娘の就学を来春に控え、何かにつけ周囲から「小学校に入ると色んな人がいるよ~」と言われるこの頃。
学校のお友だちや先生のみならず、学童や習い事でどんどん人との関わりが増えていくことを想像していると、頭に浮かぶのは、「多様性」という言葉。色んな経験をして、様々な価値観に触れて……みたいなぼんやりしたイメージを思い描いているが、親である私たちは娘に何を伝えていこうか。
そんなことを考えていた折、一冊の本に出会った。


『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』は、カメルーンに生まれ、母親の結婚を機に4歳で日本にやってきた星野ルネさんが、言語や文化のギャップに直面しながら、鋭くかつユニークな視点で見つめた、自身の日常や成長が綴られたコミックだ。

SNSで公開した漫画が大きく話題を呼び、大きく描きおろしを加えて書籍化された本作には、笑えて、かつ新鮮に感じられるエピソードが満載。ヒットを受けて第2弾の出版も決定し、現在各所で引っ張りだこの星野ルネさんにインタビューを敢行した。

■「オカンのおもろい話」や少年から見た日常を漫画にしたらSNSで大きな反響が


―― ルネさんがカメルーンから日本に引っ越してきたのは、4歳くらいの時とのことですよね。かなり大きなライフイベントだったと思うのですが、当時のことで記憶していることやご家族と話したことってありますか?


星野ルネさん(以下、敬称略):日本に来たばかりのときのことは、そこまで鮮明には覚えていなくて、カメルーンを離れるときの幻のような映像や、保育園に入ったときの記憶がぼんやり……とある感じです。

また、母と「日本に来たときどうだった?」みたいな話はあまりしたことはないんですが、母が日本人の感覚がよく理解できないとか、今でも日本の社会とカメルーンの社会の違いを感じていることは分かります。

日本で育たないと身につかない文脈ってたくさんあるじゃないですか。
カメルーンは男女とも言いたいことをストレートに主張する文化ですし、「自分の要求を言うから、あなたも言ってください」というスタンスが強いので、日本の「私もあなたのことを察するからあなたにも察してほしい」っていう、自分の言いたいことを隠す傾向の強さには、戸惑いが大きかったんじゃないかとは思いますね。

―― 漫画でお母さんに関するエピソードを見ていると、とても明るくて信念の強い方だなと感じました。私も子育て中の身なので、これくらい強くありたいなと。



ルネ:元々はこの作品はエッセイとしてではなくて、「オカンのおもろい話」とか、日本で育った男の子の印象に残った話を描いていたので、そのような反響があるのは新鮮でした。

漫画で描いているのは、あくまでも人生の「ハレの日」だけで、どんな強い人にも実際は弱いところや脆いところ、舞台裏もありますし、みんなに「すごいお母さん」だと捉えられてしまうのも違うのかなと思って、第2弾以降ではそんな舞台裏も描かなきゃいけないかな?とは思っています(笑)

■母の「いつも祈っているから大丈夫」にはプラシーボ効果が


―― ただ一面だとしても、その強さを裏付けるものがあるように感じました。お国柄やクリスチャンとしての信仰心も大きいのでしょうか。

ルネ:それはあるでしょうね。人間って成長していく上で、どう振る舞ったら人に批判されるか、褒められるか、認められるかを学習していって、自分の持っているものとすり合わせながら生きていくわけじゃないですか。

日本人女性は控えめな人が多いと言われますけど、元々そういう性格で生まれているわけではなくて、日本社会では「そのほうが生きやすい」ってことを学習するからそうなるのでしょうし。

同様にカメルーンの女性も、生まれながらにして強いものを持っているわけではなくて、あの地域が育んだ環境にいる大人の女性たちを見て、模倣して育っていくから強い女性が多いわけで。ただ、僕の母はその中でもかなり強いほうなので、本人のポテンシャルも当然あるはずですが(笑)

宗教に関しては、「日本人には宗教を信仰する感覚がよく理解できない」と言われることもあるんですけど、日本でもけっこう信仰の場面はありませんか? 神社にお参りしておみくじを引いたり、合格祈願で絵馬を飾ったり……。

こう言っちゃナンだけど、おみくじも絵馬も、人間が作った紙であり木であり、どんな作用があるかは分からないけどご利益がある、と信じている日本の文化では「これでいいことあるかも」って自信がつくわけですよね? それは僕の母が教会に行って、善行をして……とつねにイエス様がいるって信じているのと同じじゃないかなって。

