それは35年ほど前、まだ筆者が幼稚園児だった頃のこと。
庭で、自転車の後ろに友だちを乗せて走る、「タクシーごっこ」が仲間内で流行っていた。

同級生たちの自転車は軒並み補助輪が外れていたが、筆者はいつまでたっても補助輪つき自転車を“愛用”していた。


「ねえ、ガラガラうるさいよ。これじゃ電気タクシーだよ!」
そういって同級生たちは笑うのだった。
おそらく、“ガラガラ”→雷→電気、という連想ゲーム的発想だったのだろう。

“電気タクシー”の安定感は大変に素晴らしいものだったが、いささかの恥ずかしさと悔しさを抱えつつ、結局補助輪なしの自転車に乗れるようになったのは、小学校に上がってからではなかっただろうか。

だから筆者は心配をした。
5歳になる長男が、なかなか自転車に乗れないのではないかと。

■ランニングバイクに乗れなくて……


長男が2歳になってすぐ、ランニングバイクを購入した。
ちょうどストライダーがブームになり始めの頃だったろうか。

ヘルメットやサポーターなど、一式を買って形から入ってみたものの、まだ歩くのもおぼつかない2歳児は、乗ってすぐに転んだ。

公道を走ることができないランニングバイク。
我が家の近所では、公園に自転車の乗り入れが禁止されており、練習する場所がなかった。

そこで、ランニングバイクを実家に置いておき、「乗りたかったら実家に行けばいいよね」ということにしたのだが、乗ったまま後ろから押してもらえる三輪車の方を本人が気に入り、そのまま数年、ランニングバイクは実家という名の倉庫に保管される運命となったのだ。

同級生がストライダーの大会に出たとか、自分より年下の子が上手に乗りこなしているなどきいても、彼の気持ちがストライダーに向くことはなく、「近くにないのがダメなんじゃない?」と、結局自宅に持って帰ることにした。

……待て。そもそも、なぜ私はこんなに息子をストライダーに乗せようとしているのだろうか?

「そんな必死に今やらせなくても」という声と、「いやいや、今から感覚つかんでおかないと自転車に乗るとき大変だから!」という声が私の中で戦っていた。

でもその前に、自転車に乗れないとそんなに困ることがあるだろうか?

あるとしたら、疎外感だろうか。
……そう、かつての私のように。

■それはある朝突然に


長男が年中の後半くらいから、自転車に乗る練習をしているという声が同級生の間でもちらほら聞こえた。すでに補助輪なしの自転車を乗りこなしている子もおり、「あれ、まだ乗れないの、そろそろやばいんじゃね?」という空気が出てきたのだった。

「ねえ、久々にストライダー乗ってみようか」
物置からストライダーを出し、いつでも持っていける状態にしてみると、しぶしぶではあるものの、土日に練習するようになっていった。

公園に付きあうのはだいたい夫なので、帰ってくるとようすをたずねるのだが
「乗ってるっていうより、またがって歩いてる」
という返答が続く。


次男が生まれてから、実家の両親が長男だけを連れて週末お泊り、ということが時々あるのだが、ある日母親が私に言った。
「ねえ、あの子、もうストライダーで坂下りたりしてるわよ」

……えっ?

「ほら」
母がスマホで撮った動画を見せる。
そこには、長男が芝生の長い斜面を何度もストライダーで降りていくようすが映っていた。

「ほんとだ。いつのまに……。」

≪子どもというのは、何がきっかけかわからないけど、ある日突然何かができるようになるのだなあ≫

動画を見ながら、筆者の脳内にはゆずの『夏色』が流れていた。

■5歳、イマドキの自転車トレーニング法を試す


そんな折、補助輪を外す方法についてのブログ記事を見かけた。
http://ma3eng.com/2012/06/13/hojorin/

≪ペダル外しちゃうんだ!斬新!≫

まずは自転車のペダルを外し、バランス感覚をつかんでから漕ぐ練習にもっていく、というものだった。

ストライダーをそこそこ乗りこなしているのであれば、補助輪はいらないのではないか?という結論に至った我々夫婦。

紆余曲折の末、我が家に18インチの子ども用自転車(補助輪なし)がやってきた。

「えー、補助輪ついてないの?」

補助輪がついた状態で試乗していたので、「ふたを開けたら違うものが入ってた!」という気分になったのだろう。そんな5歳児をなだめながら、さっそく、誰もいない公園に練習しに行く長男と夫を見送った。

