「これぞ次世代の名作!」と思えるような素晴らしい絵本を紹介すべく、100人以上の絵本作家を取材した経験を持つ筆者が、独断と偏見からいちおし絵本作家にフォーカスする、「今どき絵本作家レコメンズ」。

第5回のレコメンド作家は、ヨシタケシンスケさん。2013年に『りんごかもしれない』で鮮烈なデビューを飾り、以後もコンスタントに話題作を生み出している、絵本業界が今一番注目している作家の一人だ。

今回は新刊『このあと どうしちゃおう』の刊行を記念した特別編として、ヨシタケさんへのインタビューが実現。『りゆうがあります』や『もう ぬげない』など、「これぞ男児!」という絵本を生み出してきたヨシタケさんに、男児の子育てをテーマにお話を伺った。


『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)

ヨシタケシンスケさんにきく「男児の子育て、どう乗り切る!?」



ヨシタケ シンスケ
1973年、神奈川県生まれ。絵本作家、イラストレーター。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常のさりげないひとコマを独特の角度で切り取ったスケッチで人気を集める。絵本作家としてのデビュー作『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)と3作目『りゆうがあります』(PHP研究所)で、「MOE絵本屋さん大賞」初の2冠を獲得。『もう ぬげない』(ブロンズ新社)はツイッターなどのSNSで大きな反響を呼んだ。2児の父。
http://www.osoraku.com/

―― 鼻をほじる、爪を噛むといった癖を注意され、奇想天外な理由を並べて母親に反論する子を描いた『りゆうがあります』、服がひっかかって脱げなくなってしまった子が主人公の『もう ぬげない』、どちらも男児ならではという印象を受けました。

ヨシタケさん(以下、敬称略):僕自身が男で、男子からの世界しか見ていませんし、2人いる子どもも両方男の子だということもあって、どうしても男子臭の強い絵本になっちゃうんですよね。

―― 世のお母さん方にとって、男児は謎だらけ。「なんで!?」ということの連続です。

ヨシタケ:女性にとっての男子のわからなさというのはよく聞く話ですね。うちの息子たちは今、小学4年生と4歳なんですけど、言われたことをすぐしない、部屋が散らかりっぱなし、よくわからないことをずっとやっていたりする……といったことで、よく嫁に「アホなんか、お前は!」って怒られてます(笑)

母親目線で考えると、うちの子だけこうだと困る、という心配があるんでしょうね。他の子はできているのに、うちの子だけできないんじゃないかというのが、一番ひっかかるところだと思うんです。

でも、その辺はあまり心配する必要ないんですよ。なぜかと言うと、落ち着きのなさも、言いつけの守れなさも、ただ単に年齢からくるものだから。
「彼はまだ小学4年生だからね」
「4歳の男の子ってそんな生き物なんだよ」
それ以上でも以下でもない。納得できるかどうかは別として。

一般的には小学3、4年生くらいがバカのピークで、そこを越すと急に落ち着いてくるらしいですよ。男の子は9歳、10歳くらいまでは人の言うことを聞いていないというのは、実際いろんなデータで出ているみたいですし。でも、いったんバカじゃなくなったら戻れませんからね。

―― 10歳までは思いっきりバカやっとけ!みたいな。

ヨシタケ:そうですね。バカさ加減みたいなのをとことんコレクションしておくくらいの気持ちでいるといいと思います。


『もう ぬげない』(ブロンズ新社)
主人公は、服がひっかかって脱げなくなってしまった男の子。このままずっと脱げなかったらどうしよう。でも、なんとかなるかも……!? ツイッターでも話題沸騰となった、脱力系ユーモア絵本。


―― いつかは終わるんだと知っておくことは、子育てに悩むお母さんにとっては慰めになりますね。

ヨシタケ:育児はその時期その時期で悩みが尽きないものですから、一概にそこさえ過ぎればとは言えないんですけど、ああいうバカっぽさは間違いなく終わるはずだと僕は信じたいし、その希望がないとやっていけないでしょう。

そもそも、その手の悩みってかわいいもんじゃないですか。ちょっと引いた目で見れば、そのほかのことは満ち足りているってことですから。どんな幸せな人でも、どこかで不満な部分を見つけてしまうというのが人間の性質ですけど、部屋が散らかりっぱなしとか、アホなことばっかりしているとか、そんなことが悩みのトップなんだとしたら、それこそ今が最高の季節なんじゃないかなという気がしますね。

育ってくると、もっと大きなレベルで揺さぶられることがいっぱいあるはずなので、その程度で揺さぶられているということには、むしろ安心感を抱いていいんじゃないかと思います。

―― どんな感じで落ち着いていくんでしょうね。ご自身の子ども時代を振り返って思い当たることはありますか?

