事】
卵子凍結保存について|シアトル情報サイト Junglecity.com
https://www.junglecity.com/pro/pro-women/egg-freezing/

私の場合、もともと子ども好きでなく、26歳で起業してからは仕事が本当に楽しくて、寝ても覚めても仕事のことを考えていた(……と、今になって思う)。

子どもを持つかどうか、何人産むかなどはすべて個人的なことと考えているので、「子どもはいいわよ~」と言われても、価値観の押し付けに感じるだけだった。だから、もし早くに卵子凍結保存というものを知っていたとしても、そんなかつての私が聞く耳を持ったかどうか……。

「子どもがいてもいいかもなあ」と初めて思ったのは、当時すでに1歳半の子どもの母となっていた、高校時代からの友人のスウェーデン人が住むストックホルムまで、3年ぶりに訪ねた時のことであった。

エンジニアだった彼女は、1年の産休を取得したあと職場復帰をしておらず、「しばらくは育児に集中したいの」と話してくれた。「福祉先進国のスウェーデンならではの選択」という意見もあるだろう。ただ、あくまでも彼女は自分ごととして「今、私はこうしたいんだよね」と、高校の時から変わらない笑顔で話してくれた。そうした彼女の率直な思いは、「子どもはいいわよ~」と言われるよりも私にとってストンと落ちた。

後年彼女にその話をしたら、「へぇ!私を見て、そんなこと考えてくれてたの? 嬉しいなあ」と言っていたが。


しかしその後、医師の診察を受ける機会があった私は、「卵子は加齢によって劣化するし、妊娠率は35歳で大幅に落ちる」と、医師に統計グラフで具体的に説明されて、ようやく自分の状況を理解した。

誰かのギネス記録とか、周囲の人の「○歳でも大丈夫だよ」というアドバイスや体験談は、あくまでも他人のことで、自分にも当てはまるとは限らない。技術はどんどん進歩するが、妊娠・出産について、そして何よりも自分の体について、ちゃんと理解しておくことは必要だとつくづく思う。

「高齢出産を選んだのは自分なんだから、どうなっても自己責任」という意見もあるだろうが、妊娠・出産は人それぞれに大変な過程であり、できるだけリスクを低くしたいのは皆同じだ。

高齢出産になった場合のそんなリスクも、卵子凍結保存のリスクも理解した上で、将来子どもが欲しい場合は若いうちに卵子を凍結保存をしておく、という選択は、当人に当面の安心と未来の幸せをもたらすかもしれない。

■妊娠・出産とキャリアの同時進行


昨今のアメリカでは、仕事を理由に出産を遅らせることで、前述のように母体へのリスクを高め、妊娠率を低くすることに着目し、「出産を選べばキャリアを積めず、キャリアを選べば出産できないという、アメリカの企業で働く女性が直面するその典型的な状況がこれでは解決しない」という意見が多く見られる。

アメリカの女性政策研究所「IWPR(=Institute for Women's Policy Research)」によると、EUではほぼすべての国が母親に最低14週間の有給の産休を義務付けているのに、アメリカでは有給の産休が、じつは法的に義務付けられていない。(労働省はそれを変えようとしているようだが)

産休の扱いは企業ベースで決まるので、福利厚生が充実していて勤務体制がフレキシブルな企業で働いている人とそうでない人の格差が大きい。そして夫婦の場合、一般的には父親が長期間にわたって仕事を離れることは昇給や昇進に影響するため、おもに母親が育児を担う従来のパターンがいまだ多い。

米国企業、Palo Alto Software のCEOであるサブリナ・パーソンズ氏は、「アップル社やフェイスブック社のやり方は、子どもを望む女性がキャリアを積もうとすることを恐れる可能性があり、職場での男女不平等の問題を根本的に解決しない」として、「妊娠・出産とキャリアの同時進行を企業が援助するべき」と、2014年の記事で提案している。

【参照記事】
Female Tech CEO: Egg-Freezing 'Benefit' Sends The Wrong Message To Women
http://www.businessinsider.com/apple-facebook-egg-freezing-benefit-is-bad-for-women-2014-10

たとえば卵子凍結保存の補助金は、出産した社員がフルタイムのナニー(≒ベビーシッター)を雇う費用に充てるか、オフィス内にちゃんとした託児所を作るのはどうかと説く。

3児の母親でCEOのサブリナさんは、出産直後、「子どもと離れたくない」という気持ちになりながら、大事な時期にあった会社を完全に離れることはできなかったため、新生児の間は子どもをオフィスに同伴した経験を持つ。

そして今では社員全員にそのオプションを提供し、学齢期の子どもが放課後を過ごしたり、病気の場合は休んだりできる専用スペースまでオフィスに設けているという。

米国メディアの『The New Yorker』や英紙『The Guardian』などでも、サブリナさんと同様に、「“今”仕事と妊娠・出産育児を同時進行したい」人を企業がサポートする方がいいのでは?という意見がみられる。

「どんなふうに働きたいか、どんなふうに子育てしたいか」これもまた人それぞれである。でも、「働きたい・働かなくてはならない、でも子どもも“今”欲しい」という人のせっかくの才能と働く意欲を無駄にしない、そんな企業が増えればもっといい仕事を生み出していけると思うのだ。

【参照記事】
Who Benefits When Companies Pay for Egg Freezing?|New Yorker
http://www.newyorker.com/news/daily-comment/facebook-apple-egg-freezing-benefits
By offering to freeze their employees’ eggs, Apple and Facebook make it clear they don’t know what women want|The Guardian
http://www.theguardian.com/women-in-leadership/2014/oct/15/apple-facebook-egg-freezing-employee-perk

大野 拓未大野 拓未
アメリカの大学・大学院を卒業し、自転車業界でOEM営業を経験した後、シアトルの良さをもっと日本人に伝えたくて起業。シアトル初の日本語情報サイト『Junglecity.com』を運営し、取材コーディネート、リサーチ、ウェブサイト構築などを行う。家族は夫と2010年生まれの息子。