「ワンオペ育児」の辛さを訴える声が、あちこちから上がっている。
どこへ行くのも子連れで、落ち着いて食事することも、トイレに行くことすらできない、ままならない。家ではつねにかまってもらいたがる子どもに家事を妨害される。

もちろん子どもはとてもかわいいけれど、子育てをひとりですべて引き受けるというのは、本当にきつい。しかし、シングル家庭でなくても、配偶者の長時間労働や単身赴任などで、ワンオペ育児にならざるを得なくなる。私ももちろん、例外ではない。

そういった母親たちのニーズがあったため、以前育児ムックでワンオペ育児についての記事を担当した。読者ターゲットでもある未就園児を抱える母親複数名に取材をし、どういうところがつらいか、どう乗り切っているかを聞いてみた。

すると、その年代の子どもを抱える母親のほとんどが、「抱っこがつらい」とコメントしていた。そして、少なからず腱鞘炎や腰痛などで悩んでいた。本当はステロイド注射をしたいけれど、授乳中なのでそれもかなわず、整形外科で「今だけだから頑張ってね」と湿布薬をもらい、だましだまし抱っこしているという話も聞いた。

休日に夫に抱っこを代わってもらったり、たまに来る親に抱っこ担当になってもらったりして、なんとか腕を休める時間を捻出していたものの、それでもつらそう。
そうだろうなあ……。だって、子どもってめちゃめちゃ重いんだもの!


■子どもはどうしてあんなにも重いのか


私自身、妊娠中に母親教室に行って、新生児と同じ体重の人形を初めて抱っこしたときに、まず感じたことは、「なにこれ、重っ!?」ということだった。

あのくらいの大きさでかわいい顔をしたものって、出産前にはぬいぐるみくらいしか想像できなかった。だから、赤ちゃんもぬいぐるみ程度の重さだと勘違いしていた(いや、そりゃ冷静に考えれば、綿と水&油じゃ、同じ体積でも重さが段違いだということはわかるのだが……)

でも、この人形は新生児の重さなのだ。子どもはこれから大きくなる一方。こんな重いものをどうやって抱っこするんだよ……と目の前が真っ暗になったものだ。

そして、いざ、出産。
娘はいたって標準的な体重だったが、抱っこするとやっぱり重かった。
「こんな重くて不安定なもの、いつか不注意で落っことしそうなんですが……」そう看護師さんにこぼすと、「大丈夫。赤ちゃんを落っことすお母さんはいません」と笑って諭された。

「ってことは、赤ちゃんを落とす母親は母親失格なんだ!」そのプレッシャーで全身に力が入り、出産後しばらくはずっと緊張していたように思う。

「母親になると抱っこのし過ぎで腱鞘炎になる」ということは、すでに聞いていた。だから、「じゃ、手首を使わずに抱っこすればいいよね!」と発想を転換することにした。座って授乳するときはクッションを膝の上に置き、腕は添えるだけにした。立って抱っこしなければいけないときは、ひじで赤ちゃんを支え、手首にはなるべく力を入れないようにした。

それなのに……。
なぜ?なぜ? どーしてこれで腱鞘炎になっちゃうの?

整体に駆け込んで、「私、手首使わないようにしてるんですけど、なんでですかね?」と聞いてところ、得られた回答は「産後はホルモンの関係で、腱鞘炎になりやすいから」だった。

なぜ、一番抱っこしなければいけない立場の人間が、腱鞘炎になりやすい体質になるのか。それって仕様として矛盾していませんか?

頼みの綱だった抱っこ紐も、思ったほど負担軽減にはならないことがわかった。確かに腕や手首は楽になるし、子どもの重みは分散される。しかし、子どもの体重自体が軽くなるわけではないので、肩と腰や膝に負荷がかかり、長距離を移動するのはつらい。

なぜ、街ゆく抱っこ紐の母親たちは、あんなに涼しい顔をしながら歩けるんだろう。私が彼女らに比べて老けているからなんだろうか?