ヨシタケ:友だちの影響も大きいでしょうね。5、6年生になっても小3のテンションを保つ子っているじゃないですか。そういうのを見て、「ああはなりたくない」と少しずつ軌道修正したりするわけですよ(笑) 逆に、小3ですでに落ち着いている友だちがいたりすると、なんかかっこいいなとその子の落ち着き具合を目指したり。

―― 友だちを反面教師にしたり参考にしたりしながら、徐々に変わっていくわけですね。

ヨシタケ:ただ、5年生になったときに「昨日までの俺、バカだったな」なんて突然気づく、みたいな劇的なものじゃないですし、その子その子でケースバイケースですから、基本的には成り行きを見守るしかないですけどね。

―― とはいえ、渦中にいるとイライラが募ることも多々ありますよね。

ヨシタケ:理解ある親で居続けるのは、結構しんどいですよね。「今はこういう時期。言ってもしょうがないから言わないでおこう」と我慢して、イライラが蓄積してしまうくらいなら、毎日同じように「何回言わせるのよ!」と怒り続けてもいいんじゃないかと僕は思います。お母さん自身のストレス発散のためにも。

―― 怒ったところで何も改善されないだろうと知りつつも……。

ヨシタケ:言わせるだけ言わせろ、というスタンスで(笑) 良くも悪くも相手はバカなので、怒られても大して覚えてないんですよ。だから怒りすぎたとしても、それがトラウマになったり、自分を否定されたと悩むといったところまで考えが及んだりすることは、ほとんどないんです。それがいいところでもあるので、言ってもその通りいかない者同士、普通に感情をぶつけ合えばいいんじゃないですかね。

―― ただ、怒ること自体も労力がいりますよね。

ヨシタケ:怒ることが労力になるお母さんと、怒らないでいることの方が労力になるお母さんがいるんだと思います。うちの嫁は典型的な後者で、怒ったり、悩みを人に打ち明けたりしてどんどん発散しないとダメなタイプ。そういう人は怒った方がいいですよね。

そういう意味では、思い通りにいかないのが息子の性質なのかどうなのか、と悩むより前に、自分がどっちのタイプかを見極める必要があるのかもしれません。無駄だとわかっていても怒った方がいいのか、それとも、そもそも怒ること自体で疲れてしまうのか。怒る方がストレスになるのであれば、どうすれば怒らないでいられるかを考えればいいじゃないですか。笑いに変えるのか、今はしょうがないとあきらめるか……お母さんも、さまざまなタイプの人がいますからね。

―― わが子のためにとがんばりすぎる前に、自分のことを考えてみる、ということですね。

ヨシタケ:子育てって基本的に「わが子のために」というのがモチベーションになっていると思うんですけど、そうやって子どものためにやっていることが、どんどん裏切られるわけですよね。そんなときに「あなたのためにやってるのに!」と考えるとストレスがさらに増すので、ある程度、裏切られること前提で考えておく方がいいような気もします。

子どもにとっても、親が「あなたのために」としてくることは、むしろ迷惑だったりもしますし、「あなたのために」と思えば思うほど逆効果になるというのも、なんとなくみなさん経験でわかっているはずですよね。

子どもとの付き合いはまだまだ続くわけですから、いかにストレスを減らしながらやっていくかということは、長期的に見たときに一番大事なことだと思います。要するに、自分のケアを疎かにしないということですね。

―― 相手が男児であれ女児であれ、「子どものため」ばかりではなく、「自分のため」も考える。それが良好な親子関係を築いていくためにも大切なわけですね。

ヨシタケ:それから、なんでもかんでも目くじらを立てず、ある程度は譲歩するのも大事だと思います。『りゆうがあります』で描いた鼻をほじる癖とかも、「やめろ」と言ったところでやめないし、言えば言うほど調子に乗るじゃないですか。でもやめるときは勝手にやめるし、そもそも鼻をほじりすぎて死んだ子なんていないわけですから、別にいいんじゃないかなと。

そこは少し余裕を持って「うちの中ではいいけど、外ではダメ」みたいな感じで譲歩できるといいですよね。そもそもお母さん自身だってそこまで完璧なわけないんですから、お互いに譲歩し合うようにした方が、いい関係でいられるんじゃないかなと思います。

鼻をほじったり、爪を噛んだり、ストローをかじったり……ぼくにはいろんな癖がある。お母さんはいつも怒るけど、「理由」があればいいのかな? 奇想天外な「理由」の数々に思わず苦笑い。続編に『ふまんがあります』


