自分の子どものことを、「生きていてくれればいい、他には何も望まない」って思ったこと、あるだろうか? 私は、ある。そんな状況に直面したことがある人、事情は様々だろうが意外と多いんじゃないだろうか。

ところが、人間てけっこう勝手なもので、幸いにも生きていられた場合、「生きていてくれればいい」って確かに思ったことがあったはずなのに、フェーズが変われば子どもへの要求レベルは上がり、小言は言うし、イライラもする。それが現実だったりする。

でも時々ふと「生きていてくれればいい」の状況を思い起こすと、小言もイライラもあまりにささいなことに思え「まぁいっか、もっとのんびり行こうかね」っていう気になったりする。それは甘やかしとは全然違うレベルの感覚だ。

今週末、3月18日(日)に放映されるNHKスペシャル『シリーズ 人体』第6集『生命誕生・見えた!母と子 ミクロの会話』を見ると、なんだかそんな「ささいなことは、まぁいっか」っていう気持ちを、もっと宇宙的なレベルで感じることができてしまうんではないかな、と思う。


■受精卵のびっくり映像


番組では、ひとつの受精卵からスタートしてヒトになっていく過程を追いながら、最新の研究でわかってきた生命誕生のカラクリを、かみ砕いた表現とCG、稀少な映像で解説していく。

精子とか卵子とか受精卵とか言われると、どことなく照れくさい気持ちになる人もいるかもしれないけれど、そんな次元は越えて「へぇっ!」と思わされることの連続だ。

例えば、最新技術で撮影に成功したという受精の瞬間は、単に卵子に精子が入るなんていうところでは終わらない。受精卵の中で卵子と精子の核が見えてそれが消える瞬間に、それぞれの染色体がぱっと一瞬見えて集っていく様を捉えた映像は、双方の遺伝子が合わさる瞬間であり、ただただもう、「ほんとうにそうなんだ!」と驚かされる。

image02
▲受精卵の中でとらえた染色体(緑:母 赤:父)これらが1つになり新たな命が生まれる
(画像:近畿大学 山縣一夫)


司会はタモリさんと京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥先生で、タモリさんのゆるいのにするどい雰囲気と山中先生の平易で落ち着いたコメントのおかげで、どこか『ブラタモリ』並の気軽さで引き込まれてしまう。

■臓器・細胞同士が会話している?!


これまで身体っていうのは「脳が全ての司令塔」で動いていると考えられていたのが、最近では「臓器同士(細胞同士)が直接会話」をして成り立っていることがわかってきて、医学の世界でパラダイムシフトが起きているという。今回の『シリーズ 人体』では、これがテーマとして貫かれている。

山中先生によれば、たったひとつの受精卵からどうやって複雑な人体が出来上がっていくのかは、長年研究者が追い続けているものの、わからないことが多かったそうだ。それが、「細胞同士の会話」で発せられる「メッセージ物質」に注目することで、徐々に解明が進んでいるという。

例えば、受精卵が子宮の壁に着床すると、受精卵自身から自分の存在を知らせる「メッセージ物質」が出る。その「メッセージ物質」が血液に乗って直接卵巣などに働きかけ、生理を止めたり子宮の壁を厚くするという連携プレーがなされるのだ。

また、受精卵が細胞分裂を繰り返し次々に臓器を作り出していくカラクリにも「メッセージ物質」がものすごく重要な役割を担っている。そのあざやかな連携スタイルはイメージとは随分違うものだった。

さらに、赤ちゃんが大きくなるために母体とやりとりをする段階の「メッセージ物質」の活躍には、ちょっとギョッとするような側面も。

「ほー」と他人事のように感心しつつも、元「母体」だった身としては、「自分の体の中でそんなやりとりがあったなんて!!」と、なんだか感動というよりも妙な気分だ。

■受精卵の研究と再生医療の意外な関係


山中先生と言えばiPS細胞。iPS細胞は、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力があるため、再生医療で注目されている。

iPS細胞から再生医療のために特定の細胞を作ろうとする試みは、いわば、受精卵の精巧なプログラムが様々な臓器を作り出す手順をまねて、再現しようとしているようなものだという。

かといって、そう簡単に再現できるようなものではなく、「受精卵の足元にも及ばない」と山中先生の口から聞くと、ものすごく重みがある。

生命誕生の不思議の解明と、再生医療の研究が相互に進むという事情は、聞いてしまえば「なるほど」なんだけれど、かなり意外な話だった。

最先端の再生医療の研究も出てくるので必見。「再生医療って実際には何をするの?」というよくわからない部分のイメージがわくだろう。

■神秘的なカラクリとすごいパワー


実は番組を通して、体外授精を経て出産に至るひと組のご夫婦を追っているのだけれど、その苦難や感動にクローズアップしすぎず、淡々と見せていくのはむしろ心地よい。それでも、自分の経験と重ねて様々な思いを持つ人も多いだろう。

生命誕生のカラクリはやっぱりどこか神秘的だ。こうして「メッセージ物質」を軸に見ていくと、受精卵の時点から既に強い意志を持っているかのように思えてくるし、どこか、生き抜こうとするアグレッシブなパワーみたいなものを感じさせられてしまった。とにかくお腹の中の赤ちゃんが、すごい。

と、同時に、ママ達は、たまには自分のことを手放しで素直にうーんと褒めていいと思うのだ。これだけのことが自分の身体の中で起きて「すごい赤ちゃん」をサポートしたっていうのは、それだけでもう、十分すごいこと。

パパも、照れるとか必要ないとか思わずに、たまには思い切りママをねぎらってみてほしいなと思う。今さらなんてことはないから出産まで何年分でもさかのぼって。

赤ちゃんも母体もなんだかそれぞれすごい。シンプルにそれだけでいいと思う。この番組が見せてくれる生命誕生の不思議は、先端科学で判明した神秘的な「機能」であり、女性や母親の子に対する「責任」ではない。そこだけは間違えないで、このカラクリを存分に楽しんでほしいと思う。

image03
▲タモリさんが赤ちゃんになって子宮の中を体験。ゲストは木村佳乃さん、パトリック・ハーラン(パックン)さん。木村佳乃さんのママとしての顔が見えるのは貴重。久保田祐佳アナウンサーは『シリーズ 人体』が出産から復帰後の初仕事だったというから、応援したい気持ちになる。

-----

生命誕生にまつわる知の旅の後は、きっとなんだか子どもの存在が宇宙的にすごい感じがして、小さな心配事はどうでもよくなり、ちょっと気楽になれるかもしれない。

それも1日もすれば忘れて、子育ての疲労やイライラが無くなるなんてことはないのだけれど、そういう気持ちのリセットやベースの感覚は、きっと心のいい余白になるはずだ。

NHKスペシャル『シリーズ 人体』
第6集『生命誕生・見えた!母と子 ミクロの会話』
放送:2018年3月18日(日) NHK総合 午後9時00分~9時49分
番組サイト
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180318


狩野さやか狩野さやか
Studio947でデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる。自身の子育てがきっかけで、子育てやそれに伴う親の問題について興味を持ち、現在「patomato」を主宰しワークショップを行うほか、「ict-toolbox」ではICT教育系の情報発信も。2006年生まれの息子と夫の3人で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者資格有り。