ようやく娘が歩き出すようになり、四六時中抱っこをしなくて済むようになった。しかし、それでも2歳の娘は毎日抱っこをせがむため、とうとう私の腰が悲鳴を上げた。疲労が蓄積されて、軽い椎間板ヘルニアになってしまったのだ。

結局、これで抱っこは卒業。言い聞かせればしぶしぶ納得してもらえる年齢になっていたのが不幸中の幸いだったが、こんな「強制終了」はなんだか寂しい。

もちろん、腰痛や腱鞘炎の痛みを緩和させる体操やストレッチ、疲れにくい抱っこのコツなどは、インターネット上にたくさん転がっていて、試してきた。でもそんなのをやったって、気休めにしかならない。結局、誰かに抱っこを代わってもらわない限り、抱っこが引き起こす体の不調を根本解決することはできない。

平均寿命を考えると、まだ人生の折り返し点には到達していないというのに、これからの長い人生を関節の痛みを気にしながら過ごさなければいけないだなんて。こうなる前になんとかできなかったのだろうか。

■誰か「抱っこしなくていいよ」って言ってくれ


……で、である。

先の育児ムックに戻るが、専門家の先生にもワンオペ育児のお悩みの解決策を聞いた。家事で忙しい時に構ってほしがる子どもとどう向き合えばいいか、子どもと遊ぶ時に間が持たないけれどどうすればよいかなど、役に立つコツをたくさん教えていただいた。

しかし、「抱っこがつらい」という悩みに関しては、「赤ちゃんの頃はやっぱりスキンシップが大事なのでたくさん抱っこしてあげてください」というアドバイスだけ。やっぱり何の解決策もないのか。それじゃ救われないんだけどな……。

インターネットでも、ほかにどんなアドバイスがあるのかを探してみたのだが、やはり「だましだまし頑張る」以外の解決策はなく、「抱っこのし過ぎは親の健康被害を招くので、体にこのような兆候が出たら、抱っこはやめること」という方向性のアドバイスは、見当たらないのだった。

食事も運動も薬も、すべて「やりすぎはダメ。適量を守って」というアドバイスがある。なのに、親から小さい子どもへの世話に関しては、なぜか「この段階で止めないと親が体を壊す。そうなれば今後のケアが不十分になるので結果的に子どもにも悪影響だ」という切り口では語られず、「赤ちゃんのためにいくらでもやってください」としか言われない。

これでは、心身に異常をきたすまでとことん突っ走ってしまう親が後を絶たないんじゃないだろうか。

一昔前は、「抱っこしすぎると抱き癖が付く」という育児アドバイスがあった。昭和の時代を描いた連続テレビ小説の『ゲゲゲの女房』や『べっぴんさん』にも、「抱き癖がつきます」というセリフが登場していた。

でも、今ではそれは根拠がないうえ、サイレントベビーを生むとされて、「とにかく、子どもの要求になるべく答えて抱っこしてあげよう」という考え方が主流になっている。

しかしこの抱き癖説は、ある意味親を助けるものでもあったと思う。女性も農作業などで働かなければいけなかったとき、もしくは核家族でワンオペ育児を余儀なくされたとき、「抱き癖説」のおかげで、わが子を十分に抱っこしてあげられない罪悪感を抱かずにすんだり、無駄に体を壊さずにすんだりした親もいたことだろう。

今は、抱き癖の弊害が明らかになったのだから、その揺り戻しで「とにかく抱っこ」といわれているのだろうが、これだけ多くの親が苦しんでいるのだから、もう少し親の健康被害を防ぐための動きは起こらないものか。

抱っこ紐がさらに改良され、ワンオペ育児にならないための社会が実現し、腰の負担を軽減する装着型介護ロボットの普及が進めば、親の負担はもう少し減るだろう。それと同時に、親と赤ちゃんの双方にとって妥協できる適切な抱っこ時間はどれくらいなのか。

抱っこができないのに赤ちゃんに抱っこをせがまれた場合、どういう代替案なら赤ちゃんは満足するのか? そんな方向性の研究も必要だろう。それらが実現するには、どれも時間がかかると思うのだが、もう親の頑張りだけに頼るのは限界が来ていると思うのだ。

「子どものために親が全力をふり絞る」という姿は美談として語られがちだ、しかし、卵を孵化させるために親がろくに食べずに新鮮な海水を送り続けるミズダコの母親は、卵の孵化と同時に死ぬのである。それと同じようなことを、子育て期間がやけに長い、現代社会を生きる人間がやっていいのか? 親の犠牲の上に成り立つ育児は、子どもにとってもよくない側面があるということに、もっと光を当てるべきだと思うのだ。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。