過去数回にわたり、「早生まれの保活」をテーマに、早生まれとなった筆者の次男について保活状況を書いてきたが、それも今回で最後となる。

昨年の2月末に生まれた次男は、直近の4月入園には申し込みが間に合わなかったものの、なんとか5月入園に滑り込み、私立認可園の0歳児クラスに通うことができた。

しかし片道45分、バス2本乗り継ぎという環境。我々夫婦は次第に気力体力ともに奪われ、1歳・4月のタイミングで、長男が通う区立保育園に転園を申し出ていた。

……というのがこれまでのお話だ。


【関連アーカイブ】
早生まれの保活 ―― 現在進行形の実録 (2014年12月)
http://mamapicks.jp/archives/52165831.html
早生まれの保活 ―― 出産~新年度を迎えて (2015年5月)
http://mamapicks.jp/archives/52176849.html
終わらない保活 ――1歳児入園のハードルの高さ (2015年12月)
http://mamapicks.jp/archives/52191952.html

■今回がきょうだい加点のラストチャンス


筆者の居住区は、2月下旬に認可保育園4月入園の結果が郵送された。

結果通知が到着する日までのカウントダウンがはじまると、緊張による吐き気でどうにも体調が悪い日が続いたのだ。

次男を連れて長男を迎えに行った日、担任が「4月になったら来られるといいねえ、待ってるよ!」と、次男に声をかけたことがあった。
保育課からの封筒が、我が家に到着する前日のことである。

≪……これは!?≫

時期を考えると、先生たちには4月入園者リストが届いているのではないか?
その中に筆者の次男の名前があったのではないか……?

すこしだけ、すこーしだけ、淡い期待を抱いたが、期待したあとがっかりしないように、いくつもいくつも、すぐに悪い想像をするのであった。

次年度で長男は5歳児クラスになる。
きょうだい加点がつくのは、今回の4月入園がラストチャンス。

両親ともフルタイムの40点に、(きょうだい在園認可への認可間転園について、の)きょうだい加点+1と、夜間保育加点+2がついていると思っていた。

■2016年度の保活は甘くなかった!近年まれに見る激戦……


4月入園の書類には、悩んだ挙句、近隣の私立認可園も第二希望として記入していた。そして、まだ自宅で封筒を受けとる前、保育課に第一希望園のボーダーラインを問い合わせた。

「42点ですね」

長男が1歳で転園した時には40点だったボーダー。去年ですら41点だったのに、今年はさらに1点上がっている。これは、認証園からの転園以上でクリアできるポイントであり、認可から認可のきょうだい転園加点では勝てない点数となる。

……急に不安になってきた。
そういえば、夜間保育のポイントって、どういう基準でつくのだろう? 公にはされていないその基準の内訳。事前にしっかり確認していなかったことを、突然後悔しはじめたのだ。

次男を拾って帰宅した、21時。
郵便受けには、保育課からの封筒が確認できた。
宛名の窓から、封書の内容が少しだけ見える。

「保育所利用決定」

ひとまず、次年度も今の園に残留……ということはなくなった。
問題は、どちらの園になったか、である。

家に入ると、実母と先に帰宅していた長男が出迎えた。
私は待ちきれず、次男を抱っこ紐から降ろす間もなく、封筒をびりびりと開けはじめたのだ。

「……マジかー!」

中の書類には、第二希望の私立認可園の名前が記されていた。

なぜだ? ポイント足りているだろ?
いろいろ考えたが、やはり「夜間保育のポイントがついていないのではないか」との結論に至った。

「ごめんね、来年も同じ保育園にいけない」

長男に事情を説明した。弟と同じ園に通うことを一番楽しみにしていたのは彼だったからである。

「へーきへーき、だって、おうちにかえったら、いつでもあえるでしょ?」

そういうと5歳児は再びテレビに見入るのだった。
あなた……結構ドライなのね……。

一番ショックを受けていたのは筆者だったようで、そのあと少しだけ寝込んで、泣いた。

■合言葉は「レッツ・ポジティブ!」


『保育園落ちた日本死ね!!!』という過激なタイトルのはてな匿名ダイアリーが話題になり、安倍首相もその存在を知るところとなった昨今である。

筆者も落ち込んでいるとはいえ、保育園に落ちたわけではなく、自宅最寄り駅の保育園に転園が決まったわけで、まあ、死ねとは言わないけど、『きょうだい同園になれなかった自治体謝罪しろ!!!』くらいの気持ちではある。

しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
転園の決定とともに、賽は投げられた。どんどんスケジュールをこなしていかねばならない。

「レッツ・ポジティブ!」

某騒動で名言となったこのコールを繰り返していると、前向きになれる気がするから恐ろしい。心に黒いものが堆積しはじめると、何度も心でそう唱えた。


結果通知の翌日は、長男の習い事で、クラスのお母さんたちと会う機会があった。

「保育園決まった?ってきかれたから、入れなくて違うところになった、って言ったら、みんなが『あー、そうかー……』って。」

長男の付き添いで行った夫から聞いた。

「○○ちゃんのところは入れたって」

……はあ、なんでうちだけ入れなかったのだろう。

いや、トータルで見たら5人の枠に100人応募があったのだから、落ちた人のほうが多いに決まっているのだが、去年の基準なら入れていたものが叶わなかった。

長男のクラスメートで、次男と同学年のきょうだいは全員入れたのに?

■育休が取れない早生まれはすべてにおいて詰む


「そうですねえ、ポイント、41ですね」
「きょうだい加点のみってことですよね」

保育課の担当者からきいた話では、選考時期の夜間保育日数が足りず、ポイントがつかなかったのとのこと。

明確な基準もしっかりきいて、一応は納得した筆者だったが、通常であればついたはずのポイントであった。

―― 子どものためを思って、けっして近くない、100%健康体というわけでもない実家に応援を頼んだり、無理して早帰りしたことが、結果的にきょうだい同園を阻んだ。――

そのことについては少しモヤっとしているのだ。

ここで、ふと考える。
もし筆者に育休がついていれば、1歳・4月入園では43ポイントを持って堂々ときょうだい同園になっていたわけだ。

もし早生まれでも、4月入園の選考に平等に申し込める制度だったなら、生後2ヵ月を待って途中入園できたことだろう。

≪育休が取れない早生まれはすべてにおいて詰む≫

この問題、もうちょっとどうにかならないものだろうか。

2017年から、非正規雇用者の育休が取得しやすくなりそうだというニュースもちらほら聞こえている。もしよかったら、この“早生まれ不遇問題”も、国会でとりあげてはいただけないものだろうか。喜んで赤いじゅうたんを踏みに行くので。

■置かれたところで咲いたほうがいいの?


あっという間に、新入園児面接というのが行われた。
まだ新しい保育園で、建物はきれいだった。何よりも家から近い。これはうれしかった。(じつは長男の通う園より近い)

次男もほどなく場所になじんでおり、リラックスして体重を量られたり、そこらじゅうハイハイして動き回っていた。

健康診断を担当したのはかかりつけ医で、「またお前かー、この間も診たぞ」と言われながら次男の様子をチェックしていた。

医師から「おい、笑え!」と、いつものようにほっぺをプニプニされ、ふくれている次男だったが、ひととおりの面談を終えて、少し悩みはじめた。

「5月入園分から、すぐ長男の園に転園届を出すつもりでいたけど、ここの園がダメな理由があまり思いつかないなあ」

こういうときは書き出してみるに限るのだ。

【長男の園のメリット】
・カリキュラムや、先生や同級生の様子がわかっている
・夜遅くまでやっている安心感
・兄弟が一緒にいられる
・延長料金が安い
・ワンフロアなので、おばあちゃんでもお迎えにいける

【次男の転園先のメリット】
・家から近い
・私立だから融通が利くかも
・持ち物が少ない
・今通っているところよりは延長料金が安い
・進学先の小学校と連携している

……余計にわからなくなってきた。

しかも、長男は来年卒園するという状況。同園にどこまでこだわればいいのか、すべては“私の新しい環境への慣れ”というハードルだけ、という気がしてきたのだ。

年度内の転園は絶望的だろう。
しかし、万が一、誰かが転勤などでやめることがあるかもしれない。そこに期待……いや、すべての可能性をかけて、書類を出すだけ出してみることにした。

しかし、そのリミットは、物心がついてしまう2歳児クラスが限度ではないかと思っている。

もちろん、新しい園が気に入ったらそのままいればいいのだ。
どのみち、長男の園に移っても、新しい園にずっといても、だいたいみんな同じ小学校に行くのだから。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。