子どもを産んで、母乳だけで育てていた始めの頃、授乳って自然なことでしかなく、乳房は赤ちゃんにとっての栄養源ドリンクとしての「おっぱい」としか思えなかった。それは赤ちゃんが生き抜くための食事的原料でしかなく、裸とか、性的な「オッパイ」っぽいイメージは完全にすっ飛んでいて皆無だった。

栄養源としての「おっぱい」時代のことを思い返すと、笑えるようで笑えないようなことがいろいろある。


■授乳初心者。パジャマの前全開!!


出産したその日、初めて母乳の与え方(赤ちゃんの口がそこに位置する抱き方)を助産師さんに教えてもらった。赤ちゃんはなかなか簡単には飲めなくて、私も初めてで姿勢の取り方だけでも難しい。布すら邪魔で、なんだかほとんど脱げている状態で教えてくれた。その次の授乳タイミング、マタニティパジャマの前をほぼ全開状態で必死にトライする私の様子を、立ち寄った別の助産師さんが「あら!そんなにあけなくても……」と慌ててあたふた閉じてくれた。

だって、そんな、布の隙間から飲ませられるほど簡単じゃないんだけど……しかもついさっきまで分娩台で、もっととんでもない姿を見られていたんだから、パジャマの前全開してるぐらい気にしてませんから……っていうのは私の感覚で、完全にずれていた。

出産後ってそれくらいにはハイテンションで、よくわからなくなっている。そういえば、夫は立会い直後で私同様感覚がずれていただろうから気にしなくていいとしても、両方の母も目の前にいたんだった。

まぁこれは、それでも出産直後だから、仕方ない度は高い。

■家でパーティー。喋りながら、食べながら授乳……


家での生活が安定したころ、友人たちが赤ちゃんのお祝いに遊びにきてくれると、授乳のタイミングで中座するのがとても寂しかった。なんだか急に居場所がなくなったような、ポツンとした孤独な気持ちになってしまうものなのだ。

さすがに男性が含まれているときは別室に引っ込んだけれど、女性だけの場合はおしゃべりしながら、その場で授乳もしてしまった。当時は授乳ケープなんてなかったのに。どこまでちゃんと隠していたのか、もはや記憶は定かでない。もちろんはっきり見えたりはしないんだけれど、もしかすると、ガードがゆるくて、お腹くらいチラリと見えていたかもしれない。

11年前くらい、スマホもなかった頃だけれど「授乳って自然なこと」みたいな風潮が一時的に強まった頃で、レストランで食べながら授乳することの是非、みたいなのが海外の話題としてちょっと盛り上がった記憶がある。「子どもがいても、閉じこもらずに積極的に外に出かける、気にしない」っていう潔さが、ちょっとカッコ良く見えたのだ。

「いや私は全然気にしてないから」、というつもりでいたけれど、重要なのは私の「おっぱい」感覚じゃなくて周りの「オッパイ」感覚だったはずなわけで。気になってしまった人がいたら悪かったなぁと今は思う。

■先生ごめんなさい。小児科医の専門は子どもだった


まだ0歳代の授乳中に息子が入院することがあり、母乳しか飲んでくれなかった時だったから、ずっとはりついて病院でも授乳。付き添いの保護者としても栄養源としても、まったく離れられない。

病室でちょうど授乳中に研修医の先生が入ってきて、ちょっと困ったような顔をした。あれ?研修医だから……? ところが、ベテランの主治医の先生が、別室で夫と私に検査結果を説明してくれたときも、赤ちゃんが泣き止まないので私がおもむろに授乳をし始めたら、ちょっとパソコンで隠れるような位置に移動してくれた。「いや、気にしないでください」という気持ちでいたけれど、いやいやそういう私側の感覚で測れることじゃなかったんだよな……。

医者なんだから慣れてるだろうしね、と、実はそうも思っていたのだけれど、小児科の先生が見慣れているのは子どもの裸であって、母親の上半身ではないんだよな、と、今になったらわかる。私の頭の中で、産科から小児科への移行がシームレスすぎた。いや、申し訳なかった。なんだかバツが悪い。

