「母になるなら、流山市。」そんなキャッチコピーで、首都圏交通広告を2010年度より展開して以来、子育て世代の注目を集めてきた千葉県流山市。人口は10年前より約2万5千人増え、現在18万人ほど。しかも30~40歳代の子育て世代が増え続けているという。

「子育てするなら」ではなく「母になるなら」としたのはなぜ? 若い世代が増え続けているのはなぜ? そんな疑問を、流山市総合政策部マーケティング課のメディアプロモーション広報官を務める河尻和佳子さんにぶつけてみた。


■母になることで得られるスキルを地域で活かしてほしい


―― インパクトの強い「母になるなら、流山市。」のコピーですが、「子育てするなら」ではなく「母になるなら」とした思いについてお聞かせください。

流山市 河尻さん(以下、敬称略):実際、「子育てするなら」と読まれてしまうことが多いんです。「母=子育て」というイメージがどうしても強いのでしょう。でも、母は子育てするだけではありません。子育てをしながら自分の夢も諦めない。そんなお母さんはイキイキしている。お母さんがイキイキした家庭は楽しそうですよね。そうした家庭が増えると街もイキイキしてきます。その意味で、この街でムリのない範囲で自分の夢にチャレンジしてほしいというメッセージを込めています。

そもそも「母」は子育てで忙しかったりと、大変そうなイメージを持たれがちです。でも、楽しいことも多い。楽しいだけでなく、辛いことも含め、子どもを持たなければ得られない経験ができ、それによって積み重ねられるスキルもあります。そこで「母って子育てだけじゃないよね」と仮説を立てて、市内の母たちにヒアリングしたところ、それを裏付けるような声をたくさんいただきました。

たとえば、育児というのは非常に時間をとられますから、優先順位を瞬時につけられるようになるし、自分の時間を有効活用する時間管理スキルがつく。また子どもや夫の予定も把握しなくてはならないので、日々どう動けば効率的かマネジメント能力も高まります。当然、育成能力やコミュニケーションスキルもつく。そんな意見が集まりました。

これらはビジネススキルとしても通用するほどですが、働いている母は別としても、専業主婦だとそんなスキルがありながら、社会と切り離されて自分に自信がなくなってしまうという方も多いです。

けれどもむしろ、スキルが高まった今だったら、自分がやりたかった夢を実現できるのではないか、そんなお母さん方が地域でつながることで、一人ではできないことができるのではないかと、ヒアリングをして感じました。女性から母になることによって得られるスキルが半端なく大きいと感じたので、「母」に焦点を当てたのです。

■10年間で人口2万5千人増! しかもその中心は子育て世代


―― 現在、流山市の人口が増えているとのことですが、人口構成の近年のトレンドについてご説明ください。

河尻:年齢別人口分布を見ると、2005年は55歳~60歳ぐらい、いわゆる団塊の世代が一番多かったのですが、10年後の現在、2016年の一番のボリュームゾーンは40代前半です。次に35歳~39歳というように、子育て世代が増加しています。それに伴い子どもの数も増えていて、とくに0歳~4歳児の増え幅が大きい。2005年につくばエクスプレスが開通した影響も多分にあると思います。

流山市は大きな企業があるわけでも観光資源があるわけでもないベッドタウンです。このまま放っておくと人口増は厳しい。そこで11年前に来るべき少子高齢化を支えられるようにターゲットを絞ってプロモーションしようと、マーケティング課をつくり、5年間ほどは共働き世帯の定住を目指し、市外向けの発信に注力してきました。知名度・認知度向上は、まだまだですが一定レベルに達したこともあり、現在は第2ステージにきています。

―― 第2ステージとは?

