子どもが危害を受けたニュースを聞くと、その子どもが無事であることを瞬時に願うと同時に、その子どもの親がどんな思いをしたのかと考える親は多いだろう。

北海道で7歳の男の子が、「しつけ」と称して父親に山中に置き去りにされたものの、結果的に無事発見された事件もそのひとつだ。

日本から遠く離れたシアトル在住ではあるが、このニュースは気になって仕方がなく、ニュースアプリの速報で「無事発見」と知ったとき、本当に心からホッとした。

じつは自分も子どもの頃に似たような経験があり、また親になってからは、「ああいうことをしなければ(言わなければ)よかった」と反省することがあるからかもしれない。

小学生の頃の話だが、私が床にこぼした小さなビーズを踏んで怒った父親に、「片づけができないなら、この家にいなくていい!」と、夜なのに家の外に放り出されたことがあった。ところが、そのままそこにいればいいものを、私は泣きながら、わざわざ家から15分ほど下り坂を歩いたところにあった公園に行っていた(結局あとから父が探しに来た)。

親になってからは、子どもの優しさ・寛容さ・強さのおかげで、自分の未熟さに気づかされることが多い。とくに忙しい時や疲れている時、ついイラッとしてしまい、それに対して現在5歳半の息子がとても冷静で大人な対応をするので、反省することしきりである……。


そして、このたび北海道の事件が起きたのと同じ頃、アメリカでも子どもが関わる大事件が起きていた。

米オハイオ州のシンシナティ動物園で、3歳の男の子が柵をくぐってゴリラ舎に入り込んでしまい、その子の足首をつかんで引きずった絶滅危惧種のウェスタンローランドゴリラのオス「ハランベ」(17歳/体重約200キロ)を、動物園が射殺して男の子を無事救出したのは、現地時間で先月28日のことだ。



筆者の場合、息子が乳児の頃からシアトルの動物園の年間会員になってよく行っているので、この事件の展開を想像しただけで鳥肌が立った。

シアトルの動物園もそうだが、アメリカのメジャーな動物園は、コンクリートと鉄格子の檻は使わず、できるだけそれぞれの動物の生息地に似せた環境を作りつつ、入場者にとっても動物が見やすいようにする工夫を続けている。

シンシナティ動物園もその例にもれず、この事件の現場となったゴリラ舎もコンクリートと鉄格子ではなく、3フィート(約90センチ)の柵の向こうは数フィートの草地で、その先は深さ15フィート(約4.6メートル)の堀になっている。

おそらく動物園に来たのが嬉しくてじっとしていないであろう3歳児が、ほかのきょうだいの面倒も見ていた親の目を盗んでかってに行動するとしても不思議ではない。3歳にもなれば、自分の興味で動くことが多いし、親の「想定外」のことをするのは簡単だ。

そしてこの事件が報道されてから、男の子の母親と動物園に対する激しい批判は、アメリカのソーシャルメディアであふれるまでそんなに時間はかからなかった。

「悪い母親だ!」「麻酔銃を使うべきだったのでは?」というような母親の育児と動物園の対応を批判するコメントから、だんだんと子どもの母親に対する批判が激しくなり、「お前のバカな子どもよりも、このゴリラは貴重な存在だった!」「親のお前が射殺されるべきだった!」「自分なら子ども10人を連れていてもこんなことにならない!」などと、絶滅危惧種のゴリラへの愛を語り、その死を嘆き、育児のなんたるかを説き、子どもの母親にすべての責任があるというヒステリックなコメントがいくつも沸いて出てきた。

「死んだゴリラのために正義を求める」というオンライン署名活動 “Justice for Harambe” がすぐに立ち上げられ、「この美しいゴリラは、男児の親の怠慢のために命を落とした」として、男児の保護者に責任を取らせるよう、シンシナティ警察などに求める署名を呼びかけた。そして今月6日までに署名した人はなんと約50万人以上にのぼった。
https://www.change.org/p/cincinnati-zoo-justice-for-harambe

さらに、ネットで拡散されたビデオを見ただけの“ゴリラのエキスパート”たちが、「ゴリラは子どもを守ろうとしていた」「ゴリラは子どもに危害を加えようとしていなかった」と言い始めた。

たしかに、絶滅危惧種のゴリラがこのような形で死ななくてはならなかったのは悲しいことである。しかし、ただの一般人があのビデオのゴリラの顔や動きから、ゴリラのことが100%わかるのだろうか? そもそもヒト相手でも、自分の想像力や経験で理解・想定できる話にまとめてしまいがちなのが人間なのに、動物だったら単なる一般人にはわかりえないことがもっとたくさんあるだろう。

その後、シンシナティ警察は保護者の捜査に乗り出したが、それも早々に終了。6日になって、子どもの両親に対して刑事責任を追求しないと発表したオハイオ州ハミルトン郡の検事は、「母親は子どもを危険にさらすような行動はとっていない」「彼女はほかに3人の子どもを連れていて、目を離したのだ。3歳の子どもがすばやく駆け出すことができないと考える人は、親ではないのだろう」
http://www.cnn.com/2016/06/06/us/harambe-gorilla-death-investigation/

また、動物園はコミュニティに愛されていた「美しい動物」を失ったが、「それでも動物だ。人間の命には代えられない」とも。同園は柵を42インチ(約106センチ)のものに取り替えて、7日からゴリラ舎を再オープンしたそうだ。

幸いゴリラ舎から救出された子どもは順調に回復しているらしく、親は動物園の迅速な対応に感謝の言葉を述べ、金銭的な援助を申し出てくれる人には動物園に寄付してくれるよう呼びかけている。

これで、ネット上の“育児”と“ゴリラ”のエキスパートは、静かになるだろうか。それとも、また別の何かを見つけて“にわかエキスパート”になって、たたきのめそうとするのだろうか。

大野 拓未大野 拓未
アメリカの大学・大学院を卒業し、自転車業界でOEM営業を経験した後、シアトルの良さをもっと日本人に伝えたくて起業。シアトル初の日本語情報サイト『Junglecity.com』を運営し、取材コーディネート、リサーチ、ウェブサイト構築などを行う。家族は夫と2010年生まれの息子。