7月初旬、乳児を育てている身には大変ショッキングなニュースが飛び込んできた。

“偽「母乳」ネット販売”事件。

この件に関しては毎日新聞が熱心に追いかけており、関連記事がまとまっている。
ニュースまとめ 偽「母乳」ネット販売(毎日新聞)
http://mainichi.jp/topics/life_20150703_1315.html

“母乳”のネット販売については、アメリカの事例として2013年に当サイトでも取り上げたことがあったが、
【米国発】驚きの母乳売買サイト
http://mamapicks.jp/archives/52101635.html

自分にとってより身近な日本でも、いつの間にか流通されていたことがショックだった。

■子持ちに付きまとう「不安ビジネス」という存在


幼い子どもが身近でない人には、おそらく理解が難しかったであろう今回の事件。ネット販売されていた「母乳と思われるもの」は、“母乳信仰”に追い詰められた母親にとって最後の砦のように見えたのだろう……というのが各ニュース記事の論調だ。

筆者が母となって約5年。思い起こせば、育児界隈には定期的に不安をあおる人々とそれを利用したビジネスが、寄せては返す波のようにやってきた。

子どもの飲食に関係するもの、病気に関連するもの、予防接種の賛否、「これを使えば絶対に大丈夫」とうたうもの……。

同じ人が何度もだまされているケースもあるだろうし、新たに親となった人が次々巻き込まれていくケースもあるだろう。

この数年、本当に何人も「あーあ……」という気持ちで見送ったし、誘いを何度も断った。

初めての育児→わからないことの連続→疲弊→とりあえずググる→たいていがネガティブな記事で不安になる→そんな中一筋の光が見えた!(……ような気がする)→妄信!

この思考パターンはわからないでもないが、そんなときには「詐欺というのはどういうロジックで成り立っているのか」ということを、一度立ち止まって考えてみたい。

しかし、なぜか妊娠・出産・育児界隈には、一見怪しいかどうかがわからない「言いだしっぺ本人がよかれと思ってやっている無意識なデマ」が横行しているのも事実だ。それも医療関係者がネタ元だったりするとややこしい。

大事な子どもをいろんな脅威から守りたい気持ちに変わりはない。でも、だまされずにすむにはどうしたらいいのだろうか。

■くりかえす、限りなく黒に近いグレーなもの


「ズンズン運動」という名前を覚えているだろうか。

「ズンズン運動」と称した乳児向けの独自健康法で、生後4ヵ月の男児を死なせたとして、元NPO法人理事長が業務上過失致死容疑に問われた2014年の事件。

冷静に考えれば、乳児の首を激しくひねった写真などを見て、そこに通わせようと思う人はいないだろう。しかし「病気をしにくくなる」「自律神経を整える」「アトピーが治る」などとうたわれると……心が揺れるかもしれない。

子どもの病気はつらい。

なんで自分じゃないのだろう、どうして代わってあげられないのだろう。小さくてまだ言葉もしゃべることができない子どもが、苦しんで泣いているのは大変につらい。

保育園に通い始めても頻繁に病気をするので、まともに通うこともできない。
この場合は子どももつらいが、親もまたつらい。

「この運動をすることで、すべて治りますよ!」

追い詰められて疲れているとき、そんなふうに言われたら、どうだろうか。
それが“藁”かもしれないがとりあえず掴んでしまう気持ちは、否定できない。

逆に「えー!」と思うものの、現在の医学的にはそのほうが主流という対処法もある。新生児のドライケアなどがそうだろう。

変わり行く育児のトレンドとそれに追いつかない人々。そのへんがコトをややこしくしている気がするのだ。


乳児をめぐるショッキングな事件は、赤ちゃんが大きくなるにつれ、親の記憶からは忘れ去られ、その親たちは新たに「幼児をめぐる事件」のほうに目が行く。

現在乳児の親である人々は、事件があった当時は子どもがまだおらず、他人事だったがゆえに覚えていない。

人というのは“自分ごと”以外にあまり目が向かないのだろう。

「昔こんなことがあったのよ、気をつけて!」と次の世代に伝言していくことと、「私たちの時代の育児はこうだった」と押し付けてしまうことは、上手にやらないと混同されがちだ。

■データとエビデンス


以前筆者は下記のコラムで、『産婦人科医ママの妊娠・出産パーフェクトブック』(メタモル出版、以下同)という本を紹介しているのだが、
出産&育児の常識が変わった? ――知識のアップデートと情報取得の複線化
http://mamapicks.jp/archives/52162925.html

このシリーズはほかにもあって、『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』、そして出版されたばかりの『乳幼児から高校生まで! 管理栄養士パパの 親子の食育BOOK』を最近立て続けに読んだ。

