妊娠して、産院や自治体の「両親学級のご案内」をもう一度見て、つくづく思った。「もっと産後の生活がどうなるかを教えてもらえるカリキュラムにしてはどうなのか」と。

ほかの自治体や産院ではどうなのかわからないが、少なくとも自分が受講したものは、「妊娠中の生活上の注意」だとか、「出産の流れはこうなる」といったものであり、出産への不安解消には役立ったけれど、出産後の生活がどうなるかは、これではわからないのだ。


出産後によくよく考えてみると、両親学級はツッコミどころが多い。新生児の等身大人形を抱っこしたり、沐浴やオムツ替えなどを体験できたりする実習はあったけれど、具体的な手順というのは教えてもらったところでやらないと忘れる。妊娠中は知りたいことだったけれど、今になって思えば出産後に産院で教えてもらいさえすれば、あとは繰り返しで嫌でも覚えるので、あえて両親学級で教わる必要はないのかなあと思う。

男性にも妊婦の大変さを体験してもらうためにということで、妊婦体験スーツを装着できるという講習もあるが、あれも「ズレとるなあ……」としか思えない。
だって、妊娠中のつらさは、お腹が大きいことで生じる足元のおぼつかなさや腰痛よりも、つわりから始まる得体の知れない体の内部の不調や、いつ命に係わる大爆発が起こるかわからない不安、そして食事や行動などが制限される不満のほうが勝っている。それに、大きなおなかなんて妊娠期間約8ヵ月間のうち、せいぜい後半の2~3ヵ月だろう。あのスーツでわかることなんて、妊娠の表層的なつらさだけなのだ。

それより必要なのは、「出産後に日常生活がどう変わるか」をいちはやくイメージできることなのではないだろうか。
あの、膨大なTO DOと、子どもに振り回される感じ。そして、女性側はいやおうなしにそんな生活が始まる一方で、男性は今まで通り過ごそうと思えば過ごせてしまうというギャップがある。だから、夫婦ともに、出産後の生活がどうなるのかを具体的にイメージできるようにし、事前に対処を考えたほうが産後クライシスを回避しやすくなると思うのだ。

最近では、小さな子どもを抱える家庭に、子どものいない社会人がお邪魔し、実際に育児を体験するという研修を行う企業もあるという。これがどこでもできればもちろんよいのだが、実際に受け入れてくれる家庭はそう都合よく登場しないだろうから、皆が経験できるようにするにはハードルが高そうだ。

もっと手軽に育児のリアルを体験できないか。というわけで、やや乱暴ながら「こんな両親学級があるといいのにな」というのをいろいろと妄想してみた。ただし、これはあくまで母親目線の一方的な妄想である。男性にとっては厳しい内容になるかもしれないのだが、そこはご了承願いたい。

---

【1】男性向けコース
■コースの目的:
つわりの段階からいやおうなしに親への自覚を持たざるを得ない女性と違い、男性はどうしても出産後でないと親の自覚を持ちにくい。男性が女性の妊娠中の体調不良を体験することは物理的に不可能なので、そのかわりに出産後の肉体的なしんどさを女性より先に体験することで、親への自覚を持ってもらう。

<講習1-1>産後の睡眠不足を体験する
●方法:
男性の手首にバンドを巻き、3時間ごとに弱い電気刺激が流れて夜間に無理やり起こされるという経験を1週間してもらう。アラームにせず、電気刺激にするのは、男性はアラームだけでは起きない可能性があるから。バンドの電気刺激は、スマホ内の「赤子育成アプリ」と連動していて、刺激を無視して寝続けると、アプリ内の赤ちゃんが死ぬ。いったん起きても30分以内にまた横になったらアプリ内の赤ちゃんは死ぬ。赤ちゃんが死ねば次の講習時に「親としての自覚が足りません」と講師から小言を言われる。