■悲しくない「死」の絵本『このあと どうしちゃおう』


―― 『りんごかもしれない』『ぼくのニセモノをつくるには』に続く発想えほんの第3弾として、新作『このあと どうしちゃおう』が出版されました。今回の発想のテーマは「死」。でも、悲しい絵本でも重苦しい絵本でもありませんね。

ヨシタケ:死=悲しい、喪失感といったことがセットになって考えられがちで、死をテーマにするとなると、悲しませてなんぼ、みたいな風潮がありますよね。でも悲しみというのは、死を構成する要素のひとつに過ぎないと僕は思うんです。実際はもっといろんな要素が寄せ集まって「死」なんだけれど、どうしても悲しみという感情がぶわっと大きくなって、ほかの要素がないがしろにされてしまうんですよね。


僕はそもそも、元気なうちに死について気軽に話し合うためのきっかけになればという思いでこの絵本をつくったので、いかにウェットなものにしないかというのは一番心がけたところです。悲しくなる要素を極力抑えないと、ほかの部分が見えてきませんから。

―― 遺言よりライトな感覚で死後のことを記すエンディングノートなども出回るようになりましたが、生きているうちに死について語るなんて縁起でもない、という感覚はまだまだありますよね。

ヨシタケ:縁起でもないという気持ちもわかるんですが、死を考えるということは、生き方を考えることに他ならないわけで……死ぬことを考えれば大抵のことはできるし、悩んでいたこともバカバカしく思えてきたりするじゃないですか。そういう想像を働かせるためにも、もっと気軽に使うべき概念なんじゃないかという気がします。

人はみんないつか死ぬわけですが、実際に死ぬまで死というものは経験できないので、想像するのが難しいんですよね。死んだらどんな気持ちになるのか、その後に意識があるのかなんて、誰もわからないし、何を言っても不正解にはならない。それなら、もっとワクワクする価値があってもいいじゃないですか。好きなこと考え放題なわけですから。想像力のトレーニングとしても最高のテーマなんじゃないかという気もします。

死んだおじいちゃんが残したノートを開いてみると、死んだらどうなりたいか、どうしてほしいかがいっぱい書いてあった。おじいちゃんは死ぬのが怖かったのかな? 楽しみだったのかな? 発想えほん第3弾。


―― 子どもは子どもなりに、大人は大人なりに楽しんだり考えさせられたりする絵本ですよね。

ヨシタケ:うちの長男にも読ませたんですけど、読み終わっての一言が「地獄のページがおもしろいね!」。本来のテーマは伝わってなかったようですが、まわりまわって「よし!」って思いましたね(笑) 最後まで読んでおもしろがってくれたのであれば、目的は達せられたなという感じがして。

「死」がテーマなんて言うと、親御さんとしては「うちの子にはまだ早いかも」と尻込みしてしまうかもしれませんが、子どもでも深く考えずに笑ってもらえるよう配慮してつくっているつもりなので、気軽に楽しんでもらえたらうれしいですね。本来のテーマというのは、大人になってもう一回読んだときに気づいてもらえればいいなと。

子どものときに出会った絵本と、大人になってからまた再会する……絵本は人生で二度出会うことができる非常にめずらしいメディアなので、その特性を生かしてつくりたいなというのは、常々思っていることです。

―― 人生で二度と言わず、何年かごと、節目節目で読み直すだけで、捉え方が変わるでしょうね。

ヨシタケ:「この絵本をきっかけに、死について気軽に話し合ってほしい」と言ってはいますが、実際はなかなか難しいかもしれません。正直、100人読んで2、3人ができただけで万々歳。いつか話せたらなって思ってくれただけでも十分だと思っています。ビジネス書みたいに即効性のある本ではないし、逆にすぐに役立つものっていうのは長持ちもしませんからね。

―― きっとこの絵本は、長く愛されるものになると思います!
最後に、今後つくりたい絵本についてもお聞かせいただけますか。

ヨシタケ:今回のテーマが「死」だったので、次はすっごくくだらないやつをやりたいですね。作家として、そういう振れ幅は持っていたいなと。こういうのの次に、どうでもいいくだらないテーマのものを出して、同程度に扱うことで、そのこと自体がひとつのメッセージになればいいなと思っています。




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シャープペンシルで描かれた絵本のラフの数々

DSC02479原画はなんとA4コピー用紙に2ページ分という小ささ!

加治佐 志津加治佐 志津
ミキハウスで販売職、大手新聞社系編集部で新聞その他紙媒体の企画・編集、サイバーエージェントでコンテンツディレクター等を経て、2009年よりフリーランスに。絵本と子育てをテーマに取材・執筆を続ける。これまでにインタビューした絵本作家は100人超。家族は漫画家の夫と2013年生まれの息子。趣味の書道は初等科師範。