新年度に切り替わり早や半月あまり。寝落ちしてばかりの冬を越えて、新しい季節の楽しみと言えば夜のドラマ鑑賞だ。

ただでさえ時間がうまく使えないから、海外ドラマには手を出さないぞと決めていたのに、数年来待ち焦がれていた作品がついに配信スタートしたので、そちらも日々鑑賞。すると地上波ドラマはどこまで押さえられるかと懸念しているが、これだけは観ておこうと決めたのが、TBS系ドラマ『あなたには帰る家がある』(毎週金曜22:00~)だ。

原作は直木賞作家としても知られる山本文緒氏による同名の小説で、ドラマ化されるのは2003年以来2回目。佐藤家、茄子田家という2つの家庭が微妙に交差していく様子を描く家族、夫婦の物語だ。


実は筆者は山本文緒氏の20年来のファン。著書はほとんど読破していて、過去にはトークショーに参加して文庫本にサインをもらったこともある。

なかでも『あなたには帰る家がある』は綿密な人物描写やストーリーテリングに惹きこまれ、他の作品も読み始めるきっかけにもなった印象深い一作だ。ファンとして映像化は嬉しいニュースでもあるが、小説が刊行されたのは1994年のこと。「なぜ今このタイミングで?」という疑問を抱きつつ、初回鑑賞に臨んだ。

物語は佐藤家で、妻・真弓(中谷美紀)が夫・秀明(玉木宏)の帰宅を待ちながら台所に立つシーンから始まる。

13回目の結婚記念日を迎えて、料理に腕をふるっているが、その頃夫は別の女性とホテルで抱き合っている。初っ端からもうこのシーン来たか!随分ぶっこんでくるな!と、多少面食らった。

真弓は妊娠を機に寿退社し、ずっと家庭に入っていたが、娘の中学受験を終えた後、家事育児に非協力的な秀明に対する反発もあって、昔の同僚に誘われるままに職場復帰する。

秀明は営業ノルマなどのプレッシャーに加えて、真弓には顔を合わせるたびに小言を言われてかなり疲弊しているが、契約を取るために顧客の茄子田(ユースケ・サンタマリア)の元に足繁く通ううちに、家庭的で美しい妻、綾子(木村多江)に惹かれていく。

……改めてあらすじを書き起こしてみて気づくのは、どのキャラクターも特別ではなく、いたって普通の人間だということだ。

秀明と茄子田は程度の差はあるものの、「稼いでいるほうが偉い」という主張に則って、家事育児を、それらを担っている妻を軽んじているし、真弓の「自分も稼げば夫と対等になれるかも!」という発想も男性たちの思考と大きくは変わらない。

とくに男性陣に関しては「考えが古い」と一刀両断してしまいたくなるが、まだまだこういう男性も多いよな、とうなだれそうになる。

10数年ぶりに勤めに出た真弓がミスを起こしてしまい、客先に謝罪に行こうとするが主婦だから、その後の家事もあるという前提で「17時だからもう上がって」と言われるシーンがある。その時の不本意そうな表情と、胃がキリっとする感じは身に覚えがある。

かつては営業成績もよかった分、ブランクがあってもすぐ勘を取り戻せると思っていたのだろうし、夫を見返してやりたいと力が入りすぎていたのかもしれない。

独身のスタッフや男性と肩を並べてバリバリやっていけると思った矢先に、ハシゴを外されたような気分になって落ち込んでしまう様子は、短い尺の中でもよく伝わってきた。

ミスやトラブルじゃなくても、「30分残業できたらキリのいいところまで仕上げられるのに子どものお迎えに行かなくちゃ」みたいな、時間の制約による歯がゆさってワーキングマザーあるあるだと思うのだけれど、そこから「限られた時間の中で最大限のパフォーマンスを発揮しよう」とか、「私は私の得意な領域で活躍しよう」とか、発想を切り替えられるようになるまでの道のりは結構長い。

子持ちだから仕方ないと居直ってしまえばいいという話ではなくて、時間じゃないところでどれだけ勝負できるかというのは、自分自身としても課題としている部分だ。

原作でも真弓が男性に負けじと奮闘する様子がつぶさに描かれているので、ドラマでどこまで反映されるのか、そのたびにどんな壁があって、どんなアプローチを見せるのかは期待している。

つまらない見栄とか、小さなプライドとか、ちょっとした隠し事が積み重なっていくうちに歯車が狂いだしていく、というのがこのドラマの本筋だと予想しているが、今ほどまだ男女共働きが一般的ではなかった1994年の作品が、いまドラマ化される意義があるとしたら、働く母親の姿をどれだけ等身大で表現できるかなんじゃないかと思っている。そのうち、ドラマの中でも登場人物が共働きだなんて当たり前のことで、特段説明するまでもない時代になっていくだろうから。

何でも、制作にあたって100人超の女性に「オンナの本音」をリサーチをしているそうで、番組ホームページ内には「あなたには語る場所がある」と称して、“夫婦あるある”“誰にも言えない秘密”という視聴者からの投書コーナーが設けられているほどだ。これがすでに相当の数になっていて、ドラマよりドラマチックな内容のものも盛りだくさん。一気に読んでしまった。

分かりやすい性格の真弓、秀明、茄子田に対して、夫や姑たちからモラハラを受けているのにおとなしく従っている綾子の腹のうちはまだ見えないが、原作者の山本文緒氏は、「普段はおとなしいけど爆発すると恐ろしい」女性を描くのに長けているので、そこも見どころかも。

放送終了後から1週間はTBS FREEにて無料視聴できるので、見逃した人はぜひ!
http://www.tbs.co.jp/muryou-douga/top.html

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。