河尻:人口増に向けて宣伝をするというより、中身の質を向上させる段階にきているということです。今は子育て世代の急増で、保育園の整備など対応が追いつかず、待機児童はこの4月時点で約140人と、初めて3桁になってしまいました。小学校の教室が足りないという課題もあります。駅前に300戸の大型マンションが立つと、一気に1,000人くらい人口が増加するので、行政として器を必死になって整備している状況です。その中にあって、市民の方にはずっと住み続けたい、市外の方には住んでみたいと憧れられる都市ブランドの形成が課題です。

■「自分たちで街をつくる」可能性にひかれて住まう


―― 流山市のどのような点がファミリー世帯に受け入れられていると実感されていますか。

河尻:「駅前送迎保育ステーション」をはじめとした子育て環境の整備に注力しているので、「ここなら」と、首都圏で働く層に共感いただいている実感はもちろんあります。転入者アンケートでも、「子育て環境が良さそう」「森や公園が多い」「都心のアクセスが良い」などが上位にきています。特徴的なのは、「将来性に期待」というワードがあがってきていることです。これから人口が増え、勢いのある地域で自分たちも活動して街を一緒につくっていこう、という意欲的を感じます。

そそもそも流山市は知名度とイメージが低いのですが、逆にそれが新しい方には「これから自分たちが住んで自分たちのイメージした街をつくれる」と思っていただいているようです。実際、単に住むむだけではなく、「何かやりたい」と考えている方の転入が多く、今だいぶ花開いてきて、市民発でいろんなことが行われています。人口18万人と比較的コンパクトなので、行政に市民の声が届きやすいのも後押ししているのかもしれません。

■子どもの保育所の送迎は駅前でできる!


―― 今お話に出てきた「駅前送迎保育ステーション」について詳しく教えてください。

河尻:流山おおたかの森駅と南流山駅で、それぞれ2007年と2008年に設置しています。つくばエクスプレス開業前から子育て担当の職員だけでなく、ステーションが入る予定のビルディベロッパーを含め、保育に関わる人たちでプロジェクトチームをつくり、どんな子育て支援施設であるべきかをずっと議論してきました。

やはり共働き子育て世帯の方は、待機児童となることが不安要素としてありますが、とはいえ保育園というのは次々作れるわけではありません。市内の保育所には定員いっぱいのところと多少の空きがあるところがあることに着目し、駅前で子どもを預ければそこからは専用バスで園まで送る仕組みをスタートさせました。

流山おおたかの森駅ではバス5台で5つのルート、南流山駅は2台2ルートで実施しています。駅前にバス5台を停めるスペース確保は難しいですが、駅ができる前に仕組みづくりをし、ビルの駐車場にバスを停めるので、うまく運用できています。また、すでに保育園を運営していて子どものバス送迎に慣れている社会福祉法人に委託できたことも、実現できた要因でしょう。

ステーション自体は朝7時に開き、8時になるとバスで各園に出発します。帰りは17時ごろ各保育園にバスが回り、ステーションで親御さんの帰りを待つという流れです。お預かりは最大21時まで延長できます。また送迎以外の時間、駅前ビルスペースの有効利用のため、待機が多い0・1・2歳児の保育園の分園として活用しています。送迎利用料は1ヵ月2,000円、スポット利用は1日100円で、現在150人ほどの登録があります。

■保育園は来年度7園新設、小学校では英語教育に注力


―― その他にはどのような施策がありますか。

河尻:保育園は、ここ5~6年で毎年3~5園を新設し、定員も増やしています。小学校に関しては、民間企業出身の現市長は海外勤務が長かったこともあり、海外で通用する人材を流山で育てていこうと、英語教育に非常に力を入れています。

2012年4月からは市内の全中学校にALT(外国語指導助手)を、小学校では英語活動指導員を全校に配置しています。また全国的には、現在、小学校5・6年生の英語は科目としてではなく外国語活動として学んでいますが、流山市では科目として授業をしており、教科書もあります。さらに、中1ギャップ不安解消のために、小中が連携する一貫校の取り組みも精力的に進め、同じ敷地内に小・中が併設されているところもあります。

流山市公式PRサイト
http://www.nagareyama-city.jp/

後編:「母になるなら」の流山市が「母」たちと作り上げた参加型行政の今


江頭紀子江頭紀子
調査会社で情報誌作成に携わった後、シンクタンクにて経営・経済に関する情報収集、コーディネートを行いつつ広報誌も作成。現在は経営、人材、ISOなど産業界のトピックを中心に、子育て、食生活、町歩きなどのテーマで執筆活動。世田谷区在住、11歳5歳の二女の母。