妊娠・出産期間を通じて「さい帯血(臍帯血=さいたいけつ)」というワードを目や耳にしたことのある読者も少なからずいるだろう。改めて「さい帯血」とはいったいどのようなものなのか? 国内のさい帯血の民間バンクでシェア約9割を担っているステムセル研究所を取材してきた。

一般にさい帯血とは、母親と赤ちゃんを結ぶ「へその緒」に含まれる、赤ちゃんの持つ血液のことを言う。出産時にのみ取れる大変貴重な血液だが、さい帯血の採取に際して痛みが伴うことや母子への危険性は一切ない。

さい帯血には血液、血管、筋肉・軟骨、神経等を作る「幹細胞」が豊富に含まれており、近年、先端医療として注目されている。先端医療とは、再生医療・細胞治療とも呼ばれていて、現在は治療法のない疾患に対する新しい医療アプローチの仕方のことを言う。言い換えれば、手術や薬で治せない疾患を細胞で治す治療法である。


都内にあるステムセル研究所の細胞処理センターを訪問した。非常に高い清浄度を保ち、厚生労働省から「特定細胞加工物製造許可証」を取得している施設である。研究所の職員は、「医療研究の現場で最も汚いのは人間なんですよ」と語る。なるほど、清浄度を保つために、職員は作業入場時にクリーンシャワーを浴び、頭から足先までクリーン服に身を包む。作業者は触れるものすべてにアルコール消毒をしたり、私たち見学者も限られたエリアのみでの行動となり白衣着用が必須。管理が徹底されていた。

このセンターでは、各地の産婦人科より回収したさい帯血の中から必要な細胞を取り出し、凍結し、収集し、最終的には横浜市にある保管施設にまとめて送る、といった作業を行う。さい帯血の処理は2~3時間を要し、採取時から48時間以内に行わなければならないため、年末年始を含むいつ送られてきても良いよう職員が常駐しているそうだ。

一度の出産で採取できるさい帯血の量には個人差があり、また、血液そのものの量が多くても含まれる幹細胞の量が少ないこともあるそうだ。採取された血液は、病院から到着した初めのパックから、別のより小さいパックへと入れ替えられていく。その過程で少しでも血液や細胞を無駄にしないように、丁寧に絞り出す様子も見学できた。それほどまでに、さい帯血は貴重かつ少量でも、大きな可能性を秘めたものなのである。


ところでさい帯血の保管は、大きく「民間バンク」と「公的バンク」に2つ分かれている。民間バンクは、≪赤ちゃん本人のため≫にさい帯血を保管するもので、ステムセル研究所もそのひとつだ(同所では現在約38,000検体を保管している ※取材当時)。

一方で公的バンクは、≪善意でさい帯血を寄付し、第三者へ提供する≫もののことを言う。現在日本国内には、6の公的バンク施設がある(提携医療機関は約80施設)。一方で民間バンクは現在3社(ステムセル研究所の提携医療機関は約1,800施設)。民間バンクは有料であるが、さい帯血は本人のものが最も医学的効果が大きいとされているため、第三者へ渡る公的バンクよりも本人へのメリットがあるといえよう。民間バンクのさい帯血作製コストは、20~30万円。気軽に申し込める値段ではないが、将来のリスクに備える保険と考えれば決して高いものではないかもしれない。


じつはさい帯血を用いた医療は海外ではより進歩している。日本のさい帯血採取比率は0.6%に過ぎない。そしていまだに一般病院では、さい帯血採取を断られるケースもあるという。しかし、ステムセル研究所をはじめとした民間バンクの努力もあり、ここ10年ほどで認知は少しずつ広まり始めた。

さい帯血の特徴は、長期(物理的には半永久)的に保存が可能なところだ。細胞治療では自己細胞が最適であるため、赤ちゃんが生まれた時にさい帯血から採取した「幹細胞」を保管しておけば、もしその赤ちゃんが何か疾患を抱えた場合に適時それを有効活用することができる。

実際の医療現場において、さい帯血研究では人への臨床試験が開始され、成果の発表もなされている。日本でも大阪市立大学で臨床研究が始まっており、効果が期待されている。

例えば、

・外傷性脳損傷
 →交通事故や転落事故による脳障害
・低酸素性虚血性脳症
 →出産時に仮死状態が長時間続くことによる脳障害。脳性麻痺に移行する場合も。
・脳性麻痺
・自閉症
・小児難聴

などである。

実際に、細菌感染により右脳梗塞、左片麻痺、色覚異常と診断された2歳の男児が、自己さい帯血の投与により左片麻痺の改善と12色の識別ができるようになるという、さい帯血の可能性が強く期待される例もある。投与の効果かどうかは未解明であるが、麻痺で途中までしか上がらなかった腕も、バンザイできるまでになったという。

さい帯血を利用した治療とは、手術をするのではなく、さい帯血から採取した幹細胞を静脈に点滴で注射することで行うもの。大きな傷をつけることもなく、とくに乳幼児には身体への負担の少ない治療法である。

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今回施設を見学したことにより、さい帯血について詳しい知識を得ることができた。同所ではさい帯血に関心がある利用検討者に向けた見学会も随時開催している。
http://www.stemcell.co.jp/observation/

出産というチャンスは人生のうちで何度もあるものではなく、さい帯血の知識があるかないかで大きな機会損失をしてしまうことになりかねない。出産前にさい帯血についての理解を深めて採取の選択をするかどうかで、わが子の重大疾患のリスクを回避できるかもしれない。

母親が子どもに対して責任を握る、出産前の決断のひとつにさい帯血保管を加えておきたい。日々進歩する医療の現場で、さい帯血から採取した幹細胞を利用した再生医療は今後も大きな可能性を持っているからだ。

【取材協力】
ステムセル研究所
http://www.stemcell.co.jp/