息子が生まれた年のクリスマスイブ、私は生後3ヵ月の乳児の授乳の合間の細切れ時間にオーブンをフル稼働させた。

アップルパイを作り、鶏の丸焼きを作り……。だらだら絶え間ない授乳に加え長く、眠らない息子のペースからして、抱っこも授乳もしないでいられる時間はものすごく短い。焦る。

別に来客の予定もない。息子はまだ何も食べられない。食べるのは私と夫だけだ。

今なら思える。「いったい何をしているんだ?!」と。
なんだって3ヵ月の赤ちゃんがいるそのタイミングで、クリスマスにがんばって料理をしなきゃいけないんだ。なんのためにそんなにがんばっているんだ。そんなことより、いいから宅配ピザでもとることにして、体を休めるために寝ときなさい。今すぐその調理の手を止めて……。


■あれはいったい何だったのか


料理が得意なわけでも好きなわけでもない。別に、夫のために頑張っていたわけでもまったくない。もともと雑な夫婦ふたり暮らしが長く、家事もお互い適当にやっていた。

普段たいして使わないオーブンは、途中で機嫌が悪くなり、休ませないと動かなくなり、そもそも無謀だった時間配分は破綻し、結局夫とふたりがかりでどうにか仕上げた。

授乳中のお酒の飲めない身で、絶え間ない授乳の中、どう食べて楽しんだのか、そこはもうあまりよく思い出せない。おそるおそる日付をたどって昔の写真データを見てみたら、でき上がった料理の並んだ座卓の前で、やたら笑顔でクリスマス的な帽子をかぶっている自分と、1mmほど目を開け、寝ているか起きてるかわからない、そもそも世の中の認識すら微妙なムードでふにゃっとした身体で抱っこされた赤ちゃんが写っていた。

今、客観的に見て、正直に言えば、微笑ましいというより、もう、かなり痛々しい。
とにかく息子が生まれてからいろいろなことが起きて、当時は大変だと自覚する余裕すらなかった。多分、気力も体力もけっこうギリギリのところでがんばっていた時期だった。その、ハイな笑顔をいったい何が支えていたのか、なぜ、そうまでしてパーティー的な調理をしなければいけなかったのか……。

写真を見ていてだんだん思い出してきた。あぁそうだ、私はこの子と一緒にものすごく「クリスマス」をやりたかったんだ。子どもにとってのクリスマスって、なんだか気持ちがそわそわしてワクワクして、いつもとちょっぴり違う料理があって、家でふわふわダラダラ過ごして……。それは「子どもにとって絶対にやらなきゃいけない楽しい行事」だったのだ。

生まれて初めてのクリスマスイブに、パーティーをしないなんて「ありえない」し「絶対いや」だったのだ。

■誰か止めて!止められる?


でもね、客観的に見て、生後3ヵ月の乳児をかかえて頑張ることではない。
どう見ても判断を誤っている。作ったところで3ヵ月の乳児は何も食べられないのだ。どうしても何かやりたければ、適度にパーティーっぽさを演出して、手を抜き時間をかけない方法はいくらでもある。

そういえば、夫は言っていたような気もする。

「作ることないよ、ピザとれば?」

でも、当時ふたり暮らしの間になんとなく定番化した鶏の丸焼きとアップルパイというクリスマスの特別企画を、「ふたりですらやっていたのに」、子どもがいるのにやらないなんて選択肢は、私の頭の中になかったのだ。

「やりたいイメージ」が先行し聞く耳を持たず、なぜか「手を抜いて諦める」とか「何もやらない」という選択肢にだけは向かえない。緊縮財政の折、買うより作った方が安上がり、という側には踏ん張ってしまう。まったくバランスに欠けている。

「やらなくていい」と言うのは簡単だ。「手をぬけばいい」と言うのも簡単だ。そして、それは論理的に完全に正しい。どう考えても間違っていない。

でも、それを受け入れるには、「やりたいという気持ち」と「こうしたいというイメージ」をどこかに投げ捨てなければいけない。それが一番苦しくて、できないことなのだ。

当時の私に、今の私が声をかけられたとして、果たして受け入れられただろうか……。

■「やらなくていい」「手をぬけばいい」が通じないわけ


たぶん、「やらなくていい」「手をぬけばいい」は通じにくい。

子どもがいる家族のイメージっていうのは結構強烈で、「こうあるべき」とか「こうしたい」っていうほわっとした幻想がもくもくと頭の上に展開される。出産初年度はとくにそれが強い上、どのファミリーイベントにも「初」がつき、何倍にもなる。

状況からして明らかに無謀なのに、無理して何かをやろうと焦っている妻に、夫が「やらなくていいよ」「手を抜けば?」と言っても、きっとそれは「やっちゃいけないの? 手伝ってくれればいいでしょ!!」という反応を呼ぶだろう。

論理的な解決策と「無理しなくていいんだよ」という趣旨は多分伝わらない。あぁ、私にも身に覚えがある。言葉を重ねるうちに喧嘩になるから、ファミリーイベントは好きなのに嫌な思い出も多い。

ケアしたり処理しなければいけないのは「やりたい気持ち」とか「こうしたいというイメージ」の方なのだ。そして、これはなかなか厄介だ。

■「やりたい気持ち」は貯金しよう!


当時の自分に説得を試みることにしよう。

≪やりたい気持ちはすごくよくわかる。でも、今は時間的にも体力的にも限界だよ。だから、そのやりたい気持ちは一旦貯金して、来年にとっておくということでどう? この月齢の赤ちゃんとパーティーするなら、料理をするよりケーキだけ買ってクリスマス気分を出す方がゆったり楽しめるよ。来年は赤ちゃんの反応ももっとはっきりしている頃だし、今年は無理しないで、成長に合わせて少しずつアップグレードすることにしてさ。ケーキは安いのを買えばいいよ。≫

あぁ、これで説得にのるかなぁ、あの頑なさを壊せるかなぁ……。

「諦めよう」とか「手を抜こう」という説得は、まったく面倒なことに「諦めなければ/手を抜かなければ」という「努力」の要求に転じやすい。やりたい気持ちを一旦貯金して、ちょっと延期するつもりになる。そして、クリスマス全部をやめるのではなくて、ケーキを買うかチキンを買うか帽子をかぶるかクリスマスっぽい音楽をかけるかクラッカーを鳴らすかツリーをかざるかジングルベルを歌うか……どれか1~2個だけ選んで、それでちょっと我慢する。いや、満足する。

そんな風に「やりたい気持ち」や「イメージ」に折り合いをつけて、できない部分を受け入れられたらいい。

あれから数えて10回目のクリスマスがもうすぐやってくる。今年の状況だと、どのくらいの「ほどほど」ならできるかなぁ……。無理なくできる範囲にきっちり線を引いて、その内側でだけ、うんと楽しく過ごすことにしよう。

【関連アーカイブ】
産後初年度イベントは火種だらけ? ~がんばり過ぎるくらいなら手抜きが吉~
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狩野さやか狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。