ひさしぶりに長男のお迎えに行った。

保育園が兄弟別園になっている我が家。普段は夫婦で送迎を分担しているので、夫がよほど遅くならない限りは、次男を拾ったあと、私は直帰してしまうことが多い。

保育園はたまに行くと、いろいろな変化に気づく。

幼児クラスになると身支度を自分でさせるため、親は廊下で待っていることが主なのだが、忘れ物がないかどうか、それに久々のお迎えだし……とクラスの部屋をのぞいてみた。すると、歌の歌詞と思われる大きな紙が壁に貼られていたのだ。

「これなに?」ときくと、長男はその場でジャイアンばりに歌ってみせる。
抱っこ紐の中で寝ていた次男は、突然の“リサイタル”に飛び起きたのだった。
「これね、せいかつ はっぴょうかいで、やるんだよ!」

「生活発表会」「おゆうぎ会」「劇遊び」……。
園によって呼び名は異なると思うが、秋から冬、そして年度末にむけて、なんらかの発表会が行われるところが多いだろう。

長男たちのクラスでは、今年は絵本をもとにしたミュージカル劇を行うとのこと。
そして、0歳からの保育園の5年間で、彼らが劇を行うのは初の試みになる。


■舞台の楽しさを教えたい、“おせっかいな先輩”


筆者は小中高と演劇部に所属していたことがある。

小学校のときのクラブ顧問は、奇遇にも演劇界でそれなりに有名な先生であり、学年主任でもあったため、我々の学年劇は大きな大会に何度も出た。

中学校の顧問もこれまた有名な先生だった。
蜷川幸雄よろしく、怒るといろいろなものが飛んできたが、怖いより楽しいほうが勝っていたので、充実した部活ライフを送っていた。都大会や全国大会、地方遠征したこともいい思い出だ。

高校では自分たちで脚本や演出を行うこともあり、小劇場の舞台もたくさん見に行った。当時の仲間は、現在役者を本職にしているものもいる。

並行して筆者は児童劇団にも入っていたので、私の十代の記憶はほとんどが舞台の上だった。


滑舌があまりよくない長男に、じつは2歳のころ、「あめんぼあかいな あいうえお」でおなじみ、北原白秋の『五十音』を練習させたことがある。

あ行、か行までは調子よく進むも、さ行でつまずき、「もう、むりでしゅ!」という2歳児のかわいい言い方に、我々はお腹が痛くなるほど笑った。

……それから3年。
さほど滑舌がよくなったとも思えない長男だが、ヒアリングの結果教えてくれたのは、「何の役なのか」とセリフがひとつ。台本が配られるわけでもなく、それ以外の情報がほぼ得られなかったので、練習に付き合うわけにも行かない。

そこで、私は彼が本番で困らないように、ちょっとした入れ知恵をした。

【1】「お客さんの頭より、ちょっと上を見ると、緊張しないよ。」
【2】「せりふを言うときは、ゆっくり、はっきり。動きはいつもより大きく。」
【3】「せりふを忘れたり間違えちゃっても、あわてないで、役になりきったまま続ければいいよ。」

役決めはそれなりに時間が掛かったようなのだが、何日かするうちに自分の中でやりたい役が見つかったのか、「○○をやるの。かっこいいんだよ~。いちばんえらいんだよ~」と、自分の役に愛着が出てきたようだった。


さて、全貌がまったく見えないまま当日を迎えた。
私は長男に、「楽しんでね! やるほうが楽しいなら、見る人も楽しいはずだよ!」と声をかけ、送り出した。

自分が出る舞台でも、土壇場はいつもそうだった。
とにかく、楽しむこと。

演者が楽しんでいない舞台は、見ていてもつまらないだろう。

■「20人すべてを輝かせるために!」先生の苦悩


なにぶん狭いホールだったので、乳児と幼児は入れ替え制で行っていた。したがって筆者は3歳児クラスの時間帯から見ていたのだが、幼児は3クラスとも今年は劇に挑戦していた。