■「おっぱい」が「オッパイ」になった日


そんな風に赤ちゃんの食料でしかなかった存在が、はっきりと変わった瞬間がある。それは、授乳をやめてからのことだ。

いろいろあって0歳代のあるタイミングで完全ミルク状態に切り替えた。神経質な0歳児は、哺乳瓶なのに私からのミルクしか受け付けない。だから私の睡眠不足はちっとも変わらなかったものの、独特の喉の渇きや体の水分をパサパサに吸い取られる感じが明らかに無くなって、あぁ、そういえば、産前てこんな感じだったかもな……っていう身体の感覚になった。

それと同時に、「おっぱい」が「オッパイ」に、なったのだ。戻った、と言った方が正しいかもしれない。

もう、赤ちゃんの食料とは思えなくなってしまった。赤ちゃん側も、哺乳瓶に切り替わってからはもうすっかり食料だと意識しなくなっているので、執着しない。

とはいえ、何かの拍子に触られることがあったりすると、あれだけ日常的に飲まれていたのに、それだけでなんだかちょっと「嫌」な感じがするようになったのだ。相手がかわいい我が子だろうとプライベートゾーンを触られるのはちょっと抵抗がある。

これはもう、かなりの大転換。

■周りのママの授乳の見え方まで変わった


自分のことだけじゃない。もともと同じ月齢の子のママ同士、平気でおしゃべりしながら授乳とかしていたのに、それ以降、誰かの授乳を見るのすら、なんだか申し訳ないような感覚に切り替わってしまった。すっかり、世界の見え方が変わってしまったのだ。

ちょうどその頃からだんだん授乳服だけでなく、お洒落な授乳ケープが当たり前になり、見えるような見えないような微妙な授乳スタイルは、そもそも確実に減ったのだけれど、ガードがゆるめだと、ひゃーと照れくさい気持ちにもなる。

自分にとって極めて自然でしかない当たり前のことが、数ヵ月でまったく違って見えてしまったことで、あぁ、人の感覚って簡単にひっくり返るんだなぁ、と、痛感した。

私が気にしていなかった頃でも、本当はママ同士ですら、感覚差が相当あっとはずなんだよな……。

だから、ちゃんとていねいにカバーするとか、もっと意識しておけばよかったなぁと、今思い返せば、反省のような、恥ずかしいような気分になる。私は気軽に授乳すること自体は賛成なので、人前で授乳すべきじゃないとは思わないのだけれど、なんていうか、あぁ、こんな風に見えていたのか!カバー重要だったな……と、景色の「見え方」の違いに自分で愕然としてしまったのだ。

■見え方はゆらぎ、変化する


子どもが生まれると、なってみないと分からなかったことだらけで、環境も感覚も変わりまくって、自分の側が全面的に大転換してしまう。小さな変化も大きな変化もごちゃ混ぜで、身の回りが全部変わりすぎてしまうから、常識のラインも揺らぎまくる。

短期間に産前の「オッパイ」から産後の「おっぱい」へ、さらに数ヵ月でまた「オッパイ」への転換を経験してみると、行って戻って一巡した感じ。激動すぎる。

こういうことって、「そうじゃない人」にはなんでそうなっちゃうのか事情がわからなくて、かつ、「そうな人」の方も悪気はないまま気づがなくて周りをびっくりさせちゃう場合もあるんだよなぁ、ということが身にしみる。

周りが配慮してくれない、とか、周りに配慮すべきだ、とか、そういうことは、ほんの少しのきっかけで視点が切り替わるわけで、誰でもどっち側にでもなる可能性があって、たぶん、笑い話済んでしまうこともあれば、思いがけず誰かを傷つけてしまうこともあるだろう。

でも、だからといって、ここで大切なのは、あらゆる方面に神経質に配慮しまくることではなくて、「常識」と思っていることは、けっこう不確かで揺らぎ続けるものだっていうのを認めてしまうことなんじゃないのかな、と思う。

せっかく「常識」の激変をたくさん体感して揺らぎを実感しまくったのだから、変化とか差異とかを前提にした寛容さを持てたら、自分も、周りもちょっと居心地が良くなれるだろう。

そういう寛容さを持つにはたぶん強さも必要だけれど、自分もちょっと緩く構えられるし、周りの人にも優しくなれる。多様性の居心地のよさって、そんなところから始まりそうだ。

狩野さやか狩野さやか
Studio947でデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる。自身の子育てがきっかけで、子育てやそれに伴う親の問題について興味を持ち、現在「patomato」を主宰しワークショップを行うほか、「ict-toolbox」ではICT教育系の情報発信も。2006年生まれの息子と夫の3人で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者資格有り。