Q&Aをぱらぱら読むだけでも内容がわかるので、急な対応を迫られているときにも便利だし、詳細情報には引用元の一覧なども出ているのでゆっくり読んで納得もできる。

これら著者たちおよびその関係者(産婦人科医、小児科医など)のTwitterアカウントをフォローしているが、フォロワーからの質問に答えるやり取りを見て、最近流行っている“トンデモ医療デマ”情報を掴むことができるし、「知らなかったけどじつはそうだったのか!」と驚くことが日々続いている。

ちょうど先日、某タレントが子どもへの牛乳の害について発言して話題になっていたが、最近槍玉に挙げられがちな白砂糖や牛乳についても、『管理栄養士パパ~』のほうでしっかり解説されている。

ここ数年ですっかり「これ、デマかも?」と思しき案件には、「データは? エビデンス(根拠)は?」と切り返す癖がついた筆者であるが、だいたいは無知に付け込まれてだまされることがほとんどなので、冷静に、俯瞰で、科学的根拠をきっちり調べる。それが、まだ自分で判断ができない小さい子を持つ親として最低限できることではないかと思う。

折しも「すこやか」ブランドの粉ミルクなどでもおなじみのビーンスターク・スノーは、1960年、1989年と過去2回、年代を開けながら実施してきた全国母乳調査および研究をこのほど新たに行うことを発表している。現代社会の食生活の変化や生活環境影響の解明のために実施されるそうだ。企業努力によりエビデンスが増えることはありがたい。
ビーンスターク・スノーの母乳研究
http://www.beanstalksnow.co.jp/labo/milk/

■“母乳”はまだまだ闇の中


“偽「母乳」問題”から過度な完母主義への異議も出ている昨今だが、栄養素が不足しない状態であればどちらでもいい、とニュース記事に医師がコメントするとともに、医師間であっても立場や主義などで方針が揺れている感じを受けた。担当医の助言、助産師のアドバイス、WHOのガイドライン……。どれに従えばいいのか混乱してくる。

ちなみに筆者であるが、子どもは二人とも混合で育てている。

これにはいくつか理由があり、まず「母乳じゃなきゃ絶対ダメ!」とあまり思わなかったこと。
二人目に関しても同じようにしているのは、上の子を混合で育てて、さほど困らなかったという“実績数=1”があるからだ。

次に、帝王切開の都合上。
母乳スパルタの病院などはすぐさま授乳を開始すると聞いているが、極度のヘタレである筆者は、できるだけ痛くないほうを選択した。今回も術後1日は完全に動けなかったので、新生児室で対応をお願いできてよかった。

そして、“私じゃなくても大丈夫な状態”を早く作りたかったこと。
保育園に預ける方針だったので、早いところ哺乳瓶になれて欲しかったのもあり、私以外の夫や両親たちでも授乳ができれば、周りも楽しいし、私には自由な時間ができる。

それでも「初乳には免疫も栄養もたっぷり」という情報を聞くと、混合なりにあげてはいるものの心が揺れるし、「ミルクだけでOK!」と言い切ってくれる文章もあまり見かけないのが少しだけ引っかかってはいる。

■母乳じゃなくちゃいけないの?


先日、次男を抱っこしてバスに乗っていたところ、乗り合わせたご婦人(推定70代)から、

「あら、かわいいわね、母乳?」

と、「かわいいわね」からの唐突な「母乳?」という、この都市伝説だと思っていた質問を、母親5年目にしてはじめて受けたのだ。

「両方です」というとご婦人は微妙なリアクションをして、それ以上突っ込んではこなかったが、初めての出産でこの質問をされたら、私がいけないのかしらと気に病んだかもしれない。

しかし、今ならおそらく、めんどくさい質問をされても「うっさい、ほっとけ!」と毎回心の中で思うことだろう。


第一子のときは職場復帰後の母乳トラブルで早いところ断乳したくて仕方がなかった筆者である。

医師からは薬で止める方法もあるからといわれたので、同じ病院の母乳相談に行くも、助産師から「朝晩の授乳でがんばって」としか言われず、母乳についてはあまりいい思い出もなく、1年で授乳は終了した。

第二子は、生後2ヵ月で子どもが入院という出来事があり、搾乳を毎日届けたが結果として、出る量がそれ以降極端に減ってしまった。しかし、保育園生活にはちょうどいい分泌量で落ち着いたので、今は混合生活を楽しんでいる。

乳児育児も2回目で、赤ちゃんに対する余裕もあるので、今は「噛まれても授乳楽しいな、1年より長くてもいいな」と思っているところだ。

育児全般そうだと思うが、こと母乳に関しては体質や状況などで千差万別だ。何がいいとか悪いとかではなく、「TPO」で「だいたい」で渡っていけたらいいなあと思っている。

母乳云々の件に関しては、元プロレスラーの北斗晶さんがブログで語った「出ないもんは出ないんだよ。」これ以上、簡潔で的確な指摘があるだろうか。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。