このところ、幼い子どもが被害に遭うニュースを目にする日が多い。

多発する、小学生が高齢者の運転する車にはねられる事故。1歳児は排水溝でおぼれたり流されたり、病院で母親に殺されかけたり……。

この1ヵ月だけでも、子を持つ親としては心を平穏に保てなくなりそうな事件が相次いでいる。気になるからついニュースの詳細をクリックしてしまうのだが、そのたびに心が痛くなって「やっぱり見なきゃよかったな」と後悔するのだ。


少し前になるが、神宮外苑で行われていたアートイベントで、ジャングルジム状の木製展示物が燃え、園児1人が犠牲になる事故が起きた。このイベントには筆者の子の同級生家族も訪ねており、「自分の子が、と思ったら……」という話題になった。

子どもが生まれてすぐよりも、長男が6歳になった今のほうが、子どもが被害に遭う事件を見て心を痛めることが増えた気がする。
それは、子どもと過ごした歳月の長さに比例するものなのだろうか……。

お腹の中にいた10ヵ月、生まれてすぐの怒涛の1年、その後数年にわたる“イヤイヤマン”と戦う日々。保育園や幼稚園に入園し、定期的に行われるイベントの思い出。

それら、こつこつと積み重ねてきた思い出を一瞬でぶち壊され、夢見た未来は永遠に奪われるのだ。それを思うだけで身を引き裂かれそうな思いになる。

……たぶんこれを「実感」と呼ぶのだろう。

■知っているから、想像がつくから、逆に怖いこと


自分のことを、度を越した心配症であると自覚はしているのだ。

できればこれを“危機管理能力”と呼んで欲しいところなのだが、子どもがイスによじ登る→立ち上がる……と来たら、そのまま転落するところまでは想像をする。子どもが台所に入ったら、うっかり上から包丁が落ちてきて怪我をするところまではいつも考えている。

長男がまだわけのわからない赤ちゃんだったころは、この“行き過ぎた危機管理”がひどく、今思い返しても「そんなに用心しなくてもいいよね」ということが多々あった。

しかし、こちらがまったく予想していないようなことをやらかすのも彼ら子どもで、長男はベビーベッドの柵を乗り越えてフローリングに頭から落ち、保育園の廊下で友だちとぶつかって歯を強打、そのまま歯医者に運ばれたこともあった。

想像もつかないような事態になったときというのは、一瞬思考が停止する。
ロタウイルスに罹患して子どもが嘔吐したときは、パニックになって救急車を呼んでしまったし、夜中に子どもの具合が悪くなり、救急外来に電話して「来てください」といわれればすぐに駆け込んでいた。

こうして乳幼児の行動パターンが実体験として“親データベース”なるものに蓄積されていった結果、“二人目あるある”と言われるように、次男にはじつに寛大なお母さんになってしまった。長男から恨まれてはいないかと気になっている昨今だ。

しかし、次男について、危なく見える行為に対しては寛大になるとともに、体調不良にはややゆるめに見積もってしまうことが増えた。

熱が出ても「このくらいなら大丈夫だろう」と翌日朝まで様子を見ることが主になったが、万が一大きな病気のサインを見落としていたら?……ということは、普段あまり考えないなあと気づく。

「このくらいは大丈夫」と油断していたことが原因で、子どもが命を落としてしまったら?

自分の運転で子どもを轢いてしまう事故がこれにあたると思うのだが、やり場のない自責の念でどうしたらいいのかわからなくなるだろう。想像しただけで具合が悪くなりそうだ。

■2011年を親として過ごし……


つい最近も大きな地震が起きて思い出していたところだが、守るものがある今、あまりショッキングなニュースには深入りしないほうがいいなと思っているのだ。

つい気になって詳しく調べたり、SNSのタイムラインを追ってしまうのだが、それによって、自分でも気づかないうち、心に大きな傷を残すことがある。

多感な時期を過ぎても比較的“センシティブな大人”として生きてきた筆者だったが、幼子を抱えた今、いくつかのトラブルを経て「“センシティブお母さん”ではやっていけない!」と悟ったこともあり、いかに感情をフラットに保つかを、常に目標としている。
(実際にできたためしはないのだが……)


2011年の春、まだ寝返りをしない子を抱えていた私は、15時からしばらくの間、テレビのヘリ中継をしっかりと見てしまった。

濁流に流される家々を「昔こんなドラマのオープニングあったよな」くらいにしか思わなかったものの、時間が経つに連れ、その残像はじわじわと自分を苦しめた。ひとりで布団に入ることができなくなり、防災無線が聞こえるたびに震えた。

5年経った今も、当時の映像がテレビで流れるたびにチャンネルを変える。

大人に求められるスキルには“自分のキャパを超えそうになったら先手を打ってシャッターを閉めること”があるのかもしれない。

メンタル的にもそうだし、仕事量という意味でもそうだ。
これができないと、持ちきれないだけの重荷を背負って、つぶれてしまうことになる。

本当は成人するまでの20年で“自分という入れ物の容量”を知っておいたほうがいいのだろうが、まさかのダブルスコアで最近わかりはじめた筆者(40)は、今でも時々中身をあふれさせてしまう。

とはいえ、情報をシャットアウトしては何も知り得ないし、学びもない。

そういう意味では、最近流行っているサマリーだけでニュースを表示する機能。あれは便利だなあと思っているのだ。「これヤバそうだな」と思ったら引き返せばいいし、世の中で起こっていることはなんとなく把握できる。

■“生きてるだけで丸儲け”という言葉の持つ力


日本が誇る“お笑いモンスター”こと、明石家さんまさんの名言に「生きてるだけで丸儲け」というのがある。お子さんの名前の由来とも言われているが、彼の生い立ちとこれまでを考えると深いものがある。

「もう、いつまで起きてるの! あした起きれないよ!」

この子の命が失われてしまったら“あした”など来ないのに、日頃それを考えない。もしくは、考えないようにして生活している。

ちょっと悲しい事件を目にするたびに、「ああ、今日もこの子が生きててよかった」と子どもをハグするのだけど、少し風化するともう忘れて私は6歳児を怒鳴っているのだ。

するとそこにヨチヨチと1歳児がまとわり着いてきて、背後から「ばあ!」と言いながら顔を出してニコッとする。あまりのかわいさに思わず抱き上げると「いやー!」と叫び、降ろそうとすれば両足をあげて全力で抵抗する。えー……。

1歳児については“この時期はそういうものだから”と、こちらも笑ってしまい、「しょうがないなあ」と対応するが、さすがに近頃イヤイヤがひどくなって、“かわいい”だけではそれをカバーできないほどこちらが疲れているのが現状だ。

そんなときは「生きてるだけで丸儲け」という言葉を思い出す。
私も元気だからあなたたちと張り合えているし、子どもたちも元気だからこそ、こうやってはしゃぐことができる。日々トラブルは繰り返しつつも、成長を見続けられていることに感謝しなければ、とも思っているのだ。

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ちなみに、「生きてるだけで丸儲け」というフレーズとセットでいつも、『明石家さんまさんに聞いてみないとネ』という歌を思い出す筆者なのだが、所ジョージさん作の詞がなかなかに奥深い。

改めて歌詞を読んだら、このときのさんまさん、43歳。
自分が30になった時に「“しっとるケ”を超えたな」と思ったものだが、まもなくこの歌ができた当時のさんまさんの歳をも追い越そうとしていた。

ワシノ ミカワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。