国民的家族アニメの筆頭といえば、疑うことなく『サザエさん』だろう。
父母、子、祖父母、孫の視点がすべてそろっていて、主役は持ち回り。視聴者家族のメンバーの誰もが「自分ゴト化」して見られる点において、最強アニメといっても過言ではない。

そのうち視聴者が思春期にさしかかると、偉大なるご近所マンネリストーリーより、トキめく青春物語を求めて「離脱」するが、自分の家族を持つと日曜7時、再びサザエさんに新規顧客(子ども)を連れて帰ってくるというリピートも見込まれ、この良循環においても右に出るものはいないと思う。

長谷川先生、そしてアニメ脚本家の皆々さまはなんというモンスター漫画をお描きになったのか……。

しかし。
結婚して、子どもを生んで分かったことがある。サザエさんは……サザエさんは、罪作りなのだ。

今、夫が出かけるとき、カバンを渡して玄関まで見送る専業主婦がどれだけいようか。
今、着物姿で主婦である娘の家事育児をサポートしてくれる母がどれだけいようか。
今、一喝「バカモン!」と言えば家族全員だまりこむ大黒柱の父がどれだけいようか。

私が恐れているのは、作中に登場する小道具(着物、黒電話、勝手口からサブちゃん)こそ昭和なのに、テーマが普遍的すぎるあまり「磯野家は日本家族のスタンダードである。今でもね」という誤解を持ってやしないかということである。

■サザエさんは、古典である


先にあげた恐れを受けて「いや~、今どきそんな人いないでしょ」と、ぜひたくさんの人に言ってほしい。だが、サザエさんの放映は1969年から、実に約47年間も続いている。年に約50回放映するとして、合計約70,000分以上……いや、かつては火曜夜の再放送枠もあったからこれをはるかに上回るだろう。

これほどながーく、素晴らしき昭和の家庭を眺め、サザエさんのほんわかな演出トーンに触れていれば、「主婦って、ヒマでラクそうだよね」とか「子育て(タラオとイクラ)なんて楽勝」とか、「オレは外で働いているんだから、家事はしなくていいでしょ」と思ってしまう日本人が、これからも根強く残っていくんじゃないだろうか。

実際のところ、小学生時代の私はそう思っていて、二十年後の現実とのギャップにもだえ苦しんだ。だからそんな勘違いヤロウを増殖させないために、とくに結婚・子育て経験未満の世代と、未来を担う子どもたちにこれだけは言っておきたい。

「サザエさんは、古典である」

上げ膳据え膳は当たり前じゃないのですよ。主婦が二人いるからできるんですよ。

■平成の主婦、みさえ


そこへきて、1992年からテレビ放映が始まった『クレヨンしんちゃん』は、当時新鮮だった。5歳児の激しさを前面に出すことで、子育ての大変さと面白さを伝えつつ、「子どもとはいえ、立派な一人格者」ということを世にアピールした。


そんなしんちゃんの母親・みさえは、子どもに振り回される代表格だ。しんちゃんが巻き起こす日常的な事件にツッこみ、尻ぬぐいをし、しつけをし、ひとりの親として苦悩しながら成長していく。

私もしんちゃんと同じくらいの息子がいるが、あれは半分、いや8割は事実に基づいている。なんで、あんなにすぐパンツを脱ぎたがるのか……みさえさんへの共感が止まらない。

また、これは漫画でのひとコマだが、みさえは通販でセクシーランジェリーを買い、夫ひろしへ「今夜どう?」とボディランゲージでサインを送る場面がある。いいぞ、みさえ、もっとやれ~! 母親でもあり、女でもある、その人間くささがリアルで、「母親だって多面的」だと発信したのだと思う。

■しかし、二人とも主婦だった


『サザエさん』は47年間、『クレヨンしんちゃん』は25年間放映を続けているご長寿番組だが、二人の共通項は「主婦」であり、「20代」であり、夫が働き、妻が家事を切り盛りするスタイルだ。

いわずもがな、それって今の時代をキャッチアップしているとはいいがたい。現在、初婚年齢は約30歳で、働く母親が約半数、離婚・再婚しているカップルも増えているのだから、多様な家庭の在り方を描く家族アニメがあって然るべきであろう。

こんなこと、とっくに前から言われてやしないだろうか? もう21世紀をだいぶ過ぎてますが。

もしかして、そういうアニメや漫画があっても、地上波で「ご長寿」になれないのだとしたら……視聴者側に受け入れられない? あるいは制作者サイドがそう思い込んでいるとしたら……? そっちの方が恐ろしい。

ダイバーシティの推進を本当に課題だと思っているなら、テレビアニメでもどんどん表現していくべきだと思うのだが、いかに。

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このコラムを書く前に、念のため両方のアニメ最新作を1本ずつ見てみた。
そのなかで心に響いたセリフがある。

・サザエさん「ぼくのいちばんコワイ日」より
反省の続かないカツオを愚痴った波平に対する、カツオの担任の言葉
「それが小学生ですよ。元気いっぱいの小学生です」
先生、あたたかい……。

・クレヨンしんちゃん「断れない母ちゃんだゾ」より
しんちゃんが「この道を通れなくなったのはオラのせい?」と聞いた時のみさえの返事
「ママの気が弱くて、気持ちが優しすぎるのがいけないのよ~(涙)」
子どものせいにしない姿勢を見習いたい。

斎藤貴美子
コピーライター。得意分野は美容・ファッション。日本酒にハマり、Instagramの#SAKEISAWESOMEkimikoで日本酒の新しい切り口とコピーを思案中(日本語&つたない英語)。これからの家族旅行は酒蔵見学。二児の母。