母親になって、育児にも流行り廃りがあると知った。
いま肯定的とされているアプローチのひとつは、「子どもは大人の所有物ではなく一人格」という考え方であろう。子どもは親の持ち物ではないので、大人(例:友人)と同じように接するべきで、頭ごなしに怒らず、言って聞かせて諭しなさい。体罰は、将来DVをする子になるからNG。

ちなみにベタ褒めもしない方がよいそうで、例えば幼児が親に付き添って1時間おとなしく待てた時に言うべきは、「おりこうさんに待てたね~!すごいね~!」ではなく、「待っててくれて、ありがとう」。感謝を伝えなさい、というわけだ。

母親の在り方については、自己犠牲の精神が行き過ぎて子に依存するのは毒母の原因となるから、自分の人生を楽しみ、家庭における太陽のようにドカッと腰を据え、子を応援する立場であれ、ただ愛せよ、というもの。

……なんだか要求が多いけど、さようですか、と5年くらい母親なるものをやってみて、いいことも多いが、具合が悪いこともしみじみ感じる。今回はそのあたりを考えたい。


■子どもと親にとって良さそうなこと


新米母親でほかの子育て法と比べたことはないので、以下はいわゆる肌感覚である。

●親が子どもを子ども扱いしないので、自己が確立される時期が早いかもしれない。
(→私の母は、私が2歳の娘と対話しているところを見てびっくりしていた。2歳に意見なんて聞かなかったらしい)

●子育ての最終ゴール「子どもの自立」へ確実に向かっていると、ぼんやり確信する。

●親の遺伝子をキャリアに乗っけているのが子。自分に近いから親しみを感じるのは当然だが、あきらかに「子ども=自分」ではないし、自分がどうこうして良い存在ではないという前提感は強い。

●毎日一緒に生活しているので、濃密な心の動きを共有する間柄だが、たまたま私が先に生まれて来て、親という役割を担当しているだけ、と腹落ちしている。

以上によって、子に対して過干渉になりにくく、信頼関係が生まれそうである。

■なんだか具合が悪そうなこと


●世の中のオジサマ、オバサマからすれば、子どもが転んだ、子どもが薄着している、子どもが大人の言うことを聞かない等の責任は母親にあるため、ちょくちょく母親が責められる。(→子どもは母親がどうにかできる存在だ、と思われている)

●「こらー!ダメなものはダメ―!!」と言って、ガツンとゲンコツ一発、をやれない。
(→私たちの世代は叩かれてきた経験があると思う)

●問題が起きたら、いったん肯定し、対話で解決しなきゃ、でなかなか面倒。

●行き過ぎてドライな関係になることがある。

とくに最後の項は、さじ加減に悩む。
私はうっかり本気で大人と同じような感覚で息子(5歳)に接してしまい、軽く冗談を言ったつもりが本気で傷ついていたりする。また、息子が自業自得で災難をかぶったら、「必然なのでは?(真顔)」と返してしまうが、きっとこれは酷だろう。(心構えをはき違えているのだろうか……?)

当たりまえのことだけど、子どもは大人ではない。
大人に向かっている未完成の状態なのに、完成したかのように扱っては重荷じゃないのか。そのあたりはどうなんだ?

そして、こうした子育ての流儀は、けっこうな労力がかかる。
働く母親が増えて、しかし時間とカネと体力が足りなくて、子育てが辛いという理由は表面化されているけれど、もしや「子育て法にしばられるのが面倒」でいちいちコミットしてられない!という深層心理があるのかも。

逆に、子どもの数が少ないから、手のかかる子育てを実行できる、と言えるのかもしれないけれど……。

■自立後、どんな関係に?


さて、いっきに20年後を想像してみる。
一定の距離感を保って、親子関係を築いてきた私たちはどんな話をしているのだろう。
産んだ事実によって永遠に私の子であるが、彼らは完全体の他人となっている。元乳飲み子という意識を持って接してはいかんのだ。何しろ毒母と呼ばれちゃうから。

アラ還になった私たちは、平均寿命100歳の世界で生きていくことになり、食いつなぐために95歳くらいまで仕事をする。でも仕事はテクノロジーの進化と少子化人口減のため、AIに置き換わっていくとして……。

現在崩壊しかけている、子どもが自立したら残りの人生を趣味などで消化していくというライフモデルは、より限られた一部の層の特権になるだろう。

人生の前半で子育てを終え、後半は自分を生かすべく生きる必要に駆られているのだろうか。未来に流行る育児法はいったい……と、想像の限界にきた。

人類が始まった過去から脈々と続いているはずの育児というものに、完璧な答えがないから流行りがあり、新米母たちは迷い続ける。そして、特定の子育て法が、不確定な未来の子どもたちにどういう実を結ぶのかを想像することは不可能だ。だって子どもは親だけに影響されて育つものでもない。彼らの世界はもっと広い。

親という一番近い他人が願うのは、子どもたちに色々なスキルを望む前に「生まれてきてよかったなー」と、自分の人生そのものを肯定してくれることかもしれない。
私の子どもたちがそう言ってくれたら、きっとうれしくて泣いちゃうと思う。

斎藤貴美子
コピーライター。得意分野は美容・ファッション。日本酒にハマり、Instagramの#SAKEISAWESOMEkimikoで日本酒の新しい切り口とコピーを思案中(日本語&つたない英語)。これからの家族旅行は酒蔵見学。二児の母。