母には仕事のこともよく話すんですけど、「お母さんが祈っておいたから大丈夫よ」といつも言うんですよね。それには言葉の持つ力というか、不思議とプラシーボ効果があって、確信はないものだとしても「まあ何とかなるか」ってくよくよ悩まずに済んでいます。

■保育園で褒められてからずっと描き続けている絵は“ガチャ”がかなり大きいかも


―― 絵を描くことに関しては、まだ日本語が話せなかった保育園時代に、お友だちと遊べるようになったきっかけだったと描いていましたよね。その成功体験は今も絵を描いていることに繋がっていますか?



ルネ:それは完全に直結していますね。保育園で絵を描いていたら友だちに褒められて仲良くなって……そこから絵を描くのはもうずっと今でも好きですが、僕を育ててくれたのは妹たちの存在もすごく大きいんですよ。

保育園ではいつも絵を描いていましたが、家に帰ると妹たちが隣にいて、自由帳を広げて僕が喋りながらリアルタイムで漫画を描いていました。妹たちは「次どうなるの?」ってせっついてくるから、コマの構成とかストーリーを瞬時に考えながら描くっていうのをずっと続けていて。

先日も、あるコミック関連のイベントに招待されて、3分間でライブドローイングするコーナーがあったんですけど、周囲が「3分か~短いな~」って言っている中、僕だけ「3分あったら結構描けるよな?」って思っていましたね。だから、漫画を描くスピードに関しては世界屈指だと思っています(笑)

保育園で絵を褒めてもらえて、家に帰ったら妹たちも僕の描く絵を喜んでくれて、母親の「いつも祈っているから何をやっても成功するわ」って言ってもらっていたことは力になっていますね。自分ひとりで強くなったわけでは決してないです。

―― そこで自信や肯定感が育まれていったのですね。絵を描きたいって思ったのは何か内面から溢れるものがあったのでしょうか。

ルネ:何かを好きになるって、得意だからどうってことより思い出がスイッチになる部分が大きいと思います。

僕が絵を描く→友だちと仲良くなる→絵を描くのが楽しいからまた描く→褒められて嬉しくてまた描く、というサイクルをずっとやっているうちに今こうなっているので、あの時、もしもサッカーボールを蹴ってゴールをたくさん決めて、みんなに「おおー!!」って褒められたら、今サッカーをやっているかも知れませんし、最初に描いた絵をつまらないって破られたりしたら、二度と描かなかったでしょうね。

トップアスリートだって、目の前にあったものや与えられたものを試してみたらうまくいって褒められて気持ちよくて……というきっかけから好循環を続けている人が多いと思うんですよね。

―― ある意味“ガチャ”みたいなところもありませんか?

ルネ:そのとおり!ガチャですよ。
カメルーンにたくさん子どもがいる中で、たまたま僕が引いたのが「お父さんは日本人」というガチャだったから日本に来ただけだし。僕の親戚にはお父さんがオランダ人でフランスに住んでいる人がいますが、それもやっぱりガチャで、「アフリカ少年がフランスで育った結果」なんだと思います。

僕の親は子ども全員にパソコンを与えてくれたので、兄弟全員パソコンが使えますし、僕自身も抵抗がないからパソコンで絵を描いてインターネット上で公開できましたけど、もしこれがスポーツ好きの親だったりしたら、仮に絵を描ける素質があっても、違う方向にいっていたかもしれませんね。どんな親に生まれるかもガチャだし、人生ガチャで決まる部分が大きいですよね。

―― 今後どのような発信をしていきたい、みたいな展望はありますか?


ルネ:僕は明確なメッセージを訴えるというより、物を判断する選択肢を増やせたらいいと思っているだけです。

みんなが知らない「アフリカではこんなことがあるよ」とか、「自分がこんなことを見てきたよ」ってどんどん陳列して、選択肢とか物を考えるバリエーションを提示したいっていうだけですね。

―― 受け手がどう捉えるかは自由ってことですね。

ルネ:学校の先生がこの作品をテーマに話しましたとか、ハーフの子が共感していました、と色々メッセージをもらうことが増えたので、視野とか判断材料を増やせることはとても有意義だなと思っています。

今は僕の話を聞きたいと取材してくださる人が増えて、毎回とても勉強になります。どんどん新しいことを知りたいし、どんどん挑戦していきたいと思っているところです。

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。