日本人女性の11人に1人の割合で患うといわれている乳がん。MAMApicks読者と同年代で、育ち盛りの子どもの母である有名人の方にも乳がんと闘っている方がいるなど、私たちにとっても他人事とは思えません。

万が一のため、がんの検査や治療についての基礎知識は持っておきたいものです。そこで、乳腺診療と放射線診断の専門家で、乳腺専門クリニック「ピンクリボン ブレストケア クリニック表参道」の院長である島田菜穂子先生にお話を聞いてきました。


■乳がんは症状が出ないので気づきにくい


そもそも、乳がんとはどのような病気なのでしょうか?

「乳房の中身は乳腺と脂肪から成り立っています。そして、乳腺にできる悪性の腫瘍が乳がんです。多くの女性は意識していないと思いますが、じつは乳腺は『臓器』のひとつで、母乳をつくる役割があります。ただ他の臓器とは異なり、生命維持のための機能がある臓器ではありません。そのため異常が起こっても、自覚症状が出にくいのです」(島田先生、以下同)

たとえば胃に腫瘍ができると、食欲がなくなったりやせたりしますが、乳房に腫瘍ができても初めのうちは日常生活に支障をきたすことはほとんどなく、気づくのが遅れるそうです。

「けれども逆に、ほかの臓器は体の中にあるため自分で触れることはできませんが、乳房は体の表面にあり、自分で触れることができるので、意識をすれば異常に気付くこともできるのです。ただ、乳房に関心がなければ、異常に気付く機会を逃してしまいます。ちなみに、手で触れて気付けるしこりの大きさはだいたい2センチ前後からと言われています。

■2センチ以下であれば手術して治癒する確率が90%


じつはその2センチが境だそうです。

「それよりも小さい段階で見つかれば、手術して治癒する確率が90%。それより大きいと、リンパ節への転移の可能性なども上がり、手術する範囲も広くなり、乳房を失う可能性が高くなります。一般的には、がんが大きくなるほど血流やリンパ流に乗り、がんが乳房以外のほかの臓器へ転移する確率も上がります。そのため、手術後、抗がん剤など全身治療の薬を使わないとなりません」

乳腺の周囲には「基底膜」という周辺との境になる部分があり、その内部にだけがんがある段階=すなわち「0期」のうちに発見できれば、全身につながるリンパ管や血管などと接していないので、他の臓器へ転移する可能性はほとんどないため、乳がんで命を落とすことはないそうです。

ところが、がんが基底膜を破り、乳腺の基本構造の外に出ると、その場所には全身につながる血流やリンパ流があります。そこにがん細胞が入り込み流れに乗ることで、他の重要な臓器にがん細胞が到達し、転移が起きるのです。「ですので、とにかく早く発見することが大事です」と島田先生は力説します。

■適切な診断や治療には欠かせない放射線


ところで、島田先生のご専門は「放射線科」。あまり馴染みがありませんが、どんなことをする診療科なのでしょうか。

「放射線科には、おもにがん治療のため、がんに放射線を当てる『治療』と、画像を見て病気を診断したり治療方針を決めたりする『診断』の2つがあります。私の専門は『診断』です」と島田先生。

レントゲン写真をはじめ、CT、MRI、超音波、血管造影など、さまざまな方法で撮影された画像から読み取れる情報に基づき、その病気の診断を導き行い、治療方針などを実際に治療する医師に示唆するのが仕事です。アメリカでは治療医の指南役という意味合いで“ドクターズ ドクター”などと言われています。そのため、症状や画像から見えるヒントをもとに、探偵のように推理し診断をしていくことが大切なので、全身のさまざまな病気の知識と、検査を行う技量が必要です。

全身の検査や画像診断を行う毎日のなか、とくに乳房の超音波検査中に患者と1対1になると、「主治医には言っていませんでしたが……」と本音を話す女性が多く、女性医師が求められる役割を感じた島田先生は、女性特有の病気のひとつである乳がんを専門にするようになりました。

もちろん、最初の入口である乳がん検診でも、わずかな病気を画像から発見する必要な放射線診断の能力が生かされる分野でもあり、またマンモグラフィは放射線を用いた検査なので、正しい放射線検査の管理という点でも、放射線科としての専門性が活かされます。

ただ、「放射線」には怖いイメージもあります。先生にとってはどのようなものなのでしょうか?

「放射線診断を専門にする立場からいえば、欠かせないものです。治療では診断より多くの放射線を使いますが、ほかのがんを併発することはなく、安全確保したうえで使用されているので、むやみに怖がる必要はありません」と言います。

ただし、「使い方を間違えず、正しい知識としっかりした管理が大事」とも。「もし不安であれば、検査や治療で放射線を使う際、どういうことが起こりうるのか主治医に確認するといいでしょう」とアドバイスしてくれました。

■大量の放射線を受けない限り影響は受けにくい


検査や治療で使われる放射線では「がんにはならない」とはいえ、一方で「放射線の影響でがんになる」とも聞きます。これはどういうことでしょうか?

そもそもがんとは、遺伝子がなんらかの原因で傷ついて異常をきたし「がん細胞」になって増殖するもの。傷つく原因にはさまざまなものがありますが、その可能性のひとつに放射線があります。放射線による身体の影響には、「確定的なもの」と「確率的なもの」があるそうです。

「確定的なもの」というのは、大量の放射線を受けることで一度に多数の細胞が傷つき、臓器や組織が機能を果たせなくなる場合のこと。ある一定以上の放射線(少なくとも100mSv以上)を受けない限り影響がでることはありません。「確率的なもの」というのは、一定以上の放射線を受けたとしても、必ずしも影響があらわれるわけではなく、放射線を受ける量が多くなるほど影響があらわれる確率が高くなるというものです。放射線によるがんへの影響はこの確率的なものにあたります。」

■放射線が持つ性質を使ってがんを治療


「細胞分裂中のところに当たると、その細胞を破壊する」というのが放射線の特徴です。逆に分裂中でないところには、相当な放射線を当てないとなかなか壊れません。この性質を利用したのが放射線治療です。

「がん細胞は増殖のスピードが速くどんどん分裂していきますが、その細胞分裂中の細胞の多くは放射線に弱いため、放射線治療の効果があるのです。一方増殖がゆっくりの正常な細胞のほうが、放射線に弱い細胞が少ないため放射線によるダメージが少なくて済みます。『この線量であればがん細胞は破壊できるが、正常な細胞は破壊できない』というバランスをとった放射線が、治療に使われているわけです。

放射線治療は毎日少しずつの放射線量を当てるために、5~6週間かけて行うことが多いですが、その理由は、一度に大量の放射線を当てると正常の細胞も破壊してしまうからです。少量の放射線を何度も分けて当てることで細胞分裂中の細胞にのみダメージが与えられる、すなわち正常の細胞は壊さずにがん細胞だけを壊すことが可能となるのです。」

ただ、正常な細胞の中にも、がん細胞と同じようなサイクルで細胞分裂が早いものがあります。たとえば腸や口の中の粘膜、爪や髪の毛などで、そこに放射線が直接当たるとダメージを受けやすく、できるだけそこを避けて放射線を当てるようにするのですが、がんがある位置によっては直接、頭皮や腸管などに放射線が当たると、髪の毛が抜けたり口の中が荒れたりするのです。

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江頭紀子江頭紀子
調査会社で情報誌作成に携わった後、シンクタンクにて経営・経済に関する情報収集、コーディネートを行いつつ広報誌も作成。現在は経営、人材、ISOなど産業界のトピックを中心に、子育て、食生活、町歩きなどのテーマで執筆活動。世田谷区在住、二女の母。