●講習の最後に行われる講師コメント:
お疲れさまでした。さぞかし眠かったでしょう。でも、産後しばらくはこんな形で夜も常に起こされます。しかも、赤ちゃんは一回起きるとなかなか寝ません。授乳間隔はおよそ3時間おきといわれていますが、1時間後に泣くこともあります。妻としては「夫は仕事をしているから夜に起こすのは気の毒だ」と思うかもしれません。
でも、産後すぐの女性は大けがをしているのと同じ状況です。そんな体で夜通し赤ちゃんの世話をしていたら、精神的にもおかしくなること間違いなしです。ですから、夫婦ともに、少しでもまとまった睡眠時間を取れるような工夫が必要です。たとえば、夜間授乳の1回をミルクにしたり、妻が寝る前に搾乳した母乳を夜間に夫があげたりすれば、妻側は多少まとまって寝ることができますよね。

<講習1-2>育児の肉体的なしんどさを体験する
●方法:
週末に、男性が起きている間の8割がたの時間を、5kgや10kgのコメ袋を抱っこしながら過ごしてみる。外出時はベビーカーを使ってもよいが、そのときには、500mlペットボトル飲料1本と抱っこひも、そして衣類をぎゅうぎゅうに詰め込んだマザーズバッグも携帯する。ベビーカー利用時は2時間ごとに「赤子アプリ」から大音量の赤ちゃんの泣き声が流れるが、そうなったらそこから30分はベビーカーから米袋とマザーズバッグをおろして抱っこしなければいけない。

●講習の最後に行われる講師コメント:
子どもはどんどん重くなります。四六時中抱っこしているので、腱鞘炎や腰痛にも悩まされます。ベビーカーだと楽ですが、ぐずると抱っこしなければいけないので、載せっぱなしにはできません。男性は女性よりも腕力があるので、可能な限り抱っこは男性が代わってあげるとよいでしょう。


【2】男女向けコース
■コースの目的:
子どもとつきっきりの生活というのは、ともすると甘美でまったりとした世界のように誤解されがち。男性だけでなく、女性ですら育児経験がないと、「一日中子どもと遊んでいて、楽しそうでいいな」と思ってしまうもの。しかし、現実はそうではない。子どものいる生活はどういうところが精神的にきついのかを男女ともに体験してみよう。

<講習2-1>キャパオーバーの生活を体験する
●方法:
2人1組となり、30分で般若心経合計40枚を写経する。ひとりひとりの枚数の分担はペアごとにお任せする。写経中には、講師からひっきりなしにくだらないことで話しかけられたり、雑用を押し付けられたりする。すぐ対応しないと叱られる。はかどっていないと「進んでいませんね~。急いで急いで!」とせかされる。写経が比較的はかどっていそうなペアには、「はい、これをやってください」と写経の枚数を増やされるので、写経は永遠に終わらない。

●講習の最後に行われる講師コメント:
どうですか。写経、はかどりませんよね。このように子どもがいると、子どものリクエストにすぐに対処しなければいけません。それはなぜか。ちょっとでも目を離すと赤ちゃんは死ぬからです。子どもが少し大きくなれば、多少目を離しても死ななくなりますが、今度は構ってほしくてしょっちゅう妨害してきます。写経自体は決して難しくないのに、量が膨大で、全然回らない。これって気持ちが悪くてストレスですよね。これが子どものいる生活のしんどさなんです。

具体的にどうすればいいのか。それは、とにかくマンパワーを増やすということです。男性はできるかぎり女性の負担を軽くするために協力してください。もちろん、夫婦だけで手が回らなければ、親を頼ったり、外注したりということを検討してもよいとは思います。

しかし、最初から夫抜きで外に頼るのではなく、まずは夫婦ふたりで協力することから始めてください。また、男性は誤解しがちなのですが、出産後のわが家は「くつろぎの場所」ではありません。子どもが起きている間は常に戦場です。やるべきことを見つけて、見当たらない場合は妻にきいて、とにかくやるべきことをこなすこと。くつろぎの時間は、子どもが寝たあと、やるべき家事をやって初めて訪れると認識しましょう。

