全米オープンテニス2018で優勝した大坂なおみ選手が、来日記者会見で、「自分のアイデンティティをどう考えるか?」ときかれ、「考えたことがない。私は私」と答えたことは記憶に新しい。

記者の質問の内容も趣旨もわかりづらく、さらに通訳の不備もあったとの報道を読んだが(たしかに、動画を見ても通訳の説明がよくわからなかった)、人種も経歴も実に多様な人が住むアメリカで、人種ではマイノリティにあたるなおみさんが、世界のトップアスリートとなり、「私は私」と20歳ではっきり言える人に育っていることに感動してしまった。


ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親の間に、大阪で生まれたなおみさんは、3歳の時にニューヨークに移住し、現在はフロリダを拠点に活動している。アメリカの大都市には、そんなふうに人種と経歴が多様な家庭が多い。

しかし、シアトルで親子カウンセリングをしている高田 Dill 峰子先生によると、アメリカで育つマイノリティは、ある程度の年齢になると、自分の人種におけるアイデンティティについて試行錯誤するそうだ。
(参照記事:https://www.junglecity.com/pro/pro-family/finding-your-own-identity/

ケニア人の父親と白人の母親のもとに、ハワイで生まれたあのオバマ前大統領も、自分の人種のアイデンティティの模索に関するさまざまな思いを著書『Dreams from My Father: A Story of Race and Inheritance』に書いている。

たしかに、世の中は「みんな違って、みんないい」と思う人たちだけで構成されてはいない。身近なところにも、目の前にいる子どもに向かって、「肌の色が変だ」と言うことをおかしいと思わない大人も、自分の差別や偏見を指摘されて、「悪気があって言ったんじゃないし、単なる質問・コメントなのに、繊細なんだね」と victim blame(=犠牲者非難)して傷口に塩を塗る大人もいる。


これから、見た目について勝手なことを言われたり、人種などの要素だけでラベルを貼られたりすることもあるかもしれない。しかし、私がシアトルで子育てをしたい理由のひとつは、「いろいろな人種がいて、いろいろな経歴の人がいて、いろいろな性的指向の人がいて、いろいろな文化もあり、個人レベルで千差万別が当たり前」という、多様性でインクルーシブな社会を、視覚的にも普段の人間関係を通じても「いいもの」として伝えやすいと思うし、それが「あなたはあなたでいいんだよ」と伝え続けることにもつながると思うからだ。


以前、平昌冬季五輪についてのコラムでも触れたとおり、そのおかげもあってか、もうすぐ8歳になる息子の世界は限りなくフラットだが、そういうフラットな世界を、「子どもだから複雑なことがわからないだけ」と片付けることはしたくない。

私が仕事や生活を通じて出会うすばらしい人たちの話をしたり、実際に息子もその人に会ったりして、差別や偏見でガチガチの大人もいれば、そうでない大人もいることを知って、世界を広げ、これからもっと楽しいことが待っていると思ってもらいたい。

そんなことを息子と話し合っていた時、大坂なおみさんがこんなことをツイートした。



“Everyone is different, that’s what makes life interesting. We all have our own backgrounds and stories. Individual things that make us, us.”

「誰もが違っているから人生は面白い。私たちはみんな、それぞれに背景や物語がある。そうした一つ一つの物事が、私たち一人ひとりを形作る」


11月8日の時点で2,300件以上リツイートされ、12,000件以上のいいねされていることからも、こんな当たり前と思えることが、たくさんの人の心に刺さったことがわかる。

「私は私」。大坂なおみさんが自分と同じ考えであることにかなりうれしくなったらしい息子は、「ぼく、なおみさんのファンなんだよ~」とドヤ顔で宣言していた。

大野 拓未大野 拓未
アメリカの大学・大学院を卒業し、自転車業界でOEM営業を経験した後、シアトルの良さをもっと日本人に伝えたくて起業。シアトル初の日本語情報サイト『Junglecity.com』を運営し、取材や教育プログラム
のコーディネート、リサーチ、マーケティングなどを行っている。家族は夫と2010年生まれの息子。