「赤ちゃんにとって、母乳は最良の栄養です」

――以前、フォローアップミルクの取材で、メーカーである雪印ビーンスタークの担当者はこう繰り返していた。

【関連アーカイブ】
「フォローアップミルク」が正直なところよくわからないのでありのままをメーカーにきいてきた
http://mamapicks.jp/archives/52191951.html


より母乳に近づけることを追求しつつ、さらに母乳には足りない赤ちゃんの必要栄養素をプラスする。何よりも“粉ミルクの開発は母乳研究とともにある”ということで、今回は雪印ビーンスターク社の協力による大人の社会科見学企画として、同社の商品開発部に潜入。母乳研究についてとことんきいてきました。


本日私たち取材チームに、母乳とは何ぞやをレクチャーしていただくのは、母乳研究25年!雪印ビーンスターク株式会社 商品開発部の研究者で、農学博士の中埜 拓(なかの たく)さん。

「赤ちゃんは生後、1歳までの間に体重は3倍、身長は1.5倍に成長します。人の一生の中でも最も劇的に変わる時期で、それを支えているのが母乳であり、あるいは粉ミルクなんです」とアツい。

母乳研究は「継続」が命。同社では、1960年に第一回全国母乳調査を行い、1989年には第二回が行われた。1995年には母乳とアレルギー、そしてうんちの調査研究も。「これらは世界でも最大規模の母乳調査でして、50年以上にわたって、のべ4,000人以上の調査協力をいただいております」。


長期間、さらに全国から母乳を集めることにはどんな意味があるのか。
「分娩後の日数で母乳の成分が変わることをはじめ、日本人の“食生活の変化”が母乳に影響を与えることが分かってきています。たとえば地域別の食塩摂取量と母乳中のナトリウム濃度についてですが、東北が比較的高く、西に向かうにつれて下がっています。食生活習慣によって母乳の成分に変化が見られることが検証されています」。


「昼間の母乳と夜の母乳で成分は違うのか?」これもまた興味深い視点である。
じつは「昼の母乳に比べて、夜の母乳のほうが、メラトニン(=睡眠覚醒リズムを調整するホルモン)が増えます」。

食事でも変わる、昼夜でも変わる。母乳とはそれほど変化の大きいものなのだと理解できた。


次に、「母乳に含まれる成分」についてご教示いただく。「母乳はおもに3つの成分で構成されています。1つは“発育に必要な栄養素”で、これはタンパク質や脂質、炭水化物、ビタミンやミネラル、これらは身体を作っていく栄養素ですね。2つ目は“脳や神経系の発達を促す栄養素”で、これはDHAやα-リノレン酸やタウリンで、きいたことがある成分と思います。最後に“赤ちゃんを守る免疫成分”でして、母乳オリゴ糖やリボ核酸などがこれらに含まれます」。

ここで注目したいのが「赤ちゃんをまもる免疫成分」について。
非常に専門的で難しい話となるが、要約すると、シアル酸・ガングリオシド・母乳オリゴ糖が、消化管への病原体の付着を防ぐ働きをして、リボ核酸・ポリアミンが消化管のバリア機能を高め、ヌクレオチドが病原体とたたかう力を強くし、TGF-βがアレルギーになりづらい体を作る……という仕組みだそうだ。

とくに気になるのは、アレルギーの発症と母乳成分の関係であろう。
母乳研究成果の資料によると、リボ核酸とポリアミンの濃度が高い母乳を与えられた子どもは、アレルギーを発症しにくいことが分かっているようだ。これも先の母乳調査で明らかになったことであり、「母乳提供者とそのお子さまの成長を長く追跡することで、アレルギー発症の有無と母乳成分の関係が少しずつ見えてきました」と中埜さんは胸を張る。


付着を防ぎ、バリア機能を高め、病原体と戦い、アレルギーになりにくくする。未熟な赤ちゃんの体内を守るために、母乳はこれだけの仕事をしているのだとあらためて気づかされる。

しかし、母親の体調や体質、あるいは個々のライフスタイルなどにより、母乳を与えない選択をする親も現在ではたくさんいる。母乳が素晴らしいと流布することによって、逆に追い詰められる母親も少なくないだろう。だからこそ、各メーカーは母乳の組成を目標として母乳研究を実施し、その成果を商品へ応用している。実際に、母乳とアレルギーの関係は、長年の追跡調査により判明しつつあるのだ。


その後、我々は特別に商品開発部に保管されている母乳の検体を見せていただいた。


学校の理科室のような部屋に巨大な冷凍庫。生体試料保管場所であるその冷凍庫はなんとマイナス80度超! 研究所の所員さんがまるで鷹匠のような分厚い手袋をはめて慎重にドアを開く。


白いスモークが部屋に向かって吹き出し、そこにはフィルムケースのような入れ物に入れられた検体が整然と並んでいた。ここから知られざる母乳の姿が明らかになっていくのだ。慎重に、壊れ物を扱うように検体に触れる部員さんが非常に印象的だった。


また、ここでは低出生体重児用ミルクや、牛乳アレルギー児用ミルク、1万人に1人の割合と言われている、先天性代謝異常児のためのミルクなど、さまざまな事情をもった赤ちゃんの生命と成長を支える特殊ミルクも日々研究されている。

じつは当然のことであるが、粉ミルクは母乳を目標としながらも、母乳そのものから原材料を得ることはできない。通常の粉ミルクも、こうした特殊ミルクも、安全性や品質確保を最優先にして原材料を選ぶ必要がある。

基本的に粉ミルクは、子牛の母乳である牛乳の成分を分解し、母乳の設計図に従って再構築していくという仕組みだが、もちろん牛乳には元々存在しない成分も、粉ミルクには含まれている。「なければ新成分を開発するしかありません……世の中に無いものを新たに作り上げるのが、粉ミルクメーカーの技術力だと思っていますから」と語る中埜さん。


「当社研究所では、昨年の秋から第三回の母乳調査を始めています。第二回調査からは30年くらい時間が空いているので、お母さんたちのライフスタイルや食生活など、時代の大きな変化が、果たして母乳成分にどのような変容をもたらしているのかを調べることができます。また、これまでの母乳調査は母乳成分の分析が中心でしたが、これからは母親の食事や生活習慣、周辺環境との相関も考えていきたいですね。今回は、母乳成分の分析に加えて、食事実態調査や生活実態アンケートもプラスして、立体的な研究にしたいと考えています。そしてもちろん、アレルギーや感染症、成長発達に関する調査も5歳まで追跡して行う予定です」。

ところが、「たぶんこの結果が出るころには、もう私はとっくに定年を迎えていると思いますが……」と中埜さん。それはちょっと切ない……。すると、「後輩たちがそれを受け継いでくれると信じていますよ。自分たちもそうやって続けてきましたから」とほほ笑んだ。

粉ミルクで救われる赤ちゃんの生命とご家族のために、母乳研究は歩み続ける。

雪印ビーンスタークの母乳研究
http://www.beanstalksnow.co.jp/labo/milk/