最後に、写経の文字を見てください。時間内にやろうとすると字がどうしても乱れます。それでいいんです。雑でいいからとにかく間に合わせることが大切なんです。家族がだれ一人倒れない、死なないことが第一優先です。女性は出産前と比べて丁寧な家事ができなくても、身なりに構えなくても罪悪感を覚えなくていいんですよ。そのかわり、夫が自分に比べて雑な家事をやっていても目くじらを立てない、尻ぬぐいしないように心がけてください。でないと、結局自分の首を絞めてしまうことになりかねませんからね。

<講習2-2>子どもと遊ぶというのはどんなことかを体験する
●方法:
2人1組になる。片方がもう片方に絵本を読み聞かせる。連続10回。終わったら交代する。

●講習の最後に行われる講師コメント:
どうですか。同じことの繰り返しで退屈になりませんか。でも、子どもは本当に繰り返しを要求します。これが子どもと遊ぶということで、ずっと続けば精神的につらくなってきます。稀にこれが楽しく感じられる人もいますが、その場合は自分はたぐいまれなる才能の持ち主なのだと認識してください。

こんな状況で1日過ごすと、大人との会話が恋しくなります。ママ友や旧友に会ったり、SNSをチェックしたりしないとやってられないわけです。もし、夫が一日中仕事で、妻が育児を一手に引き受けているのなら、夫は帰宅後に妻から怒涛のように話しかけられてうんざりするかもしれません。でも、これは大人の会話に飢えている証拠です。疲れていても、なるべく相手の話に耳を傾けてあげるようにしてくださいね。でないと、夫婦の溝が深まってしまいますから。


▼すべてのコースの終了後に行われる講師コメント:
いかがでしょうか。もう子どもを持つのが嫌になりましたか? 安心してください。子どもはかわいらしく、面白いです。日々成長を感じられるという喜びもあります。ですから、ここまで苦痛にはなりません。しかしその一方で、子どもの魅力が出産後のしんどさをすべてカバーできるわけではありません。

男性の中には、「これは自分には向いていない。自分は稼ぐことで育児に貢献しよう」と考える人もいることでしょう。でも、女性なら誰もが向いているのかというと、そうではありません。なのに、女性はどうしても強制的にやらざるを得ない状況に追い込まれがちです。

その一方で、男性は仕事に逃げてしまえるのですが、これは一見得しているように見えて、実は長い目で見るととても損なことです。育児に関われば関わるほど子どもはあなたになつき、夫婦のきずなが強まるからです。数年後、自分が単なる給料運搬人になり、自宅に居場所がなくなってしまわないためにも、産後の生活を二人で乗り切ることが将来の幸せにつながってきます。

「仕事が忙しくて到底子育てできる体力がない。帰宅後や週末くらい休ませて」と思うかもしれませんが、子育てに休日はありません。帰宅後や週末まで体力が持たないのなら、仕事をセーブして子育てのための体力を温存しようと発想を転換してください。

収入は減り、出世も遅れてしまうかもしれません。しかしそれが誰かをケアしながら働くということです。たとえ育児でそれを免れられたとしても、今後親や配偶者の介護、自分自身の病気・けが・老化で必ず直面します。それなら、今のうちに育児に力を入れて家庭円満になっておいたほうが得だと思いませんか?

---

……ああ、妄想が炸裂してしまった!
でも、ふと思ったのだ。これ、出産を控えた夫婦じゃなくて、全世代に必要なんじゃないだろうか。とくに子育てを妻に丸投げして仕事一本でやってきた男性や、「母性」をやたらと神聖視して母親になんでも負担を押しつける人たちに。もちろん、まだ結婚の予定のない学生や若手社会人にも、今後の人生プランを考えるうえで必須だろう。

つまり、「両親学級」なんて狭い範囲の研修ではなくて、少子化対策、働き方改革の一環で必要なプログラムなんじゃないだろうか。でもなぁ……たぶん旗振り役の人はそもそも自分にこの研修が必要だと思っていなさそうだ。だから、これはあくまで妄想にすぎないのである。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。