3歳児にせりふを覚えさせる指導はさぞかし大変なことだったろう。
つたない喋りでなんとか終盤にこぎつけ、終わった後にホッとしてふざけだす3歳児たちの姿に、なんだかキュンキュンした。

続いて長男たちのクラスが入場した。
毎年、生活発表会はどの位置でスタンバイすればよく撮れるのか、それがわからないまま本番に突入するのだが、今年は本人が自分の立ち位置を把握していたので、事前に教えてくれて、いいポジションを取ることができた。

演目の、最初のセリフが長男であった。
これはその後の流れを左右する大きな役目であったろうから、よくがんばったと思う。

それぞれが自分の出番じゃないときに遊んでしまうなど、“年中さんクオリティ”ではあったが、本人曰く「きょうは100てん!」。

通し練習の日には「自己評価・1点」だったので、大きな成長といえよう。

「いわれたふうにやったら、きんちょうしなかったよ! ありがとう!」

楽しかったなら何よりだ!と、私は長男の頭をワシャワシャなでた。


ところで、どの学年の出し物も、いかにクラスメートの出番を同じくらいにするか、よく練られていたように思う。

よくネタとして聞く、“主役が10人”のような興ざめする演出でなく、かつ不平等感をなくすのか。

私たちのころはもっと配役が雑というか、近年のように保護者がハードクレームを入れる事例も聞かなかったし、学芸会の役はシビアに決められていたように思う。主役以外は半分エキストラ扱い、ということも起こり得た。

長男たちの演目も、出ずっぱりの子とそうでもない子があったが、それは仕方のないことで、クラスに20人もいたら、「いっぱい出ていたい子」と「そうでもない子」にわかれるのは必然だろう。彼らは絵本を読んでお話を理解して、希望を出して役についた、とのこと。

これが年長さんになると、子どもたちが立候補して、かぶった場合はオーディションが行われたという。

こうして数年かけて子どもの自主性を伸ばしていくのだなあ……と思うと、保育士の先生方の努力と工夫には頭が下がる。

そんな年長さんの出し物。
3歳・4歳と、かわいらしくつたない台詞回しを見てきたところに、突然、芝居然とした口調が聞こえてきた。5歳児クラス(年齢はほぼ6歳)になると、急に劇としての精度が上がるようだ。この1年間で子どもがどんな成長をするのか、俄然気になりはじめた。

■定点観測としての「発表会ビデオ」


次男の保育園では、乳児クラスの出し物はなかった。
乳児については園のイベント参加の是非が定期的に議題に上がるようだが、一挙手一投足に保護者席が沸くような、“赤ちゃんの、赤ちゃんらしい出し物”を楽しみにしていた筆者としては、少しさみしい。

我が家のリビングには、ベビーモニターとして利用しているiPadが置いてあるのだが、先日、その中に動画が入っているのを長男が見つけ、再生していたと母から聞いた。

「なんのやつ?」

帰宅した私がたずねると、長男が慣れた手つきで再生する。
それは、長男がまだ0歳児クラスだったときのおゆうぎ会の様子だった。

長男は1歳児クラスで転園してしまったので、映っているのはしばらく会っていない子どもたちだが、「この子は○○ちゃんだね、前に公園であったね」「この子はたぶん小学校でまたいっしょになるね」など話しながら見た。

音にあわせて踊る、1歳になりたての長男の姿に、やはりのちにダンスが好きになる要素があったのだなあ……と、懐かしさにふけっていた。

「あ、ハイハイした!」

舞台上をハイハイで移動するその姿は今の次男にそっくりで、みんなで笑ってしまった。

……ああ、思い出してきた。
1歳児クラスのときは、なぜか前説をはじめて客席の笑いを取った長男。そして2歳児の演目、3歳児のときの演目……。

タイムライン上に並べてみると、毎年できることがぐんぐん増えているのがわかる。

さて、来年は保育園の最終学年。
どんな出し物を見せてくれるのだろう。そして、1年の成長をどんな風に感じさせてくれるのか、今から楽しみにしようと思うのだ。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。