【初日】
まずはペダルを外したランニングバイク状のものに慣れる練習。
ハンドルの取り回しや車体の大きさなどに慣れたところで、本人の心が折れたらしく終了。

【2日目】
この日も夫と二人で出かけていったが、早々に飽きて乗らなくなっていたらしい。そこで、筆者が次男を連れて公園に行くと、急にやる気になった長男。

……母親に見て欲しかったのかもなあ。

つい次男のほうをかまってしまうので、できるだけイーブンにしないとな、と反省した瞬間だった。

この日はすでにペダルが取り付けられており、やる気になれば漕ぐところまではいけそうだ。こちらもどう補助すればいいかわからぬまま、自転車を蹴り進める長男の肩をつかんで支えた。スピードはどんどん上がっていく。

「漕いで漕いで!」

ある程度漕ぐ動作になれてきたころ、私はさりげなく手を離した。

「……あ、乗れてる」

まだ私が肩を支えていると思い込んでいる長男は、どんどん遠くまで漕いで行った。
途中で不安になったのか、ブレーキをかけてこちらを振り向く。

「あれえ?」

こうしてあっさり、補助輪なし自転車に乗れるようになった長男だが、困ったことに「漕いで!」とこちらが言わないと、漕ぐことを忘れてしまう。そして、遊具のない公園を何周もした頃、こんどは「道路を走りたい」と言い出すのであった。

■公道を走る前に交通ルールを教えなくては……


この状態で公道に出すのはリスキーだ。かといって、車の免許のように「ここまでできたら公道を走っていいですよ」という厳密なルールがない。

たとえば……
よろよろと自転車を漕ぎ出す→道路側に転ぶ→そこに猛スピードの車が……

「うわあ!」

この展開は容易に想像がつく。

小学校では自転車安全教室というのがあるかと思うが、未就学児向けのイベントはあまり多くない。交通ルールを学びながら自転車に乗れるところはないか、と探していたら、「交通公園」という存在に行き当たった。レンタサイクルがあり、教習所のようなコースがあるという。

しかし、家から一番近い交通公園は、子どもの自転車を持っていくにはつらい距離で、行くとしたら、自転車は現地調達になるだろう。

レンタサイクル……。

補助輪なしに乗れるようになったあと、1度だけ公園のレンタサイクルを借りてみたのだが、感覚が違ったためか転び、あごに派手な傷を作った。それ以来、どうにも“自分のではない自転車”を警戒している節があるのだ。

「でもさ、お友だちみんなで集まったとき、自転車とりかえっことかしてたじゃない?自分のしか乗れない!だと、とりかえられないよ?」

……とは言ったものの、筆者も自転車が上手な方とはとても言えないので、彼の気持ちはよくわかるのだ。

よほど大きな公園でない限り、自転車の乗り入れを禁止されている今、ちょっと乗れるようになった子どもたちはどこで自転車を練習すればいいのだろうか?

乗らずにいるとまた乗れなくなりそうな感じはよくわかるし、かといって、漕ぎ出しがスムーズに行かない現在、公道はまだ怖い。

ひとまず、乗る前に約束をするならば、

・ヘルメットを必ずかぶる
・信号は守る
・子どもだから歩道でもいいけど、道路の左側を走る
・一人で出かけない

最低限このあたりだろうか。

補助輪なしの自転車に乗れるようになった喜びを抑えきれずに、長男は言う。

「早く、自転車でプール行きたい!」

大人の自転車で15分ほどかかる場所にあるスイミングまで、自転車に乗って行きたいのだそうだ。すぐには厳しいものがあるが、“夢は大きくもつ”ということ、いいのではないだろうか。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。