現在公開中の映画『きみはいい子』を鑑賞した。
http://iiko-movie.com/

中脇初枝氏による同名の小説を映画化した本作品は、虐待、ネグレクト、学級崩壊、高齢者の独居など、いまの日本が抱える社会問題がテーマ。


監督の呉美保氏は、脚本家・CMディレクターとしても活躍する30代の女性。
前作『そこのみにて光輝く』では、地方の貧困、親の介護など、重い題材をえぐり出すように描写し、国内外の映画賞を受賞するなど注目を集める存在だ。

前作の感動も鮮明に残っていたので、『きみはいい子』はどんな風に描かれるのか、公開を楽しみにしていた。
物語は原作と同様、複数の登場人物によって進行して行く群像劇の形を取っている。
高良健吾さん演じる新任の小学校教師はやんちゃな生徒たちになめられまくり、翻弄されまくりで、授業妨害される姿は見ているこちらも胃が痛くなってくる。

小学生というのはまだまだ幼く、大人が守るべき存在ではあるけれど、知恵がだいぶ発達しているから、無邪気を装って大人顔負けな悪いことも平気でやってのけたりする。

子どもが好き放題なだけではなく、その親たちもモンスターペアレントであるケースも多く、さらには同僚である教師たちも、「あの子はちょっとやんちゃなだけで悪い子じゃないわよ」と取り合ってくれない。

子どもが好きという理想だけではやって行けない教育の世界を覗き見したようで「先生、ほんとお疲れさまです……」とスクリーンに向かって労いの言葉をかけたくなった。

未就学児を抱える友人たちは皆、「小学校に入ったら少しは楽になるかも……だからもう少しの辛抱じゃない?」と自らを奮い立たせている。当然のことながら筆者も同じ思いだ。

だけど、小学校に入ったら乳幼児期特有の悩みは解消されるかもしれないけど、また新たな種類の悩み、それも質が複雑なものに進化していくのではないだろうか。

さらに子どもが自分の手に負えなくなる可能性を思うと、楽観視するのはまだまだ早そうだ。せめて自分がモンスターペアレントにならないように、と肝に銘じたい。


その次は尾野真千子さん演じる母親が3歳の娘に手をあげてしまうエピソードだ。
その背景や事情について多くは語られないが、夫は海外赴任でなかなか帰ってこないことから、1人での子育てに行き詰まり、育児ノイローゼの真っ只中なのだと想像できる。

動きたい盛りの娘はしょっちゅう物を壊したり落としたりしてしまうし、注意しても聞かない、聞けない。3歳だからそれは当たり前だし、なかにはママに構ってもらいたくてわざとやっていることもあるだろう。

だけどそれが許せないあまり、目のふちに涙を溜めて、行き場のない怒りに肩を震わせる姿はまるで少し前の自分を見ているようで胸がずきずきした。

ママ友たちと一緒にいるときに笑顔を見せるものの、いつも心ここにあらずといった感じの浮かない表情。この顔にも見覚えがある。私も以前はきっとこんな顔をしていたんだろう。

実際子どもに手を上げているか、いないかだけの違いで、孤独な思いをしている母親は、多かれ少なかれこんな表情だろう。


子どもを軸とした付き合いでは、どうしても話題の中心は子どもになってしまう。
子どもが言うことを聞いてくれなくて、とこぼすことはできても、自分自身を主語にして、こんな風に悩んでいる、苦しんでいる、と語るのは難しいかもしれない。

私自身も妊娠・出産を経て仲良くなった友人と、悩みを打ち明けられる関係になるまでには時間がかかったし、「こういう深刻なことを話しちゃっていいのかな、引かれないかな」と二の足を踏んでいた。

話してみると、相手も「じつは私もこんなことで悩んでいる」と答えてくれて、そこからぐっと距離が縮まったのだけど、あの時勇気を出して切り出さなければ、ずっと自分の感情に蓋をしていたのだろう。

そして放出されなかった感情は発酵するように奥底に沈んでいってしまったのかな、それとも映画のこの母親のように、娘を傷つけるようになっていったのかな、と考えるが判断がつかない。

何となく「子育て中の母親にはよくあること」みたいなぼんやりしたイメージで片付けられているけれど、産後うつも、育児ノイローゼもれっきとした病だ。

こういう性格の人がなりやすい、という傾向はあっても、こういう人は絶対ならない、なんていう確証はどこにもない。

子どもが欲しいと思ったらすぐ妊娠して、つわりもなくて、お産も軽くて、子どももグズらなくてよく寝てくれて、関係のいい家族が近くにいて、夫も積極的に家事育児に参加してくれて、経済的にも不安がなくて、産休・育休も十分に取れて、保育園もすぐ見つかって……と、「こうだったらいいな」を挙げていけばキリがないけれど、すべてが順風満帆な人なんてそうはいない。

こんなはずじゃなかった、と思うことはザラにあるし、誰だって産後うつ、育児ノイローゼの穴に落ちる可能性がある。

だから映画を見ている最中、とても他人事とは思えなくて何度も涙が流れた。そして私だけがこんな思いをしていたんじゃないんだとほっとした。それは映画や小説の中だけではない、どこにでもある、誰にでも起こり得る話だった。


本作品には「抱きしめられたい。子どもだって。おとなだって。」というキャッチコピーが付けられていて、ポスターには高良健吾さんが子どもを抱きしめ、尾野真千子さんが抱きしめられているショットが使われている。

大人になると抱きしめられることなんてあまりないし、子ども以外を抱きしめることもあまりないけど、人の体温がそばにある感覚を想像すると悪くないんじゃないかと感じた。

これからママになる身近な人たちが、もし孤独に陥ったら抱きしめてあげたい。
抱きしめるくらいで、少し元気になったり、気持ちが楽になるのであれば、いくらでもするってものだ。

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。