NHKの朝ドラをよく見る。もう、面白いとか面白くないとかに関係なく、ほぼ習慣、いやなかば義務感のようなものである。現在放映中なのは「まれ」。パティシエになる「夢」を軸に主人公・希(まれ)の人生が描かれている。

このドラマ、ケーキまっしぐらの前向き元気話で進むのかと思ったら、希が結婚したあたりから、女性が結婚、妊娠、出産でぶつかりがちな壁が、どんどん出現し始めた。決してセンセーショナルでも深刻すぎでもなく、どこかショーケースに並ぶケーキのように、丁寧に、きちんと、陳列されている印象だ。

とくに先週は、希の妊娠~出産、仕事の再開までが一気に描かれ、この時期の「よくある問題」の教科書のようだった。そこで希の幼なじみ、友人の一子(いちこ)が、「女の人生って障害物競走みたい」と言うシーンがある。

そう、希は、かなりケーキ一直線だったのに、結婚後、その「夢」への道をかなり軌道修正してきたのだ。


■《軌道修正1》パティシエ休眠 ~ 家族をサポートする、という選択


横浜でパティシエ修行をしていた希は、能登で漆職人をする圭太と遠距離別居のまま結婚する。結婚しても変わらず仕事に全力投球の生活が続く。

ところが、横浜でシェフにも認められフランス修行目前、というところで、夫の圭太が仕事上の一大事に陥っていることを知り、希は能登で圭太をサポートすることを選ぶ。落ち着いたらパティシエに戻る、という決意のもと、フランス行きという大きなチャンスを見送る。

朝ドラ的ヒロインなら、障害物をパワーで乗り越えちゃうのが王道だろう。でも希は乗り越えずに別の選択をする。「あら、ここまでやったのに、フランス修行、選ばないのか」……と、もったいないほどの、軌道修正をしちゃうのだ。

■《軌道修正2》家族と離れず自分の夢も ~ 50%のパワーでも再開するという選択


パティシエから完全に離れ夫の家業のサポート100%状態から落ち着き始めた頃、希は能登で自分のケーキ店を開く決心をする。

家族とは離れない、でもサポートを50%に減らして、残り50%の力と時間で店を開き、パティシエ業をするという選択だ。これまた夢を追いかける主人公なら、イチかゼロかで全力疾走、パティシエ100%の生活に戻る、となりそうなものだけれど、そこが違う。ハーフ&ハーフの選択。

その時点で自分の店を出すのがキャリアとしてベストな選択肢ではなくても、100%のパフォーマンスが出せなくても、やっちゃう。そういう選択肢もアリなのだ。

■《軌道修正3》妊娠は、もう、どうにもならない ~ 一時停止


店をオープンしてまだまったく軌道に乗らないうちに、こんどは双子の妊娠が判明。もうなんだかこれって手詰まり感満点である。大きな決心をして融資を受けて間もないっていうのに……。

妊娠・出産は、女性はどうしても身体が空かない期間があるので、どんなに工夫しても「まったく同じ状態キープ」では乗り切れない。

お店どうしよう!とおろおろ悩みながらも、夫や周りの人たちの協力体制でなるべく短い休業目標を掲げ、お店の一時休業を決める。休業はかなりの痛手だ。でも、リスクを背負ったまま休むしかないことを受け入れる。

■《軌道修正未遂》子どもの一大事 ~ 「子どもか仕事か?」


新生児育児に突入し、まだケーキ店の再開前、希は単発の依頼でケーキを作ることになる。夫に託したその数時間にたまたま双子の赤ちゃんひとりが高熱を出して入院してしまい、希は「子どもの命」に関わるかもという大きな恐怖を感じる。

ショックが大きく「自分は子どもより仕事をとった」と責任を感じてしまい、店を再開する気持ちもずいぶん揺れた。

結婚すると「夫の一大事」、妊娠出産で「自分の身体の一大事」、そして、子どもが生まれると、今度は「子どもの一大事」という要素が加わるわけだ。

赤ちゃんの高熱は幸い大事には至らなかったし、希は育児の大先輩や夫や周りの人たちから、大切な視点と勇気をもらい店を再開する決心ができたので、軌道修正未遂に終わったけれど、「子どもの一大事」で自分の仕事を大きく軌道修正する人も実際にはたくさんいるだろう。

■《次の軌道修正予測》これからフランス修行に行く?


今週に入って、子どもたちが小学生に成長したところまで一気にワープ。ケーキ店も軌道にのるなか、希は結婚や出産で「夢」へのスピードダウンをしたことに改めて向き合っている。

どうも、ここからもうワンステップ踏み出すんじゃないのかなぁ、踏み出しちゃえば?とちょっとそんな期待をして見ているのだけれど、でも、今日(9月4日[金])のストーリーではまだ子どものことで悩んでいたし、どうなのかなぁ……。

■全力投球じゃない「柔軟な軌道修正」


希が軌道修正に際してぶつかった問題は、結婚・出産を経験した女性が相当な確率で遭遇する問題ばかりだ。

それを100%のパワーと高い能力でまっすぐに乗り越えてしまうのではなく、休眠あり、思い切り失速あり、50%パワーもあり、迷いもあり、なんとなく継続もあり、そして、思い切り再加速も(きっと)あり……そういう描き方をしているところがいいなぁ、なんだか貴重だなぁ、と思うのだ。

「夢」でも「仕事」でも「やりたいこと」でも、そこに向かう道は、長い目で見て、緩急があっていい、でも完全に手放してゼロにはしないでおこう……そういうメッセージを感じる。

「女性らしい壁」にぶつかった時に、イチかゼロか的な選択をすると、ため息が出たり怒りを覚えたりしやすい。多くの女性が今、そういう選択をせざるをえず、顔をくもらせている気がする。

希は眉間にシワを寄せず世の中に怒りもせず、なんだか柔軟に自分の道を調整していく。それを支えているのは、相当あったかい大家族的な周りの人たちの存在と、希が周りの人を信頼して頼れる素直さなのかもしれない。

狭いマンションに閉じこもった核家族的環境とはかけはなれているし、朝ドラ的な素直すぎ/恵まれすぎ/都合よすぎ感ももちろんあるとは思うけれど、「イチかゼロじゃない柔軟な軌道修正モデル」を描いている、と見ると、『まれ』はけっこう大切で貴重な視点を届けてくれているような気がするのだ。


子育てを始めて一番重要だと感じたのは、こういう柔軟性。必ずぶつかる問題に対し柔軟にしなやかに生きるには、「夢」に向かって全力疾走で走り抜ける力よりも、失速しても休眠してもその「夢」にずーっと片手をかけたまま離さないでおく、という工夫の方が大切なのかもしれない。

狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。